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【なんでもランキング】Vol.25 かつては日本選手の優勝も「パー3コンテスト」各ホールのニアピン

ゴルフにまつわる様々なデータや記録を紹介する本連載。今回は、今年のマスターズ前日に開催されたパー3コンテストでの各ホールのニアピンをご紹介!

PHOTO/Blue SKy Photos

トミー・フリートウッドの息子、フランクリンくん(4歳)も長いウェッジで見事なアプローチを披露

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マスターズ開幕前日の水曜日に行われる恒例のパー3コンテスト。コースの東側の池、「アイクスポイント」を囲むように、全長1060ヤードのパー3コースが造られたのが1958年。そして2年後の60年から始まったこのイベントではサム・スニードが初代チャンピオンに輝いた。

2020年、2021年と新型コロナウイルス感染拡大の影響で2年連続中止となっていたため、今年は3年ぶりの開催だった。白いつなぎを着た家族を連れてコンテストに参加する選手たち。それを大勢のパトロンたちが幾重にも取り囲む。しかし、あいにくの悪天候のためスタートが遅れ、さらには雷雲の接近で途中で打ち切りとなってしまった。結果はマイク・ウィアーとマッケンジー・ヒューズのふたりが同時優勝でタイトルを分け合った。4番ではジェイソン・コクラックが125ヤードの距離をホールインワン。これはパー3コンテスト史上101回目のホールインワンだった。

マスターズを制した日本人はもちろん昨年の松山英樹が最初だが、パー3コンテストでは青木功が75年と81年、中嶋常幸が88年に優勝を飾っている。また伊澤利光は02年に5番、6番で連続ホールインワンを記録している。

週刊ゴルフダイジェスト2022年5月3日号より

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  • マスターズを制し、目下絶好調のスコッティ・シェフラー。その活躍の陰に、2人の名キャディの存在があったことをご存じだろうか? PHOTO/Blue Sky Photos 1人は昨シーズンまで15年間、B・ワトソンのキャディを務めていた48歳のテッド・スコット。ワトソンの12年、14年のマスターズ優勝を含め、PGAツアー12勝すべてでバッグを担いできた。別れた理由については明らかにされていないが、スコットはキャディ業と並行してオンラインで学生ゴルファーにコーチングをしていたため、キャディを引退し、フルタイムでコーチに専念する心づもりがあったのだろう。そしてコンビ解消の報を受け、シェフラーがスコットに「クリスチャンと仕事がしたい」と連絡。PGAツアーの選手たちは試合のため、キリスト教の日曜礼拝に参加できないため、普段から“聖書研究”という形で集まっているが、2人はそこでの顔見知りということもあり、悩んだ末、この話を受け入れた。しかし、いきなり若い選手のキャディをするのは楽ではない。「キャディ人生で一番苦労した」とスコットが語るのは、昨年11月のザ・RSMクラシック。初日「63」でロケットスタートするも、2日目に失速。「2日目は強風が吹き荒れた。私は彼の性格をまだわかっていなかったし、打開策が見当たらなかった」と振り返る。一方シェフラーは、「彼を人間として尊敬している」と先のマスターズで語っている。2人の歯車が噛み合うようになってからの快進撃は、ご存じの通り。もう一人のキャディは、84年から95年まではB・クレンショーのバッグを、計54年間マスターズで担いできたオーガスタのハウスキャディ、カール・ジャクソン。「シェフラー本人がキャディの控え室までやってきて、“オーガスタの秘密”について教えを請うてきたんだ。スピースが初優勝したときもアドバイスしたけど、そのときより詳しく教えたよ」。シェフラーの大活躍は、彼一人の力ではない。 週刊ゴルフダイジェスト2022年5月3日号より
  • マスターズ最終日、もっともパトロンを沸かせたのは、ローリー・マキロイとコリン・モリカワが2人揃って18番のバンカーからチップインバーディを決めたシーンだった。 まるで地鳴りのような歓声に迎えられホールアウトしたマキロイも、「こんな歓声はじめて」と最高の笑顔で4日間を締めくくった。毎年マスターズがやってくると話題になるのが、彼のキャリアグランドスラム達成について。結果的には今回も偉業達成はお預けとなったが、最終日8アンダー「64」の猛チャージで単独2位に食い込み、「オーガスタでこういうプレーをするのが夢だった。自分史上最高のゴルフができた」と達成感をにじませた。11年前、21歳だったマキロイはサンデーバックナインに入るまで単独トップ。“ポストタイガー”の旗手にとってメジャー初制覇は手の届くところにあった。だが10番でティーショットを大きく曲げトリプルボギー。そこから坂を転げ落ちるようにスコアを落とし15位タイに甘んじた。苦い敗戦を糧に、その年の全米オープンで優勝し、他のメジャーも立て続けに獲り(4勝)、グランドスラムに王手をかけたのが8年前。だが期待されながら毎年不発に終わり、今回の2位がマスターズでの自己ベスト。「ペアリングに恵まれた」とマキロイ。モリカワとの相乗効果で「2人とも素晴らしいゴルフができて最高の気分だった。僕らはライバルだけれど毎週一緒に旅をする友人。コリンはナイスガイだし、一緒に最高のゴルフができてとても幸せ」ここのところ不調だったマキロイだが、久々に晴れ晴れとした表情で「今回は(グランドスラムまで)少し足りなかったけれど、来年もまたここに戻って挑戦を続けるよ」と決意を新たにした。ツアー20勝で永久シードを持ち2度の年間王者に輝いたマキロイに足りないのはグリーンジャケットだけだ。 4日間の平均飛距離は1位。来年こそリベンジを期待したい(PHOTO/Blue Sky Photos) 週刊ゴルフダイジェスト2022年5月3日号より こちらもチェック!
  • 初出場となったマスターズはトータル7オーバーで惜しくも予選落ち。悔しいメジャーデビューとなった世界No.1アマチュア・中島啓太だが、その視線はすでに次を見据えていた。 PHOTO/Blue Sky Photos 初日はイーブンパーの19位タイと奮闘。2日目はボギーが先行して、スコアを伸ばせず、7オーバーで予選敗退となった。一緒に回ったバッバ・ワトソンに飛距離で勝っていた 松山が連覇を期待されていたように、“ローアマチュア”を期待されてオーガスタに挑んだ中島啓太。ナショナルチームのガレス・ジョーンズコーチが帯同し、そしてキャディには同じくナショナルチームのクレイグ・ビショップコーチ、さらに栖原弘和トレーナーもついて、万全の態勢を整えてオーガスタに挑んだ。初日はイーブンパーと好発進したものの、2日目に7オーバーと叩いて失速。強風のなかでも耐えに耐えてゴルフをしていただけに、試合後の会見で、中島の目からは思わず涙がこぼれ出た。 「この一カ月間を通してやってきたことは完璧だと思う。まだまだ挑戦は始まったばかりなので、次は全米、全英に向けて頑張りたいいです」と中島は涙ながらに語った 「最初から辛くて、一番やっちゃいけないミスも出て。本当辛くて、(コースが)ここまで難しいんだなぁと。でもここまでやってきた準備は間違っていなかったので、本当にみんなに感謝したいです」(中島)涙から一夜明けた土曜日、ケロっとした顔をして、会場に現れた中島。手にはグッズがいっぱい入ったショッピングバッグを抱えていた。「姪っ子にお土産を買いました。自分の? そういえば買ってないです」 手にしてた袋には、ショップで姪っ子のために購入したという洋服やキャップ、パターカバーなどが入っていた 短パンでリラックスした姿は、もう普通の大学生。このあとは日本の試合、大学の試合、そして全米オープン、全英オープンと続くが、気持ちはすでに先の試合に向けて切り替わっているようだった。話を聞いていると、どうやら尊敬する先輩から激励の言葉をもらった様子。「松山先輩に試合が終わってLINEをしたんです。そうしたら『来年もここで会おう』って言ってくれました」(中島)試合後の会見で「先輩方と一緒にオーガスタに来られたのがうれしいし、チームのみんなで来られたのが一番の思い出」と言っていた中島啓太。偉大な先輩の背中を追いかけ、そして再びこの地に強くなって帰ってくることを、期待して見守っていきたい。 練習ラウンドは3人仲良く練習月曜日の練習日は松山、金谷、中島そろい踏みで練習ラウンド。先輩を前にして控えめな後輩2人に対し、「彼らはあまりしゃべらないので、僕のほうから話しかけている感じでしたけど、気づいたことはこたえてあげたりしていました。もうちょっと会話したかったな」と松山 年明けから海外ツアーに挑戦してきた金谷は、カットラインに1打足りず予選落ち。難しい18番でバーディチャンスにつけたが、惜しくも外れてしまった 週刊ゴルフダイジェスト2022年4月26日号より こちらもチェック!
  • 86回目のマスターズが終わり、ディフェンディングチャンピオンの松山英樹は14位タイでフィニッシュ。首のケガで出場すら危ぶまれた状態から2日目には2位タイにつけるなど最後まで粘りを見せたが、あと一歩及ばなかった。その4日間の戦いを振り返る。 PHOTO/Blue Sky Photos 3日目の試合後、松山は練習場でひとしきり球を打った。バックスウィングでクラブの上がる位置をチェックし、球を打っては「違う、こうじゃない」と、スウィング動画を見直す。結局、日が暮れるまで練習は続いた 「痛みなく72ホールできたのは良かった。トレーナーに感謝したい」(松山) 松山英樹は予選ラウンドを終えた時点で、トップと5打差の2位タイといい位置にいた。だが、3日目に5オーバーと、思うようにスコアを伸ばすことができず失速。この時点で“連覇”の2文字は遠のいてしまった。その日のホールアウト後、松山は記者団の質問をひとしきり受けた後、足早に練習場に向かい、ひとり黙々と球を打った。「あと何かがひとつ、ふたつ足りない」マスターズウィークの一週間、松山はチームのスタッフにそう漏らしていたという。思えば昨年のマスターズは、その“スウィングの何か”を開幕直前につかんで、優勝を手繰り寄せた。今年はその足りないピースが見つからないまま、実戦を迎えることになってしまった。“見つからないまま”というよりは、首のケガによって“見つけるまで練習する時間がなかった”というのが、正しいところかもしれない。2日目の13番でクリークに入れたシーンや、3日目の7番の2打目でカットボールを打ち切れなかったシーンなど、“松山らしくないプレー”がいくつもあった。あと一筋、あと1、2ヤード違っていれば、というシーンが幾度もあり、その精度の差が最終的な結果として表れたように思う。アプローチで何とかしのいでいたものの、“優勝争い”という状況まで持っていくことはできなかった。 「(スウィングが)いい状態ではないので、何かきっかけがあればなと思って4日間やったんですけど、見つからずに終わりました」  最終日を終えたあと、そうコメントした松山。この大会に並々ならぬ思いで挑んだ松山にとっては、本調子で臨めなかったことが、非常に口惜しかったことだろう。ただ、4週間も試合を休んだあとの久しぶりの試合、そして出場も危ぶまれたなかでの14位タイというのは、十分健闘したと思う。しかもケガがいつ再発するかもしれないという不安を抱えての戦いだった。「痛みなく72ホールできたなと思いますし、そこはトレーナーに感謝したいと思います」と松山は語っていた。それにしてもこの一週間、松山は昨年のチャンピオンとしてパトロンから温かい声援で迎え入れられていた。チャンピオンズディナーでも、そうそうたるメンバーをホストとしてもてなし、料理の内容も英語のスピーチも称賛を浴びていた。なかでもパトロンを魅了したのはアプローチの技術だった。マウンドにワンクッションさせたり、グリーンの傾斜を読み切って転がしていったり、時に風さえも使ってピンチになりそうな場面を何度となくパーに収め、その都度、目の肥えたパトロンたちを沸かせていた。圧巻は3日目の17番のグリーン右奥からのアプローチ。アゲンストの風にぶつけるように球を浮かせて、落ちてからの傾斜の転がりも完璧に読み切り、見事にパーを拾った。まさにチャンピオンにふさわしい一打。また来年、この舞台で松山がリベンジを果たしてくれることを期待したい。 3日目の17番、グリーン奥からのアプローチ。あわやカップインのスーパーショットで、パトロンを沸かせた 18番グリーンでは毎日パトロンたちから拍手を浴びていた 多くのパトロンが待ち受ける最終ホールでは、前年王者を称える惜しみない拍手で出迎えられていた ケガなく戦えたが、ショットの調子は戻らなかった 4日間、痛みこそ感じなかったというが、「足りない」と感じていた「何か」を最後までつかめずに終わった 週刊ゴルフダイジェスト2022年4月26日号より こちらもチェック!