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【東京五輪】「やるならば成功させたい」延期から1年。霞ヶ関CCの知られざる苦闘

PHOTO/Masuo Yasuda、本誌写真室

東京オリンピックまであと2カ月。コロナ禍、開催への論議はあるが、準備は粛々と行われている。「やるならば、しっかり役割をまっとうしたい」――ゴルフ競技の舞台、霞ヶ関カンツリー倶楽部に、現状を聞いた。

大舞台の準備は粛々と

東京オリンピック2020の延期が決まったのは忘れもしない昨年の3月24日だった。霞ヶ関CCのキャプテン・大野了一氏は語る。

「あっという間に1年経ちました。延期は我々がどうこうできるものではない。しかし、1年延期の事態をまったく考えていなかったので、当初はどうしていくか、頭の痛い問題が多々ありました」

倶楽部は、1度目の緊急事態宣言が出る直前の昨年3月末から2カ月ほどクローズした。広報委員長の越正夫氏は語る。

「延期決定からわりとすぐに、組織委員会から1年後にまたコースを借りたいというお話をいただいたんです。大きな大会開催には当然負担がありますので、1年間また同じ負担をするのかと。かなりハードルが高い話を、どのようにメンバーに情報開示して皆の意見をくみ上げるかということに注力しました。クローズ期間は人を集めて説明することができませんでしたし、コミュニケーション上で難しい面があった。幸い、大多数の会員が延期やむなし、もう1年頑張ろうということでサポートしてくれましたので、延期を引き受けるに至ったのです」

この1年は、世間と同じく新型コロナウイルスとの戦いでもあった。総支配人の今泉博氏は語る。

「従業員、キャディさんをはじめ、メンバーも含めて来場者たちの感染対策に一番気を使ってきました。来場した際の検温、手指の消毒、マスクの着用、ソーシャルディスタンスの確保……倶楽部から感染者が出たら大変なことです」

「営業再開当初はセルフでプレーしていましたが、メンバーに高齢者も多く体に負担がかかる……キャディとプレーヤーはできるだけ近づかないよう、用具も共有せず触らずを徹底しました」(大野)

コロナと戦いながらコースも守らねばならない。管理スタッフを守ることがそこにもつながる。

「ゴルフ場というのは、何があっても毎日メンテナンスをしなければいけない。コース課を2班に分けて隔日で仕事をしてもらい、交わらないようにしてリスクを避けるようにしました。通常の管理棟以外に、組織委員会の仮宿舎を借りて居場所も分けた。また、コロナ対策としての機材の消毒などの作業が増加しました。思い通りのスケジュールがこなせなくなりコース課は本当に大変でした」(大野)

美しいクラブハウスから望むコースでは工事が着々と進む。「思った以上に大がかりで、18番グリーン奥に3階建てのマンションのような会見などを行うブースもできています。大型クレーン車なども入っており、コース内各所に放送関係のケーブルを這わせる工事を行う。ゴルフ場は送水管がいろいろな場所に埋まっていて、支障をきたさないかすごく心配です。7月にはうちのスタッフ40人以外にメンテナンスの応援が様々なコースから来る(計130~140人)。集中豪雨などでサスペンデッドになったとき、一斉整備するためこの人数が必要だということです」(大野)〈左から今泉総支配人、大野キャプテン、越広報委員長〉(写真提供/霞ヶ関カンツリー倶楽部)

「1年延期」の影響は計り知れない

キーパーの東海林護氏は語る。

「延期はまったく想定外、すべてのスケジュールが変更になり混乱しました。万が一、感染者や濃厚接触者が増えることにより、コースメンテナンス作業を停滞させないように、対策に苦労してきました」

五輪中心に動かざるを得ないぶん、どうしても苦労は増える。

「1年先に合わせて準備するのは大変なんです。メンテナンスの計画はIGF(国際ゴルフ連盟)からの指示ですが、当倶楽部の計画にプラスしたり修正したりしてつくります。IGFも昨年頭までは頻繁に来場していましたが、コロナ禍で海外へ行けなくなった。PGAの方が多いのでそうなります。そこで電話会議をするのですが、何番ホールのどこがどうだと写真を送っても現場の状況を伝えるのはやはり難しい。その辺のやり取りにコース管理は苦労していました」(大野)

「来場制限など様々な制約がありましたから、メンバーからのクレームや不満は時々ありました。しかし相対的にはオリンピックのためなら我慢しようと協力的にやっていただいて。やはり1年延びると、モチベーションが下がります。でももう一度気持ちを切り替えてやるようにしてきました」(今泉)

こうして粛々と準備は続いている。現状はどうなっているのか。

「工事業者がたくさん入ってきて、2020年の計画通り作業している感じです。250Yあるドライビングレンジは、昨年の段階で半分程度アスファルトを敷いて使用できないようにしていましたが、そこにいろいろな施設を建てています。報道関係の施設が多いですね。仮に無観客で行うとしても必要ですから」(大野)

組織委員会の外注先が、組み立て式で建物をつくる。この資材は全部海外から来ているという。

「『資材がスエズ運河を通れないので遅れて大変だ』なんて話になったこともあるんです。IOCの関係で、オリンピック専門に仕事をするイギリスの会社があるようです。そこが下請けを手配する。中国など海外からの工事業者もけっこう入っています。入国するのに2週間の隔離や検査をして。日本の業者より安心だと説明を受けましたけれど……」(大野)

「メンバーもすごいと驚いていますよ。日本オープンや女子オープンも開催させていただきましたが比較になりません。建物の規模から、メディアセンターもキャパシティが全然違います」(越)

開催自体が不透明ななか、何があってもよいように準備は整える。それが“舞台”としての役目であり、誇りでもある。

「世間がコロナでこのような状態になっており、オリンピックに対する雰囲気は残念だとは思いますが、引き受けている以上は素晴らしい大会になって、立派な会場だったと言われるように、最後まで最善の努力はしていかなければいけないと思っています」(今泉)

「霞ヶ関の場内を見ていると、いろいろな準備が進み、本当にできるように見えてしまいますが、一歩離れて世の中を見ますと、正直どうなるかわかりません。開催の可否そのものもですし、観客の有無もです。いろいろな想定をし、どうなっても受け入れられるよう覚悟しようと思っています。何があっても驚かずに。そのような状況できつい作業を続けるコース管理の現場はとくに大変です」(越)

東海林キーパーに改めてコースメンテナンスに大事なことを聞くと、「働きやすい環境をつくる。プレーヤーが望むコンディションをつくる。持続可能なメンテナンス方法を構築する」と答えてくれた。

美しいコースを世界中の人に見てもらいたい

五輪が開催されたとして、世界の人に見てほしいところは?

「9番は非常に長いパー4ですからセカンドをどれくらいで打つのかが大事、10番は霞ヶ関の名物ホールで外せません。17番は少し短いパー4ですが、プロなら1オンを狙うかどうか見たい。そして池越えの最終ホールです」(今泉)

「改造で大きく変わった18番は池を大きくしましたので、リスク&リワードで、上りのホールとしては面白いチャレンジングなホールになったと思います」(越)

東コースは長くて難しい(7466Y・パー71)が景観が美しい。「開催されるならばコース全体を世界の方に見ていただく機会になり本当に有難いです」(越)。写真は名物の10番パー3

「17年4月のオープン後すぐに松山(英樹)選手が来て、まだ東北福祉大の学生だった比嘉(一貴)選手と金谷(拓実)選手、現キャディの早藤(将太)選手と一緒に東コースをプレーした。感想を聞くと、『PGAのトーナメントコースと変わらない。フェアウェイが狭いですね』と。グリーンのコンパクションが大きくボールが止まらない。フェアウェイも我々から見ると広く見えますが、長さが40~50Yのフェアウェイバンカーが300Y前後地点にあり、松山選手の飛距離だとちょうど入る。B・デシャンボーが来たらあのバンカーも越えていくんでしょうね。でも松山選手も当時より飛距離アップしていますよね」(大野)

松山英樹、畑岡奈紗…
「まるで我が子のような存在」

当然、日本選手への想いもある。

「松山選手には金メダルをとってもらいたいです。ただ、個人的には今平(周吾)選手に出てほしいですね。地元でよく知ってるものですから」(今泉)

「日本ジュニアをずっと開催していますから、皆そこで頑張っていた選手ばかり。畑岡(奈紗)選手は高1のときに勝みなみ選手に大逆転で負けた悔しさもあり頑張っていると思いますし、どの選手が出場しても我が子のように、皆大きくなって立派になったな、頑張れ、という気持ちです(笑)」(越)

「日本人選手にできれば金メダルをとってもらいたい。マスターズでの松山選手の優勝のようなインパクトは、ゴルフを始めようとする人や若いゴルファーにすごくプラスになる。そういうよいニュースこそ、今の雰囲気を少しでも変えてくれるものだと思います」(大野)

08年の今平周吾と松山英樹。現在活躍する多くのプロがジュニア時代に戦った舞台。松山はじめ日本選手は、開催されるならば出場して金メダルを狙いたいと話す

リオ五輪開催時もジカ熱などでの辞退者が話題になったが、優勝したJ・ローズやパク・インビは歓喜した。東京五輪もすでに辞退の話がある一方、R・マキロイやJ・トーマス、J・ラームなど参加の意向を示した選手も

残り2カ月、これからもしっかりと舞台を整えていく。

「夏にずっと日本ジュニアを開催していますから問題点はだいたいわかる。そこからIGFが希望するグレードにどう上げていくか。気候は毎年変わりますし、夏の暑さだけでなく最近は集中豪雨もある。やはりグリーン管理が難しい。一番の悩みは男子と女子、大会が2つ続くこと。1つだけなら練習日を入れて1週間、最後は壊れてもいいくらいの覚悟でやることはできますが……どんなコンディションにするかIGFからの具体的な指示を待っています」(大野)

「五輪開催に向けたクローズ期間中、メンバーさんが10以上の他の倶楽部にお世話になるんです。受け入れていただいた各倶楽部にはたいへん感謝しています。キャディバッグを他の倶楽部に発送したりする業務もあるので、支障なくできるよう、小さな問題ではありますが考えております」(今泉)

「今後露出も増えます。霞ヶ関という名前を見ると、とくに海外中心にホームページを見に来られます。広報として、歴史やどんなコースかなどを正しく発信できるよう、改良していきたいですね」(越)

最後にあえて、オリンピックを開催する目的や意義を聞いた。

「これを機に、たとえばプレジデンツカップが日本で開催されたらいいなと。大きな国際試合が他国と同様にできると、日本のゴルフ界も盛り上がると思います」(大野)

「世界的なイベントを引き受けたからにはぜひ成功させて、終わった後にやはりやってよかったと皆さんに思っていただけるようになることを期待します」(今泉)

「19年秋にZOZO選手権のついでに海外メディアが視察にいらっしゃいました。そのとき感じたのは、欧米圏には日本のゴルフもコースもあまり知られていないということ。当倶楽部が設立90年経つことにも驚かれました。ゴルフ人口が世界2位の日本のゴルフやコースに、これだけのベースがあるということを世界に見てもらう機会になればいいですね」(越)


五輪ゴルフ、関係者はどう考えている?

「ゴルフの素晴らしさが伝わったらいい」
山中博史(JGA専務理事・オリンピックゴルフ競技対策本部副本部長)

「延期決定時は残念でしたが妥当な判断だと思いました。ただ、選手は1年間モチベーションを保つのが難しく申し訳ないと……我々としては宿泊や車両などの手配関係は少し大変でしたが事務的作業なので苦労には当たりません。比べてコースは芝など生き物が相手ですし、プライベート倶楽部なので負担も大きいはずです。現時点で準備不足なことは多い。JGAが決めることではないですが、観客の有無が一番大きな問題。入れるとなれば暑さや雷対策、スタンドや警備員の数、観客のトイレや医療体制など対策が必要になる。決断が本当にギリギリです。ボランティアはある程度確保できたままですが、外国からの役員減でレフェリーなどは予定した人数の半分になるかもしれません。現状では、世界のトップアスリートが集まり、大観客がいて、アスリート間の交流もあるという五輪の醍醐味は実現できないかもしれない。それでも日本選手が活躍しメダルをとることは大きなニュースになるはず。彼らは歴史に名を刻み、彼らを通してゴルフの素晴らしさを伝えられたらゴルフの振興につながります。僕たちの仕事は代表の環境を整えること。開催される前提で感染対策を完璧にすることも含めしっかり準備をしたいと思います」

「ここまできたらやらない選択肢はない」
戸張捷(JGA常務理事・ゼネラルプロデューサー)

「コース選定など3~4年準備してきて、1年延期となったときには目の前が真っ暗に。コストもキャリーオーバーしていきますし。しかしやるしかないと決めてスポンサーの協力などを取り付け今に至っています。今回痛感したのは全体を見まわし、政府や東京都、広告代理店などと調整してトータルにプロデュースする司令塔がいないこと。ロス五輪で辣腕を振るったピーター・ユベロスのような人物。彼は旅行代理店の経営者で、役人・官僚では無理です。でも、ここまできたら、やらない選択肢はない。無観客か限定観客での開催か。アスリートの一生懸命な姿をぜひ見てほしいですし。あと2カ月、死に物狂いで日本人の70%くらいにワクチンを打つ……これまでワクチン対策、政府は何をのんびりしていたのでしょう。今そこにある危機は、1年前からわかっていたのに……」

「選手が活躍できるよう最善を尽くす」
倉本昌弘(PGA会長・オリンピック強化委員会委員長)

延期決定時、この状況では開催はできないから当然だと思い、あとは(JGAから)言われたことを粛々とやっていくしかないと。今は日本選手が活躍してくれることを望むだけです。世界のトップが顔を見せるかわからないので、世界の超一流の技を見てほしいとも言いづらい。我々の仕事は選手のユニフォームやキャディバッグのデザインを決めるのが主。選手選考や強化には多く関われず、できることは少ないのですが、私の立場からは選手が活躍できるように最善を尽くすとしか言いようがありません。

週刊ゴルフダイジェスト2021年6月8日号より