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【片麻痺ゴルファーの愉しみ】<後編>「心と体を動かさないと新しくなれない」

約190万人いると言われる脳卒中患者。命は助かっても麻痺が残り、その後の生活はガラリと変わる。6月に行われた日本で唯一の片麻痺ゴルファーの大会、「日本片マヒ障害オープン」に出場した2人のスーパーシニアに、「何でこうなった」と葛藤しながらも、ゴルフとともに凡事徹底、愉しみを探す日々を聞いた。

PHOTO/Yasuo Masuda THANKS/小淵沢CC

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  • 約190万人いると言われる脳卒中患者。命は助かっても麻痺が残り、その後の生活はガラリと変わる。6月に行われた日本で唯一の片麻痺ゴルファーの大会、「日本片マヒ障害オープン」に出場した2人のスーパーシニアに、「何でこうなった」と葛藤しながらも、ゴルフとともに凡事徹底、愉しみを探す日々を聞いた。 PHOTO/Yasuo Masuda THANKS/小淵沢CC >>……

「人間の本能を興味に転嫁し、
行動することが大事」(櫻田新児)


オヤジギャグを挟みながら、いつも周りを笑わせようとする櫻田新児さん。本大会ではチップインバーディを決め、右手を大きく上げて満面の笑みを見せた。しかし、櫻田さんの笑顔の奥には何があるのだろう。うがった見方をすると、「苦しさ」が隠れているのではないか。

「素直に答えると、いまだに(病気からは)立ち直ってはいけない。気持ちは立ち直っているかもしれない。そうじゃなかったらゴルフはできないしね。本当は心身ともに立ち直ることが理想なんだけど、ハートはいけても体が立ち直れないのが現実です」


自動車部品会社で広報誌の編集・制作を長く担当してきた櫻田さんは、経団連社内報コンクールで賞を受賞したこともある、企画力、実行力、編集力のある“サラリーマン”だった。

「尊敬すべきは永六輔、青島幸男、大橋巨泉や前田武彦、そして五木寛之先生の本は学生時代ずっと読んでいました」

櫻田さんの思考を形成するものがわかるだろう。

ゴルフと出合ったのは社会人になってすぐ。研修センターでの“PW遊び”から始まり、その後先輩にコースに誘われて本格的ゴルファーに。

「練習嫌いだったのでスコアは向上しなかったけど、社内や地域のコンペには楽しく参加しました」

そして櫻田さんが言う「地獄に落ちた日」がやってくる。

18年5月、63歳になる2日前のこと。夜、自宅でトイレに行くため布団から立ち上がろうとしたとき、左側の足から転んだ。症状が消えず救急車で病院へ。脳梗塞だった。そのまま入院となり、左半身が自由に動かなくなった。「どうしてこうなった」という疑問が巡る。しかし、同秋には「目の前の現実を受容し、明るい通りを歩きたいという気持ちになりました」。

実は櫻田さんは、17年から社会人大学院で「キャリアデザイン」を学んでいた。だから、退院してまず取り組んだのは修士論文だ。やるべきことが目の前にあれば、前を向けるのか。見事論文を完成させ修了。その後もスポーツ吹き矢、ブルースハープ、そしてゴルフと、さまざまなことに取り組んでいく。やりたいことに出合うと、自らのアンテナが立つのだろうか。

「まずは興味を持つこと。それが発火点となって進んでいく。クランボルツ先生(※)の言う『計画的偶発性理論』。でも行動がないと生まれないよね」と修士の知識がポンポンと出てくる。ゴルフにも使えそうな理論である。

ゴルフはリハビリの一環で再開した。「急性期の担当医が、退院するときに『片麻痺でもゴルフをしている方がいます』と言う。本当かなといろいろ調べていたら家から歩いて5分の場所にインドアゴルフができたんです。19年から週3回(1時間)通い始めてからは真面目に練習しています」。

体の左側は麻痺している。左手に握力がない。

「とにかくスウィングができればいいと思っていた。最初は全然当たらなくて、右手だけではダメだと。目的は左腕のリハビリですし、左の肩、ひじ、手首、指が動くようにするには左手でクラブを握ってスウィングしたほうがいい。握る動作のために外側から圧力をかける道具が必要だと探したら、今使っているサポーターを見つけた。それまで1年、トライアンドエラーで何とかここまで来ました」

以前は250Y飛ぶときもあったので、今150Yしか飛ばない自分が悔しいという。「片麻痺ゴルファーの課題は、やはりアイアンも含めて距離になります」



実際ミート率が高く曲がらない。芯でとらえる音がコースに響く。

ゴルフは確かにリハビリに役立つという。体を動かすこと、ゲーム性、アウトドアで同伴競技者やキャディとコミュニケーションを取ること……。

「ゴルフの魅力がそのままリハビリにつながるんです」

この頃DGA(※)を知り、22年から参加。ラウンドはDGAの月例会と試合だけだ。当初はスコアを伸ばす目的はなかったが、始めてみると欲は出てくる。

「人間、上手くなっていけば興味はどんどん湧くでしょう。これは中学の英語の女性の先生が教えてくれたんだけど」

同じ立場の皆さんに上達の秘訣を伝えてほしいと言うと、「そんな偉そうなことは言えないよ」と恐縮しながら、「やっぱり、好きこそものの上手なれ。ハートがまず向かないとダメ。好きだったけど諦めたと言う人は、本当に好きじゃないんだ。本当に好きな女性と別れたらもう1回会いに行くんだよ」とまた“櫻田節”が出た。

「本によると、(片麻痺患者の)2人に1人くらい引きこもっている人がいるんだよね。人間の根柢にある本能を大切にしたほうがいい。それを興味に転嫁していく。美味しいもの食べたいなあといった本能に従えば、その先にいろいろなものが見えてきます」

自身のお子さん、お孫さんには「変なじじい」と言われると笑うが、これはきっと、日々を前向きに生きるお爺ちゃんへのエールなのだろう。

もちろん、自分の人生を「苦しい」とも思ってきた。「つまんないというか、何でこうなったのかと、それは今も日々思いますよ」。

それでもすぐに、「こうならなければ、DGAに参加しなければ、こんなに人間的な知り合いの幅は広がらなかった。様々なところで心のコンパスが広がりました」

これからのゴルフの目標は、エージシュート。「大きな目標。近しい目標は、後期高齢者になる75歳まではゴルフを続けること。人生の目標は……何だろう、日々満足して生きましょうね、かな(笑)」。

改めて、ゴルフとは櫻田さんにとってどういう存在か聞いた。

「哲学的な質問だね。ゴルフは単にボールを耳かきみたいなクラブで打って、最小の回数で穴に入れるゲーム。人間にとって何が大切か。身も心も動かさないと、新陳代謝というか、新しいものに日々変わっていかないんじゃないかと。体を動かす手段はいろいろあるけど、ゴルフってゲーム性も高いから面白いし、コミュニケーションの楽しさもある。僕にとって心身を動かすことのできるものです」

最後は真面目な返答が来た。ゴルフ好きのクランボルツ先生が、ここにいる。

※ジョン・D・クランボルツ。教育心理学者。専門はキャリア論。スタンフォード大学名誉教授。1999年に、個人のキャリアの8割は偶然でできている。その偶然を計画的に設計し、自分のキャリアをよいものにしていこうという「計画的偶発性理論」を提案した
※DGA:日本障害者ゴルフ協会

チップインバーディ後。「4〜5時間、同じ時間、同じ空間、同じ目的を共有している。そこで上手くできた、できなかったなど、ジョークも入れながら回ると楽しいです」

「道具も打ち方も自分で探して作ったスウィング」

グローブの次に100円ショップの中敷きサポーター、その上のサポーターはAmazon、約3000円で購入。「すでに絶版。これが壊れたら試合に出られない。どなたか見つけたら教えてほしいです」

大学院はアカデミズムへの思いに駆られて、スポーツ吹き矢はゴルフ仲間に誘われて、ギターが弾けなくなったからハープも始めた。インドアのコーチは「息子くらいの年」の伊藤将平プロ




何か証し・痕跡を残したくて本を作りました

自身の本「『地獄』からの旅立ち」を出版。「苦しい思いもしたので、何かを残したいなと思いました」。病気・入院経験から福祉政策の課題まで、読み応えがある内容だ


「何かを諦める人は、それを本当に好きじゃないんです」

“諦めない”3人。今回初出場の小濱氏文さん(左片麻痺)と、仲良しの酒井元土さん(左片麻痺)と。「ゲンちゃんとは親子ほど年が離れていてもお互い言いたいことを言う。1つの部屋にも泊まります。面白いやつです」


優勝含め大会では上位に顔を出す。「試合は楽しいけれど優勝は時の運もある」。欧州でゴルフすることも夢だ。「セントアンドリュースはもちろん、スコットランド、イングランドでプレーしたい」

週刊ゴルフダイジェスト2026年8月4日号より