Myゴルフダイジェスト

  • ホーム
  • 週刊GD
  • 【ゴルフ野性塾】Vol.1722「62歳の道は真っ直ぐの道」

【ゴルフ野性塾】Vol.1722「62歳の道は真っ直ぐの道」

古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。

今日2月17日、木曜日。

降り行く飛行機の姿がはっきりと見える晴れたる冬の一日。
海から降りて来る。
東を眺める窓の外、左から右へと降りて来る。一昨日は右から
左へと降りていた。
また降りて来た。
音は聞えない。
飛び立つ姿は見えない。
ビルが隠す。
我が身近、平和です。
籠り続けています。
現在時午前9時59分。

腰痛が軽減されるなら回転態で打て。

これまで左の壁を意識して、インパクトで腰の回転を止めて手を返して打っていましたが、インパクトで腰を開いて(45度かそれ以上)打つほうが体の負担が少ないと言われ、その打ち方に取り組んでいます。これは、塾長がよく言う捻転態から回転態への変化でしょうか。練習場で2時間みっちり打ち込んだ次の日、腰の鈍痛が減った感じはします。まだまだどこに飛ぶかわからない状態ですが、今後はこの打ち方に変えていくべきでしょうか。(福岡県・匿名希望・62歳・ゴルフ歴35年・HC12)


人それぞれに目指す方向はあるし、理想も願いもあると思うが、理想通り、願い通りに行かないのが人のやる事の常であろう。
ならば、どこで折り合いをつけるか、価値観をどこに定めるかと思うが、楽しめりゃいいとの価値観、結果が総てとゆう価値観、負けず嫌いが生む妥協点、違い等ありて、折り合いの難しさも人それぞれになって行く筈。
妥協を嫌う人は多いが、私は妥協は好きだ。
妥協あればこその生き様はあるし、私は妥協嫌っての生き様に息苦しさと気持ちの硬化を覚えて来た者である。
そりゃ理想は持つ。
だが理想に束縛される日々の過し様は苦手だった。
私の理論書を読まれた方は気付かれていると思うが、私は左の壁への意識は持ってもいない。
人の体に静止はないと思う。
体は動かずとも呼吸は為されている。体のどこかは動いているのです。

インパクトはアドレス時の再現と教える理論はあった。
オーストラリアのピーター・トムソンとグラハム・マーシュは再現力強く持つスウィングで世界のトップレベルで戦い続けていた。グレッグ・ノーマンも再現力強く持つプロだった。
私はオーストラリア・ニュージーランドツアーに10週連続参戦したが、アドレスの再現がインパクトと思う者は多かった。
その10週間で親しくなった者が2人いた。
ロジャー・デービスとイアン・ベーカーフィンチの2人のオーストラリア人プロである。
2人はオーストラリア伝統のスウィングはしていなかった。
左サイドの壁への意識は薄かった。
問うた。
オーストラリアが伝統のスウィングを生んだ理由をだ。
2人の答えは同じだった。
コースが狭い、風が強い、地面が硬い。だからボールの曲りを抑える大振りしない打ち方になって行く、とゆう分析をしてくれた。
地面の土は赤土が多かった。確かに林間コース、丘陵コースも狭かった。そして地面は硬かった。
2人共、オーストラリアからアジアへ転じ、ヨーロッパ、アメリカと転じ、成功した。
フィンチはメジャーに勝った。

デービスに問うた。
何故、君はオーストラリアの伝統スウィングではないのか、と。
そんな事、考えていないと言った。曲げずに飛ばして、ピン近くに寄せて入れりゃOKだろうが、と言った。

「サカタ、お前は考え過ぎだ。一番大切なのはスウィングリズムであり、日々を過すリズムであり、スコアと折り合いをつける思考と感覚あればいいだけだろう。リズムだよ、リズム。考え過ぎはいいリズムを生まないと思うぜ。もっと単純にゴルフしたらどうなのだ」

2人が私に近付いて来た理由は分っていた。ニューサウスウェールズオープンの練習ラウンド時、バンカーショットを教えてくれと言って来た。
教えた。
アドレスからフィニッシュ迄の総てをだ。
バンカーショット、左サイドの壁を意識すれば距離合せは難しくなる。
鹿沼の私の初期の研修生時代、闇の中のその日最後の練習はバンカーショットだった。
バンカーからであれば闇でも球は見えるし、とんでもないホームランをしない限り、球の回収は簡単だった。
ドライバー打ってたんじゃ球打つ時間よりも球捜し時間の方が長くなったが故である。バンカーショットは好きだった。

そして、2人と仲良くなった。ツアー生活、2人は成功し、私は失敗した。
その理由は幾つかあるが、一番大きな理由は気持ちと思考にあったと思う。人それぞれの気持ちと思考が人それぞれの位置とその後を決めたと今は考える。
私の14本のクラブの中で一番球数多く打った練習はバンカーショットだった。
その次が7アイアンで3番目がどのクラブだったのかは覚えていない。
今もスタート前の練習グリーンで球転がすは3球。
パットは好きじゃなかった。
アルミのインゴットを削って作ったパターもあり、購入したパターは100本近くあったと思うが、道具に頼っちゃ駄目ですネ。
今、生涯、1本のパターで過すを理想とするが、まあ、理想は理想で終りそうじゃある。私がパット練習好きな人間であれば、その後変っていたは確実と思う。
だが好きにはなれなかった。
私はレッスンビデオ「ゴルフ進化論」に於ても、平成5年8月から現在も続くテレビ熊本の「坂田信弘のゴルフ理論」に於ても、今は廃刊となった週刊誌連載「スウィング進化論」と本稿に於ても、パッティング理論を語った事は少ない筈だ。一年に一度なかったと思う。
ジュニア塾生にも大手前大学ゴルフ部員にも「パットは上手い人間から盗むか教わりゃいい。私から教えるものは一つもない」と教えた。
まあ、そのせいか、塾生も大手前の部員もパットは周りが感心する位に下手じゃある。

私はスウィングの壁を意識して球を打って来た者じゃない。
インパクト直前、左の膝を締めろとか、左手の甲を球にぶつける動きを意識せよとか、インパクトで左肩を開くなの考えを持たぬ人間だった。
ただ、その考え持たぬが失敗の理由とは考えない。
そこは人それぞれの領域であろう。
私のゴルフ理論には証拠がある。
ゴルフ理論を最初に書いたのは昭和58年の11月、スポニチ新聞紙上の短期連載からであり、昭和59年5月、本誌に5月開催だったペプシ宇部の自戦記執筆、そして翌60年のマスターズ観戦記、2週後に始まった野性塾の連載、そして週刊朝日連載開始と続くが、パッティング理論を詳しく書いていない記憶を持つ。
書けなかった。
どう打っていいのか分らぬ人間に書けと求めるは無理だ。
私は14本中13本のクラブへの理論を述べ、語って来た者である。
私が回転態理論を述べたのは23年前と記憶する。
23年前、回転態なんて言葉はどこにもなかった。
今、どうなっているのかは知らない。
私はレッスン書は読まない。問う事もない。人それぞれと想いて過して来た。
腰痛が軽減されるのであれば回転態で打てばいい。
貴兄は62歳。
挑戦し、己を変える時間は充分にある年齢だ。
真っ直ぐに行け。
行けなくなったら曲ればいい。立ち停まってもいい。
ただ、戻るな。
ゴルフの道は真っ直ぐの道と私は子供達に教えて来た。
貴兄も真っ直ぐに行け。
自愛あれ。

坂田信弘

昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格

週刊ゴルフダイジェスト2022年3月8日号より