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【ゴルフせんとや生まれけむ】鈴木康友<前編>「印象深いミスターのスウィング」

ゴルフをこよなく愛する著名人に、ゴルフとの出合いや現在のゴルフライフについて語ってもらうリレー連載「ゴルフせんとや生まれけむ」。今回からの語り手は、元プロ野球選手の鈴木康友氏。

僕がプロ野球に入った1970年代後半はゴルフが盛んでしたから、オフになるといろんなコンペがありました。ジャイアンツでは招待客と一緒にラウンドするコンペが週に2~3回あり、それ以外にプライベートでラウンドすることもありましたから、1年目からけっこう行きましたね。

でも実は、中学か高校のころからゴルフをしたことはありました。僕の地元は奈良県五條市ですが、家の近所に田んぼがあって、稲刈りが終わるとティーみたいになるんですよ。そこにボールを乗せ、子ども用みたいな短いクラブでパカーンと打っていました。

そんなことをして遊んでいたところ、親戚が山を売った土地にゴルフ場ができたというので、そこでプレーしたこともあります。僕は天理高校で甲子園に春夏4回出場していますが、年末年始は練習が休みの日が4~5日あったんです。そのときに内緒で行ったのが初ラウンドでした。スコアは120を切っていたと思います。

ジャイアンツ時代は思い出深いラウンドが二つあります。一つは2年目の秋に、ミスター(長嶋茂雄監督)が“地獄の伊東キャンプ”というのをやったんです。僕もキャンプに行きたかったんですけど、少数精鋭だったのでメンバーに入れませんでした。ただ、キャンプには参加できませんでしたけど、ミスターがスカウトして入団した選手ということで、伊東会というゴルフコンペのメンバーには入れてもらいました。前の晩にミスターの別荘に泊めてもらい、翌日にハーフラウンドだけ一緒に回らせてもらいました。ドライバーをアドレスしたときにヘッドをクルクルッと回しながらタイミングを取る仕草が今でも印象に残っています。

もう一つはプロ入り4年目にミスターが監督を辞めて藤田(元司)さんが来た年(81年)、日本シリーズで日本ハムに勝ってV旅行に行ったときのラウンドです。ハワイのマウイ島にあるカパルアでラウンドしました。すごく印象が良かったので、妻と結婚したときも新婚旅行で行きました。カパルアの手前にラハイナという港町があるんですけど、この町は永ちゃん(矢沢永吉)の歌のタイトルにもなっています。クジラが見られるところがあって素敵なんですよ。

その後、84年のオフに西武に移籍しましたけど、当時の西武はゴルフがそれほど盛んではありませんでした。一方、その後、移籍した中日はキャンプインの荷物出しのときにキャディバッグがダーッと積まれていて驚きました(笑)。普通、キャディバッグは自分の部屋に届くようにこっそり送るんですけど、中日は球団のトラックで送っていいということで、キャンプの休みはゴルフ三昧でした。星野(仙一)監督がゴルフ好きだったので、寛容だったのでしょうね。

中日時代はオフのコンペもすごくて、11月末から12月半ばの3週間で、ゴルフに行かない日が3日しかなくて、手帳を見てビックリした年がありました。でも、毎日ラウンドするとプレーがいい加減になっちゃって、ちっともうまくなりませんでした(苦笑)。


鈴木 康友

1959年、奈良生まれ。天理高校時代に甲子園春夏4度出場。ミスターが獲得に乗り出し、77年に巨人に入団。84年に西武、86年に中日に移籍し、90 年に再び西武に。92年現役引退。現在は野球解説者。

週刊ゴルフダイジェスト2021年9月14日号より