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五輪代表コーチが語る笹生優花と畑岡奈紗「歴史をつくった全米女子オープン」

PHOTO/USGA/Darren Carroll、USGA/Robert Beck、USGA/John Mummert

こんな日が来ることを誰が予想しただろう――2021全米女子オープンは、前代未聞の日本選手同士のプレーオフを制し、笹生優花が19歳11カ月17日の史上最年少記録で優勝したのだ。この歴史的な試合を、服部道子プロに解説してもらった。

全米女子オープンは、メジャーのなかでも古い歴史をもつ最高峰の大会です。そこで、日本選手2人のプレーオフが実現するなど想像もしていませんでした。突然やってきたというのが正直な気持ちですが、観ていて誇らしかったですし、2人とも頑張ってきた姿を知っているだけに、勝負の世界ではあるものの、どちらかが勝ってどちらかが負けるというのは少し複雑ではありました。

最終日の前半は、レキシー(・トンプソン)選手が5打差をつけ、調子もよかったのでそのまま行くかなと思っていました。でも11番(パー4・415Y)で、フェアウェイからのシンプルにみえるアプローチをミスヒットでショートし、短いパットも外してダブルボギーとしてから流れが変わりました。ミスというものは2つ続けてしまうと心身に残ります。外から見ていても不安感やイメージの悪さが伝わってきました。

一方で、ホールを重ねるたびに畑岡選手はよいプレーをしていましたし、笹生選手もプレーが嚙み合ってきていた。16、17番はパー5ですから、ひょっとしたらわからないぞと思いました。その後もレクシー選手はグリーンからかなり距離があってもパターを使ったり不安が感じられ、それがショットにも「ミスしてはいけない」というプレッシャーを与え負のスパイラルに。メンタルコーチを付け、そこまでは感情を上手くコントロールしているように見えましたが、頑張って無理やりにでも笑うように、必死で前を向こうとしている感じがして、こちらにも伝わってくる嫌なオーラが見えました。

<笹生優花4日間のスタッツ>

DAY 1DAY 2DAY 3DAY 4
FWキープ率57.1%42.8%71.4%64.2%
パーオン率61.1%72.2%55.5%72.2%
パット数26272832

「フェアウェイキープ率はそこまで高くなくても、キャリーがあり飛距離が出るのでラフからでも長い番手を使わなくてもよかった」(服部)。またグリーンを外しても、ショートゲームの多彩な技で寄せていたのも印象的だった

畑岡選手は難しいホールでも、持ち前のアイアンショットのキレで縦・横をしっかり合わせ、パッティングのよいラインに付け7番から5つのバーディを奪いました。砲台でアンジュレーションがあるグリーンでは、付ける位置が大事です。前週のマッチプレーで対決したタイのタバタナキット選手を参考に、右手のグリップを少しスクエアにすることで、ショットはもちろん、アプローチやパッティングも狙いたいところに出球を出せ、ボールの転がりも非常によかった。イメージどおり打てると不安材料がなくなるので、より深く集中もできます。表情もキリッとしていました。今年は不調ですごく苦労していたんです。トップが思うような位置に決まらず悩んだり、本当にいろいろなことに取り組んでいました。ただ、灯台下暗しというか「手元」を変えていい方向に回り始めたんですね。

不調を乗り越え自分を取り戻した。「畑岡さんのゴルフもこれからは“順回転”していくのみだと思います」(服部)

勝因は、メンタルの成長
ラフからのショット力
豊かなイマジネーション

さて、笹生選手の勝因は3つあると思っています。1つめは「メンタル面の成長」。今年は米ツアーにスポットながら多く出場。優勝争いにも絡み、多くの世界のトップ選手と回りました。ゲームをつくっていくうえでの彼女たちの心持ちやピンチになったときの対処法など、ゴルフをしていない時間をどのように過ごしているかも目の当たりにして学んだはず。ここまでの試合ではスコアを落とすことが多かった“鬼門”の3日目を上手く切り抜けたのも、最終日2番、3番でダブルボギーを続けても持ちこたえて盛り返すことができたのも、その経験のおかげだと思います。

2つめは彼女の「ショット力」で、すごくタフなコースを攻略できたこと。今回は、最終的にアンダーパーの選手が5人だけいうセッティング。難しいところはいろいろありますが、一番はやはり細い狭いフェアウェイとファーストカットがない深くて密集しているラフ。ラフに入れば普通は出すだけ。すぐ“素ダボ”にもなる。ショットの質が問われます。笹生選手は高いボールで落としていけるパワーと柔らかさと技術がある。もって生まれたものに加えトレーニングで作り上げてきたフィジカルの強さ。手首などもすごく柔らかいので、ラフからでも早めにコックを使い、鋭角に打つ技術も身につけています。ラフからでもしっかりグリーンに乗せていける自信があれば、他の選手よりプレッシャーなくティーショットも打てたはずです。ラフを苦にせず逆に“友達”という感じでした。

3つめは彼女の「イマジネーションの多彩さ」。ショットもですが、グリーン周りの引き出しの多さにつながっています。下半身や体幹の強さ、上体や手首の関節の柔らかさが彼女の卓越したクラブさばきを可能にしています。小さい頃から遊び感覚で練習した想像力や世界中のコースで学んで自分で習得した技術。動物的なカンというか、「この芝で、ここに落とせばどんな感じか」というイメージが必然的にわくんでしょう。

今回の優勝のキーとなるプレーを考えると、まず“鬼門”の3日目、7番(パー4・229Y)の2打目のバンカーショット。1オンできるティーショットをグリーン左のバンカーに入れ、ダウンヒルでショートサイド、しかも手前は深いラフ。それをフワッと寄せてOKバーディ。アメリカのコメンテーターもすごいプレーに呆れていましたし(笑)、彼女にしかできないバンカーショットだなと。普通ならこのような状況のバンカーやラフからのショートゲームはドキドキして心配してしまいますが、彼女においては「どうやって打つのかな」と見ているのが楽しくなるくらい、逆にワクワク感があるんです。

最終日のキープレーは、同じく7番(パー4・271Y)のバーディパット。4mくらいの上りでしたが、外すと気持ちがキレてしまうという場面でしっかり打てた。初めのうちはパットはショート気味でしたが、少しずつ強めに、下りのパットもドキッとするくらい強気に打ててきました。プレーオフ3ホール目の上り2.5mくらいのフックラインをしっかりヒットしたウィニングパットにもつながっていますし、こういう攻めの気持ちでひょっとしたら勝ちを呼び込めたのかもしれません。

最高峰の舞台で誇らしい闘いぶり。
全米女子プロ、東京五輪で再現なるか

今回の笹生選手の優勝が、若い選手たちにも大きな影響を与えると思いますが、彼女のようにイマジネーションを養い、自分で考えて自分で取り組むという姿勢は見習うところが大きいと思います。こういった感性を磨くには、いろいろなタフなコースで、よいライからだけではなく難しいライからもあえて打つといった練習方法も大切です。

それにしても米女子ツアーは様変わりしました。女子で270Y級のドライバーを打ち、セカンドで持つ番手も違いますし、高い球で止めて……競技が違うのではないかと思うくらい。それに国籍は問わず、グローバルになっている雰囲気もいいです。

2人には以前からインタビューなどで話を聞いていましたが、笹生選手はゴルフが大好きな純粋な自然体の女の子というイメージ。畑岡選手は本当にストイックで有言実行のプロフェッショナル。でも、世界一になりたいという強い想いはどちらも同じ。アメリカのツアーはすごくタフ。そして世界を回る孤独な闘いでもあります。心身の健康を大切にして、若い選手たちのためにもチャレンジ精神を貫いてほしいです。

渋野(日向子)選手の2019年の全英女子オープンの優勝からゴルフ界はすごく変わりました。それまでは、日本人は自分たちでメジャーの壁をどんどん高くしていたのかもしれません。このよい流れが、若い選手の「次は自分」という意識につながる。頂を目指していくと成長の度合いも違ってきます。チャンスがあれば早いうちに海外に出て、世界との差を知れば目標ややるべきことが見えてくるはず。そこから自分のモチベーションを上げて経験や技術を磨いていってもらいたいです。

久しぶりに観客が入った舞台で優勝争いを演じた2人。今後、幾度も見られるはずだ。東京五輪の舞台は霞ヶ関CC。「2人とも合うコースです。アンジュレーションの大きなグリーンですし、点で狙っていかないといけない。また、そこを外したときのショートゲームの上手さは2人に共通します。2人とも金メダル候補。楽しみです」(服部)

解説/服部道子

はっとりみちこ。1968年生まれ、愛知県出身。85年全米女子アマで日本人として初優勝。米テキサス大卒業後、91年プロテスト合格。日本ツアー18勝、98年賞金女王。2020東京オリンピックゴルフ日本代表女子コーチ


タケ小山も興奮!
「まるでジャンボvsトミー

僕らは全米オープンを見てきて、オリンピックCは上手い人が勝つイメージがある。そして事件が起きる。87年大会では中嶋(常幸)さんが巨木でロストボールして優勝戦線から後退しS・シンプソンが1打差で勝ったし、98年にL・ジャンセンが最終日に5打差を逆転して、ディボット跡に入ったP・スチュワートに勝ったり。難しいコースですが、技術がないと絶対に上位にいけないしフロックでは勝てません。フェアウェイが平らではなくグリーンも砲台。でも、決してアンフェアではないんです。

笹生さんの勝因はロングヒッターだから“刻むオプション“があったこと。アイアンやUTでティーショットを打てる。笹生さんはUTの技術も高い。ここぞのフェアウェイキープに出ます。それにバミューダ芝という世界最強の芝で育ったからアプローチも上手い。

面白いのは2人とも“師匠”に似ていること。笹生さんは球をつかまえてグチューッという感じで球筋重視のジャンボさんっぽいし、畑岡さんはオールラウンダーで美しいスウィングからボールが飛び出る感じで中嶋さんっぽい。笹生さんはクラブも自分でいじるそうでこれもジャンボさんっぽいけど、育った環境もあると思う。僕もアメリカ時代自分で調整していた。やってくれる人がいないから。すると自分で考える力もつきます。

キープレーは、プレーオフ3ホール目のセカンド。笹生さんはラフから打ったのがよかった。スピンが入りすぎないからピンに寄っていく。畑岡さんはフェアウェイからだったので、どんぴしゃの距離で打つからピンに突っ込みきれない。岡本綾子さんが解説で「PWでスリークオーターで押さえてスピンを殺して打つといい」と言っていましたが、あの状況でできるかというと……畑岡さん同様、SWで打ちたくなります。

それにしても日本女子の技術力、レベルがここまできたんだという感じ。2人とも早くからアメリカに来たのも大きい。賞金稼ぎのハスラーっぽく、速く泳ぐためではなく魚を捕るために泳いでいる感じがします。日本にいる器ではない。岡本綾子さんと一緒です。5年後は、畑岡さんがメジャータイトルを2、3持っているかもしれないし、もちろん笹生さんも2つくらい……そのくらいの2人。これからも楽しみです。


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週刊ゴルフダイジェスト2021年6月29日号より