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【さとうの目】Vol.250 歴史は繰り返す? 100年前と同じく「キャディ」も注目を集めた全米オープン

鋭い視点とマニアックな解説でお馴染みの目利きプロ・佐藤信人が、いま注目しているプレーヤーについて熱く語る連載「うの目、たかの目、さとうの目」。今回は特別編として、先日の全米オープンを振り返る。

PHOTO/Blue Sky Photos

ナイス・バディ! マシュー&ビリー
ともに初メジャータイトルの2人。フィッツパトリックより先に涙したフォスター。この後、アツい抱擁を交わした

122回を数える全米オープンは、近年の大会とは少し違う、いろいろな角度から楽しめた大会ではなかったでしょうか。まずはコースの楽しさです。選手ごとにいろいろなティーショットのオプションがあり、どんな攻め方をするのかマネジメントの多様さを堪能できました。パワー全盛時代にあって、全長約7200ヤード。“ゴルフはパワーだけではない”と、改めて感じた方も多かったでしょう。しかもグリーンは小さく、強烈な傾斜。選手はもちろん、見る者をも疲労困憊させるゴルフの奥深さがありました。

もうひとつの楽しさは、歴史の深さです。会場のザ・カントリークラブ(マサチューセッツ州)はイギリスから渡ったゴルフが、アメリカでポピュラーになっていった舞台でもあります。そのきっかけのひとつが、1913年に同クラブで開催された第19回の全米オープンです。当時はイギリスの選手が強い時代で、前大会の18回大会まででアメリカの選手が優勝したのはわずかに2回。「優勝カップをイギリスに渡してなるか」、そんな思いでアメリカ人選手は大会に挑みます。

そこで優勝したのがアマチュアのフランシス・ウイメット。しかも当時、全英5回、全米1回の優勝を誇るハリー・バードン、前年の全英オープン覇者のテッド・レイを、当時は翌日18ホールあったプレーオフで退けたのですから、アメリカ全土が熱狂しました。ちなみにこの試合でウイメットのキャディを務めたのが、10歳のエディ・ローリー少年。この試合を含む2人のエピソードは後に映画『グレイテスト・ゲーム』にもなり今も語り継がれています。


歴史は繰り返すのか、今大会もひとりのキャディに注目が集まりました。優勝したマシュー・フィッツパトリックのバッグを担いだビリー・フォスターです。1983年に15歳でキャディを始め、今年40年目を迎える大ベテラン。かつてはセベ・バレステロス、ダレン・クラークなどのバッグを担ぎ、優勝経験は30回ほどありますが、メジャーとは縁のないキャディでした。2003年の全英オープンでトーマス・ビヨーンのキャディをしたときは、15番終了時点で単独首位でしたが、16番でダブルボギーを打ち、伏兵ベン・カーティスに逆転負けし1打差の2位タイに。フォスター自身がこの悔しさを振り返っている動画もあります。メジャーへの想いが強かったのでしょう。優勝が決まった瞬間、選手より先にキャップで顔を隠して涙をこらえ、フィッツパトリックが抱き寄せるシーンが象徴的でした。

さて、全米プロに続き2位に終わったウィル・ザラトリス。そのウェアのデザインは、前出のウイメットとエディ少年のロゴをあしらったものでした。ちなみに後に自動車ディーラーとして成功したエディ少年は、多くのアマチュアゴルファーをサポートします。そのなかのひとりがケン・ベンチュリー。ザラトリスは父親がメンバーだったクラブでゴルフを覚えますが、ベンチュリーはそのクラブの所属プロでした。そしてベンチュリーが「この握り方だけは忘れるな」とザラトリスに教えたのがオーバーラッピングです。これは別名「バードングリップ」と言い、ウイメットがプレーオフで倒したハリー・バードンが考案してその名が付きました。ウイメットとバードンは国も違い試合では敵でしたが、2人とも貧しい出でキャディ上がりということで心は通い合っていた感じなのは映画でも描かれていました。

そもそもバードンを観戦する目的でザ・カントリークラブに行ったエディ少年はひょんなことからウイメットのバッグを担ぐことになり、見たかった選手を目の前で倒し、そしてその数十年後、全面的にサポートしたベンチュリーが「バードングリップ」を小さい子ども(ザラトリス)に継承していったということになります。歴史と人の“つながり”を感じさせてくれる話ですよね。

粋なルーザー、ザラトリス

「最終日のウェアは、ウイメットとエディ少年のロゴをあしらったもの。彼の歴史への興味と敬意が感じられます。25歳ながら、その知性と人間性に感服です」

さて、メジャーはもちろん、PGAツアー初優勝を飾ったフィッツパトリック。彼は、イギリス人では初めて、2013年の全米アマで、同じザ・カントリークラブで優勝。飛躍のきっかけにしました。全米アマと全米オープンを同じコースで勝ったのは、ジャック・ニクラスに続き2人目です。

以前から飛距離が足りないという点以外は優れている選手でした。正確性も高いし、グリーン周りやパットもよい。昨年あたりから飛距離も伸びてきて、かなり自信がついたと本人がインタビューで語っています。今季はスタッツを見ると全く穴がないどころか、ストロークゲインドは全ての部門が25位以内。平均ストロークもマキロイに次ぐ2位につけています。

本大会の勝負を決めたのは、18番の左バンカーからのセカンドショットだと思います。「右に曲げても左に曲げても助かる余地はあるが、あのバンカーだけは入れたらダメ」と多くの選手が口をそろえていたバンカー。ティーショットが入ったとき、「プレーオフ突入は確定」とボクも思いました。そこで、アゴの高さをキャディのビリー・フォスターがパターで示し、測り、9番アイアンでグリーン左サイドからの見事なフェードでグリーンをとらえました。フィッツパトリック自身の今オフのパワーアップも含め、この1年のすべての成長を物語るショットであり、ビリーの気持ちが乗り移ったショットだったのかもしれません。

最近、LIVゴルフとPGAツアーのことで野次馬的な話題が多かったゴルフ界ですが、アメリカの世界最高峰の舞台で、最高のゴルファーたちが「やっぱりすごい!」というプレーやストーリーを見せてくれた気がします。

アプローチはクロスハンド!?

「『スタックシステム』というトレーニングプログラムをこなしてここ2、3年でスピードを上げた様子のフィッツパトリック。パットはフィル・ケニオンに見てもらっており、スタッツやデータを非常に重視して、システマチックな練習を好むと弟のアレックスが話している動画を見ました。アプローチは、もともと普通のグリップで握ると少しカットに打つ癖があったようで、クロスハンドで打つドリルを以前からしていたそう。これがあまりにも安定性が高いということで、1年くらい前から実戦でも取り入れているようです」

佐藤信人

さとう・のぶひと。1970年生まれ、千葉出身。ツアー9勝。海外経験も豊富。現在はテレビなどで解説者としても活躍中

週刊ゴルフダイジェスト2022年7月12日号より