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【ゴルフせんとや生まれけむ】九重龍二<前編>「初ラウンドでバーディを取ったらしいけど、記憶がない…」

ゴルフをこよなく愛する著名人に、ゴルフとの出合いや現在のゴルフライフについて語ってもらうリレー連載「ゴルフせんとや生まれけむ」。今回の語り手は、千代大海として活躍した元力士の九重龍二氏。

ゴルフを始めたのは、関脇で初優勝して大関昇進が決まった22歳のときです。千秋楽の翌々日、師匠(元横綱・千代の富士)に「部屋のコンペがあるから出ろ」と言われて茨城GCに行ったんです。クラブはないから借り物で間に合わせ、服はスポーツジャージーで行って、茨城GCの支配人に思い切り怒られて(笑)。結局、その日だけ特別に許してもらってやりました(笑)。

靴も30センチのサイズがなくて運動靴のままスタートし、途中で裸足になったり、足袋に履き替えたりしてラウンドしました。何しろ足が痛くて、その印象だけが強烈に残っています。で、初めてクラブを握って打ったら、いきなりシャンクして撮影に来ていたカメラマンの音声マイクにガシャーンと当たった。ボールが右に飛ぶことを知らなかったんです。知らないといえば、グリップの握り方もクラブの振り方も全部知らない。野球みたいに片足を上げて打とうとしたんですから。

スコア? いくつ叩いたか覚えてないです。同伴した物真似芸人のはたけんじさんに言わせると、その初ラウンドでバーディを取ったというんだけど、それも覚えていない。まあ、何とも思い通りにならない遊びだなと。それがいまはすっかりハマっているんだからわからないもんですね。

といっても現役のときはあまり好きじゃなかった。師匠が大のゴルフ好きだったので、場所後の部屋のコンペが年に6回と、プライベートを加えて年に14~15回はラウンドしていたけど、夏はチョンマゲの上に帽子をかぶれないから、何度も熱中症で病院に運ばれそうになったし、第一、カップに手が入らないんです。ピンを抜いてやっと2本の指が入るくらいで、カップからボールを取り出すのにひと苦労でした(笑)。

その後、シューズはヨネックスが足型をとって特注で作ってくれ、クラブは歌手の錦野旦さんがプレゼントしてくれてカッコはついたけど、ふだん練習するわけでもないし、いつもぶっつけ本番だから、スコアはだいたい110前後のゴルファーでしたね。

それでもゴルフは嫌いじゃなかった。理由は、第一に自然の中でうまい空気を吸ってラウンドするのが何よりのリフレッシュになった。普段は相撲一筋で、頭も体も全部のベクトルが相撲を向いていて、部屋も本場所もコンクリートに囲まれたビルとビルの往復だったのが、広々したゴルフ場に行くとそれだけで解放された気になる。また芸能人や歌手、スポーツ選手とラウンドすると、一日一緒にいるから、帰るときには旧知の間柄みたいに打ち解けられる。私ら相撲界は特殊な世界と思っている人が多いので、食事やお酒の席ではなかなか打ち解けないんですけど、ゴルフはそれがない。

もう1つ、ゴルフは人間関係の勉強になりました。正直いって、私は相撲ではあまり気を使わなかったんですけど、ゴルフに行けば、たいてい一番年下でしょう。だから球捜しも率先してやったし、言葉遣いも含めて一生懸命気を使いました。それが引退して親方になってから随分と役に立ちましたね。その話は次週(笑)。

>>後編につづく

九重龍二

ここのえ・りゅうじ。1976年生まれ。大分市出身。力士時代のしこ名は千代大海。回転の速い突っ張りと突き押し相撲で中学時代は九州中に名の轟くヤンチャだったこともあり、「角界の番長」「ツッパリ大関」と呼ばれ人気を集めた。幕内優勝3回。最高位は東大関。2010年1月に引退。年寄佐ノ山→九重を襲名

週刊ゴルフダイジェスト2023年5月9・16日合併号より