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【ゴルフ初物語】Vol.94 日本最古のプロ競技「日本プロゴルフ選手権」1926年の第1回大会は参加者6人!

1カ月以上試合のなかった国内男子ツアーが来週、メジャーの日本プロゴルフ選手権で再開する。国内で最も歴史のあるプロトーナメントは、今から100年近く前の1926年に大阪・茨木CCで始まった。

右から越道政吉、安田幸吉、福井覚治、村上伝二、関一雄、宮本留吉

1日36ホールで争われた

1920年10月3日に開場した舞子GC。このとき、キャディマスター兼プロとして採用された福井覚治が日本のプロゴルファー第1号だが、6年後には日本のプロゴルファーは7人に増えていた。そのうち、舞子の福井覚治、茨木の宮本留吉、甲南の越道政吉、鳴尾の村上伝二の関西勢4人と、関東から遠征してきた東京の安田幸吉、横浜・根岸の関一雄の計6人が参加して、1926年7月4日、茨木CCにて競われたのが日本初のプロトーナメント、「全日本ゴルフ・プロフェッショナル卅六ホール・メダルプレー争覇戦」。後の日本プロだった。

1日36ホールで争われ、豪雨のなか10時5分に福井、安田組からスタート。午前18ホールを終えた時点で福井と宮本が80で並ぶ。午後も接戦が続き、福井、宮本、越道が通算161でホールアウト。しかし、越道が前半の18番でウォーターハザードの処置を誤っていたことが分かり失格。福井、宮本によるプレーオフは6日後の7月10日に行われることになった。だが、コース状態の悪さを差し引いても、このスコアはプロとしては失望的だと当時の新聞では評された。彼らの生徒である各クラブのメンバーでも普段からこれくらいのスコアで回っている。彼らは教えることに力を入れるあまり、自らプレーすることを軽んじているのではと。しかしながら、プロの試合が行われたことはゴルフ界にとって福音で、今後プロの責任が重くなっていくだろうと結ばれていた。

プレーオフは快晴の空のもと、36ホールで争われ、宮本が7打差で初代チャンピオンに輝いた。『日本プロゴルフ協会30年史』には「“賞金はなかったけれど、純銀のカップをはめこんだ額が嬉しかった”と生前の宮本は感想を語っていたものだ」と記されている。

今年で第89回を迎える日本プロゴルフ選手権は8月4日(木)~7日(日)に静岡県のグランフィールズCCで開催される

週刊ゴルフダイジェスト2022年8月9日号より