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100年以上前のクラブにボール…個人で400点超を所有する驚愕のコレクターを発見!

イギリスのゴルフ勃興期のクラブ蒐集、その質の高さではおそらく日本一というコレクターがいる。

杉井要一郎氏、東京生まれで現在79歳。コレクションはすべて1920年以前のもので、1900年前後が中心という。クラブ、ボール、キャディバッグ、写真、絵画、古書など400点あまりを所有している。

ディスプレーも凝っており、その時代のボールが年代順に箱に陳列されていて、歴史が一目瞭然。ヒッコリークラブの変遷も一目でわかるように展示されている。それらの価値がどれだけすごいか、その一端を紹介しよう。

「THE OPEN CHAMPIONSHIP WINNER’S COLLECTION」と記されたキャビネット内には、5人の全英オープン優勝者が使ったヒッコリークラブが収められ、優勝した年が刻印されている。いちばん上のJ・H・テーラーは5つ、次のハリー・バードンには6つ、ジェームズ・ブレイドは5つ、アレックス・レイとジョージ・ダンカンにはそれぞれ1つずつ、年号が記されている。

杉井氏が蒐集家になった足跡をたどると──。氏は大学卒業後、赤井電機に入社。独立後、世界各地に住むが、オランダに落ち着き、アムステルダム日本法人会ゴルククラブ会長になった頃にコレクション熱が高まったという。毎週土日はイギリス各地でプレーし、アンティークショップを訪れた。そのうち、そのショップから日本で代理店をやってほしいとの要請に蒐集意欲はさらに増した。

日本に帰国して千葉CCに入会。理事となって「ゴルフは下手だから何かで貢献したい」と、コレクションの多くを寄贈。そのうち米国のクラブメーカーが博物館を造ってそこへ入れてくれるとの話が舞い込んだが、景気も悪くなり立ち消えに……。

「3人の娘がいて、その連れ合いともどもゴルフには全く興味がないし、譲渡は断られました(笑)。倉庫にでも保管しようかなと思っているんですよ」(杉井氏)

所蔵品の一部を見たR&A会員でもあるJGAゴルフミュージアム参与の武居振一氏は「これだけクオリティの高いものを日本人が蒐集したことに驚きです。下世話にいうと“ウン億”の値段がつくのでは。散逸せずに多くの人に見せてあげられるようにできればいいのですが」

週刊ゴルフダイジェスト2022年6月14日号より

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