Myゴルフダイジェスト

  • ホーム
  • 月刊GD
  • 「あのころ誰もが彼になりたかった」“とんぼ”のルーツ、セベ・バレステロスの駆け抜けた人生【原作者インタビュー 後編】

「あのころ誰もが彼になりたかった」“とんぼ”のルーツ、セベ・バレステロスの駆け抜けた人生【原作者インタビュー 後編】

テレビアニメ化して話題となっている漫画「オーイ! とんぼ」。主人公のとんぼは、3番アイアン1本でゴルフを覚え、常識にとらわれない自由な発想のゴルフが魅力だが、実はそんなとんぼのモデルになっているプレーヤーが実在した。引き続き、原作者・かわさき健に話を聞いた。

>>前編はこちら

セベはエピソードも“持ってる”。とくに、3番アイアン1本でゴルフを覚えたというエピソードは語り草。7歳のとき、3番アイアンのヘッドを手に入れて、ホーゼルに棒を挿して固定して、それで球を打って遊んでいた。

家は酪農家で、3番アイアンを手に入れたセベ少年は農地を何日もかけて整地し、穴を作って日がなゴルフをして遊んでいたそう。それがちょうど3ホールぐらいだったんじゃないかな。とんぼの島のコースを3ホールにしたのも、意識していなかったけどそれが頭にあったのかも。

セベは腰痛持ちで、ボクも腰痛がひどかったから、勝手に共感していた部分もある。2011年に54歳という若さで亡くなって、ボクも今年57歳。セベはずっと、かなり年上の人というイメージがあったけど、3年前に54歳になったとき「オレ、セベに届いたんだな」と。当時はそういうふうには思えなかったんですけどね。

セベと対照的なのが、同い年のニック・ファルド。デビッド・レッドベターに師事してメカニカルなスウィングを身につけ、一世を風靡したんだけど(89・90年とマスターズを連覇)、そのころセベも、そういう方向に傾倒していったんです。折しもドライバーがパーシモンからメタルへと変わっていく時代。セベが来日した中日クラウンズ(91年)では、メタルのドライバーで優勝しましたが、そのときは往年の躍動感がなく、だいぶ“そろり”と打っているな、という印象でした。

島を出て初めてドライバーを打ったとんぼ。大きなヘッドに適応できなかった(第64話)。「このエピソードはセベを意識したわけじゃなかったけど、つながっているのかも」(かわさき)

ボクも5回プロテストを受けたけど、3回目まではパーシモン、4回目でメタルに替えて、5回目にはまたパーシモンに戻したぐらい。セベも、クラブの変化に上手く対応し切れなかったプレーヤー。当時、そういう選手は多かったけど「セベ、お前もか……」って思いました。お前が言うな!って突っ込まれそうですが(笑)。

それまでのセベは、「ひまわりフィニッシュ」と呼ばれたように、大きく胸を張るフィニッシュが特徴的だったんですが、ファルドを真似てなのか、機械的なスウィングをするように。逆C字からI字型のフィニッシュになって、「セベ、そうじゃないよ」って思いながら見ていました。

右の肩甲骨が見えるほどの深いトップから、全身を大きく使った躍動感のあるスウィング。写真は1981年中日クラウンズ出場時のもの

クタさんのシーンで、イガイガに「あの頃、だれもが彼になりたかった」というセリフを言わせたけど、いま50代で、ジュニアの頃からゴルフをやっていた人は、みんなセベが大好きだったんじゃないかな。

そして、もし自分がトム・ワトソンくらい上手かったとしても、セベにはなれなかったと思う。それぐらい、セベは特別だった。

今は自宅の庭にあるマグノリアの木の下に眠っている。まさに人生を駆け抜けていた。漫画でいえば、キャラクターがめちゃくちゃ立っている。そんな人物でした。

かわさき健(1967-)

プロを目指し矢板CCで研修生として腕を磨くも志半ばに断念。漫画原作者として第2の人生を歩む。風貌はどこかセベを彷彿とさせる?

セベ・バレステロス(1957-2011)

スペイン出身。マスターズ2勝、全英オープン3勝。日本でも日本オープン2勝など活躍。脳腫瘍を患い2011年に54歳の若さで世を去った

月刊ゴルフダイジェスト2024年5月号 別冊付録「オーイ! とんぼDIRECTOR’S BOOK」より

今だけ! “55話”無料公開中