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【ゴルフせんとや生まれけむ】金村義明<後編>「ラウンド回数はプロ並みです」

ゴルフをこよなく愛する著名人に、ゴルフとの出合いや現在のゴルフライフについて語ってもらうリレー連載「ゴルフせんとや生まれけむ」。今回の語り手は、 前回に引き続き元プロ野球選手の金村義明

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プロ野球を引退してからも解説の仕事などが忙しく、ゴルフに行く機会はほとんどありませんでした。現役時代のケガの影響で、冬場はアイアンを打ち込むと手首に響くんですよ。

そんな状況からゴルフ熱が再燃したのは、三男の昭典がゴルフを始めたことです。僕には息子が3人いますが、彼らをプロ野球選手にさせようとはまったく考えていませんでした。野球は痛いしシンドイので(笑)、プロゴルファーになってほしいと思っていました。近鉄時代に3人の息子のために会員権を3つも買いあさったのですが、全部紙クズになってしまいました(苦笑)。それでも2007年に(石川)遼君がアマチュア優勝したことに感銘を受け、息子に杉並学院でゴルフ部に入ることを勧めました。


僕のゴルフは我流ですから、息子は西荻窪にあるプロゴルファーの小俣奈三香さんのご実家のゴルフ練習場でスクールに通わせました。息子の練習ラウンドのために太平洋クラブの会員権も購入しました。息子が杉並学院に入ったとき、(石川)遼君が3年生で、息子は(浅地)洋佑君と同級生になりました。そこで3年間ゴルフに取り組み、推薦で日体大に入ったのですが、諸事情によりゴルフ部はすぐにやめてしまいました。大学卒業後は「EVEN」というゴルフ雑誌を作る仕事をしていましたが、洋佑君がウチの息子にキャディをやってほしいと頼みまして、専属キャディを2年間やりました。その流れで今はプロキャディをしています。小田孔明選手をメインに担ぎながら女子ツアーにも帯同しています。

息子が競技ゴルフをしていた時期に、僕も太平洋クラブの競技に出ていました。江南コース(埼玉県)の予選を2位で通過し、御殿場コース(静岡県)の全国大会に出場したこともあります。全国大会は2日間競技で、初日にトップと9打差までが2日目を回れるという試合形式でした。僕は初日を何とか9打差で回って2日目に残ったのですが、テレビの仕事でアメリカから帰ってきたばかりだったので時差ボケでフラフラになり、2日目に大たたきをしまして、もう二度と出ないと誓って帰りました。そこからはエンジョイゴルフに徹しています。その後、太平洋クラブが経営破綻しまして「エエ加減にせえよ」と思いましたが、マルハンに経営交代してからめちゃくちゃよくなりました。マルハンの社長の韓裕さんは、僕が甲子園で優勝したときの決勝戦の対戦相手、京都商業の5番バッターなんですよ。不思議な縁を感じましたね。

新型コロナウイルスが流行した2020年に仕事が一気に減りましたから、その時期にラウンド数が増えました。昨年はもっと増え、今年はさらに増えました。年間100ラウンドを超えるんじゃないですかね。今年からカレドニアン・ゴルフクラブ(千葉県)のメンバーにもなり、土日は毎週のようにカレドニアンでプレーしています。多いときは週4日ペースですから、息子が「プロゴルファーよりもお父さんのほうがラウンド数が多いわ」と驚いていますよ(笑)。

金村義明

1963年、兵庫県生まれ。81年夏の甲子園で報徳学園のエースで優勝。81年ドラフト1位で近鉄に入団。三塁手としてレギュラーを獲得。95年にFAで中日に移籍。97年にトレードで西武に移籍。引退後は野球解説者・タレントとして活躍。

週刊ゴルフダイジェスト2022年11月15日号より