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【ゴルフ野性塾】Vol.1780「ゴルフの才能は寡黙に宿る」

KEYWORD 坂田信弘

古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。

前回のお話はこちら

「塾長と
コーヒーを飲み、

塾長のお話を聞く機会を戴く様になってから一週間の過ぎるのが早くなりました。
その想いは18名全員に共通する気持ちでおります」
「そうか。一週間が早くなったか。いい事だ。私の経験で申すが、時過ぎるの早くなれば変化に敏感になり、その変化が己を変え、新たな気付きを与えてくれる事もあろうからな」
「塾長、質問です。
小学4年5年で入学して来た子供達の才能、プロで生きて行ける才能なのか、そうではない才能なのか、最初から分るものなのですか?」
「分らなかった。入塾後、10回の指導で見えて来た才能はあったが、確信持てる見え様じゃなかった。
平成5年に開塾した熊本塾一期生、週に一度か二度の指導したが、塾生よりは私の助手として子供達を指導するコーチ達の才能の方が良く見えたな」
「コーチの才能ですか?」
「ああ、そうだ。私の補佐をするコーチの才能はよく見えた。私の理論を理解する能力、それと子供達に正確に伝える能力、いずれも大切なものだった。そしてその能力の差がプロテストに通った数、シードを取った人数として表れた様な気はする」
「塾出身、塾長が個別に指導なされた子供等、合せて110名がプロテストに通ってます。塾出身者のプロテスト合格は95名と聞いております。最初からこの者はプロテスト合格迄は行く、この者はシード取る、この者は海外メジャー参戦迄行くとは分らなかったのですか?」
「分らなかったな。ただ、今は分る。私は多くの才能を見て来た。そしてその才能が生む結果も見て来た。今ははっきりと分る」

金属音のインパクトに出会った。


「それは子供達ですか?」
「子供も大人もだ。この福岡でも小学5年で塾に入って来れば賞金ランク5位には入ると思う大人もいた」
「その人は大学生とか、社会人5年位の若い人間でしょうネ」
「違う。30歳過ぎ、多分40歳に近いおっさんだ。いい才能持ってたな」
「振りで分ったのですか? それともスウィングで?」
「両方だ。振りとスウィングの型、そして振りとスウィングのバランスの良さ、抜群の男じゃあった。一度しか会っちゃあいない。だからその男のスウィング見たのも一度だけだ。アマもプロも老いる程に才能平凡となって行くが、まだ平凡になる才能じゃなかったな。西新ゴルフ練習場、私の前の打席で打っていたが、何故か気になったので名前だけは聞いたが」
「塾長にそれ程のインパクトを与えた才能だったのですか?」
「そうだ。小柄な男だったが、助平な雰囲気強く持つ男だった。私は聞いた。お前さん、助平だろう、と」
「何と答えましたか?」
「ハイ、とだけ言った。そして私の顔をジーッと見ていた。私はその寡黙さと穏やかな眼線が気に入った。ゴルフの才能は雄弁に宿るものではない。寡黙の中に宿るものだ。私もゴルフ始めた時は寡黙だった。3年と11カ月でプロテストに通り、すぐにツアー参戦したが、予選通るか落ちるかの中で、7試合連続で1打足らずの予選落ちを続けた時、私は雄弁になった。横綱北の湖は全勝優勝した。その千秋楽の記者会見、新聞記者の今場所を総括して下さい、の質問に穏やかな声で答えたそうだ。白星の数、と。一言だった。見事なる一言だったと思う。私は相撲好きで本場所観戦に幾度か通ったが、北の湖との面識はなかった。彼が協会理事になって個人の付き合いが始まったが、彼はゴルフしなかった。腰痛持ちだったからだ。しかし勝負の世界の話は好きだったぞ。場所中、理事長室でお茶を飲みながら話し合ったが、私は相撲を見たくて行ってる訳だ。だが北の湖は私の話を聞くのが面白いのか、次から次の質問をして来た。だから理事長室から私の為に用意された席へ行く事が出来なかった。解放されるのはいつもその日の残り5番となった時だった。腹を割って話す人が少なかったと思う。理事長になった北の湖は寡黙じゃなかった。私の前で己の相撲人生を語っていたからな」
「塾長のお話はポン酢の味がします。それって日本の味です」
「西新で出会った福岡の才能だ。寡黙だった。名刺を貰った。名は怡土(いとう)太一郎。そして、それっきり会ってはいない。私の前の打席で打っていたが、いい振りしてた。彼と小学5年で会っていれば日本の男子ゴルフ界を変えられた様に思う。今は才能が見える。そして、出会った才能だった」
「それ程の凄い才能だったんですか?」
「ああ。強い時、己を語るのは勝利の数だ。己を語る言葉は要らない。言葉を使い始めるのは勝てなくなった時からだ。そして、戦いの場から遠のく。才能を語るのに言葉は要らぬ。インパクトの音だけあればいい。街中の練習場のボールは購入単価70円。ネットを傷めない為の初速の遅い柔らかいボールを使っているが、それでも澄んだ金属音を出していた。才能は音を作る。私の指導を受けてプロテストに通った110名。シード権を得た者15名。その者達よりも澄んだ音だった。今年の2月から西新ゴルフセンターに通っているが、一番の驚きじゃあった。お前さん方との出会いも私の驚きだ。75歳の一期一会。出来得れば最後の日迄、楽しく過せればいいと思う様になって来た」
「お付き合い致します。いつ迄も」
「優しいな。私の身勝手我儘に付き合うのは大変だろうに」
「そんな事はありません。塾長の優しさは理解しています。塾生に厳しい指導、為されたと聞いていますが、塾生達は分っていたと思います、塾長の優しさを」
「昔も今も我儘な男だ。美化するな。物事を美化したがる様になったら批判力薄まってくる証しだ。肯定と否定はコインの裏表。いずれかを失くせばコインとしての役目は終る。お前さん達は若い。世の役に立つ若さだ。失くすな、肯定と否定見極める力、そして価値観と見識を。人を大切にせよ。粗末にしちゃ駄目だぞ」
「分っております」
「言葉少ない男になって来たな。いい事だ。悪い事じゃない。それではこれで失礼する。コーヒーは御馳走になるぞ」
18名は立ち上って私を見送った。
私は振り向いた。
皆、一斉に頭を下げた。
私は微笑んだ。
自然に出た微笑みだった。

今日4月19日。午後11時55分。
暖かい日が続いております。

坂田信弘

昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格

週刊ゴルフダイジェスト2023年5月9・16日合併号より