【ゴルフせんとや生まれけむ】前田智徳<中編>「初出場の中国アマが自信になりました」

ゴルフをこよなく愛する著名人に、ゴルフとの出合いや現在のゴルフライフについて語ってもらうリレー連載「ゴルフせんとや生まれけむ」。今回の語り手は、前回に引き続き元プロ野球選手の前田智徳氏。
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- ゴルフをこよなく愛する著名人に、ゴルフとの出合いや現在のゴルフライフについて語ってもらうリレー連載「ゴルフせんとや生まれけむ」。今回の語り手は、元プロ野球選手の前田智徳氏。 プロ野球選手はシーズンオフになると球団の納会ゴルフやチャリティゴルフに半強制的に参加させられますから、ゴルフを始めたのはプロ入り2年目、20歳の頃です。 でも、当初は全然好きじゃありませんでした。コンペの前にち……
2013年に現役を引退してから鷹の巣ゴルフクラブ(広島県)のメンバーになりました。このゴルフ場は山本浩二さんの先輩が重鎮メンバーで、山本さんをはじめ、衣笠(祥雄)さん、北別府(学)さん、野村(謙二郎)さんらが入会していました。ボクも順番どおり入りました。ですからボクのゴルフのお師匠さんは、山本浩二さんの先輩です。
鷹の巣に入会した後、14年4月だったと思いますが、お師匠さんから「おまえ、○月○日の、どこどこゴルフ場の、○時○分スタートや。腕試しに行ってこい」という指令が下りました。それがボクの競技ゴルフデビューです。広島県アマチュアゴルフ選手権の(西部地区)予選でした。ボクは初めての競技ゴルフでしたから、絶対に70台で回らないとダメだと思っていました。しかしながらスコアは40 ・40の80だったので、予選落ちだとガッカリしました。
ところが80でも24位で予選を通りました。「県アマの予選は80でも通るんだ」ということを最初に学びました。県アマの予選を通過したので、次は1カ月後に県アマの決勝に出場することになりました。決勝は2日間競技で、初日に予選カットがあります。そこでも初日に81を打ち、「決勝で81を打ったらさすがにダメだろう」と思ったら、これも39位タイで予選を通りました。「81でも予選を通るんだ」と安心したら、2日目に74が出て、トータル155ストローク12位で中国アマの出場権を獲得することができました。
中国アマは72ホールストロークプレーの4日間競技で、第2ラウンド終了時に予選カットがあります。会場は下関ゴールデンゴルフクラブ(山口県)でした。実はこのコース、今年の中国アマの会場でもあります。初めて出場したときの心境を今でも覚えていますから、もちろん、勝ち上がれればの話になりますが、当時と比べてどのくらい落ち着いてプレーできるか、すごく楽しみです。
さて、初出場の中国アマはどうだったかといいますと、初日76で30位タイ、2日目も76で46位タイ、なんと予選を通ったんですよ。県アマと違って中国アマは学生ばっかりでしたから、さすがに予選通過は無理だろうと思っていたのですが、2日連続70台で回り、4日間もゴルフができるなんてと幸せな気持ちになりました。そして3日目も79で回ることができたので、「初出場の中国アマで70台を4日間そろえたら、今後の競技ゴルフ人生の自信になる」と気合いが入りました。
運命の最終日は前半を38で回りました。そのとき「よしっ、これで4日間70台を狙える!」と自分で自分にプレッシャーをかけてしまいました。そうしたら後半に43を打ち、最終日のスコアは81でした。
最終日に81を打っても、競技ゴルフ初挑戦で中国アマまで勝ち上がり、しかも4日間プレーできたことはボクの中ではすごくうれしい出来事でした。でも、4日間70台にあと一歩のところまで迫ったのに、「最後のハーフで何をやらかしとんねん!」という自分への怒りがふつふつと湧き、競技ゴルフへの熱が一気に燃え盛りました。

前田 智徳
まえだ・とものり。1971年生まれ。熊本県玉名市出身。熊本工業高校時代は春・夏3回の甲子園出場。広島カープに入団2年目、19歳でゴールデングラブ賞に輝く。天才的打撃センスで、通算安打数2119を誇り、現役時代の異名は「孤高の天才」。引退は2013年
週刊ゴルフダイジェスト2025年5月13・20日合併号より