【企業ゴルフ選士】ブリヂストンスポーツ・小暮良輔さん「切磋琢磨して高め合う、そんな関係が楽しいです」

戦うだけのゴルファーではなく、会社に認められ、選ばれたゴルファーである“企業ゴルフ選士”をクローズアップ。今回は、ブリヂストンスポーツの小暮良輔さん。
ORGANIZER/Hironori Kogure PHOTO/Tsukasa Kobayashi THANKS/京浜GC

ブリヂストンスポーツ
トーナメント事業本部
トーナメント企画部
部長
小暮良輔さん
大学1年でゴルフを始め、大学卒業後にプロを目指す。その後ブリヂストンスポーツへ入社し、そこからはトーナメント業界一筋。現在の平均スコアは77前後だが、より高い次元で戦うべく、技を磨いている

ブリヂストンスポーツ
1935年よりゴルフボールの販売を開始し今年で90年。2014年より「BRIDGESTONE GOLF」をグローバル展開。「最高のパフォーマンスを、あなたと。」のブランドメッセージのもと、T・ウッズなど国内外のプロゴルファーの活躍や一般ゴルファーのゴルフライフをサポートしている
仕事もプライベートも
全部がゴルフ
ブリヂストンスポーツでトーナメント事業に携わる小暮良輔さんは、去年から同社ゴルフ部の一翼を担う期待の選手。高校を卒業するまで100%野球の生活だったが、競技ゴルファーである母に影響を受けて玉川大学体育会ゴルフ部へ入部したことで、小暮さんは「趣味も仕事も全部ゴルフ」という道へ進むことになる。
「長い間野球を続け、『もういいかな』と思っていた頃に母から勧められ、ゴルフ部に入りました。それまで1、2回クラブを触った程度で、初ラウンドは110くらいだったと思いますが、上達の度合いがスコアという目に見える形に表れるのが面白くて、一気にのめり込みました」
結果2年でレギュラーとなり、部に貢献。卒業を控え、進路を考える際もその熱量は衰えず、3年間という期限を設定して福岡の麻生飯塚GCの研修生になったという。
「まだ自分はいけるという勝手な自信があったのですが、実際は小さな頃から競技に出ている選手たちの技術や引き出しの多さを目の当たりにして、自分との違いを感じました。3年間の研修生生活を終えて帰京したときに縁あってブリヂストンスポーツへ入社しました」
ライバルたちと
“頂”を目指す喜び
夢に見た現場のど真ん中へ違う形で関わることに、思うところはなかったのだろうか。
「やれることはやったという自負があったので、意外と割り切っていました。むしろ、選手たちを間近に見て、やっぱり無理だったなと感じました。チャレンジツアーの現場にも行きましたが、『この人たちでもレギュラーツアーに行けないの!?』と、道の果てしなさを痛感したりもしましたね」
入社当初はゴルフをする暇もなかったというが、仕事が落ち着くにつれ、以前の気持ちが蘇ってきた。
「35歳くらいの頃から自然と『もう一度上手くなりたい』という気持ちが出てき始めました。企業対抗ゴルフ選手権の日経カップに出場できる40歳(プロテスト受験者の参加資格は40歳以上)が見えてきた37歳の頃にゴルフ部へ入ったのですが、これまで2回出場して感じたのは、やっぱり団体戦は面白いということです」
小暮さんは「馴れ合いではなく、ライバル同士で切磋琢磨して上を目指す、そんな形が楽しい」と言うが、そのためには自身を磨くことも必要。一昨年は忘れてしまった試合勘を取り戻すべく日刊アマ(個人戦)も出場したという。
「結局は1打足りず、全日本大会に進めませんでした。プロテストのときもそうでしたが、自分にはアプローチの技術や引き出しが足りていないのだと思います。ここを克服するため昨年ワンウェイGCのメンバーになったのですが、仕事が忙しくてあまり行けていないんですよね」と苦笑する。プロを目指した頃と形は違えど、1つの“頂”を見据えるその目に変わりはなさそうだ。
人と人をつなぐ縁を
自分も受け継ぎたい
小暮さんは昨年、研修生時代を過ごした麻生飯塚GCで開催された日本障害者オープンの企画や運営にも尽力したそうだが、これには大きな縁があったという。
「中高時代の野球部と大学時代のゴルフ部でも先輩だった“とある方”との縁がなければ今の私はありません。その方はプロを目指していた私に麻生飯塚GCを紹介してくださり、プロを諦めたときはブリヂストンスポーツを薦めてくれました。その方が麻生飯塚GCで障害者ゴルフの大会を協賛されると聞き、運営という形で協力させていただいたんです」
ゴルフが築いた縁を、今度は自分もつないでいきたい。小暮さんがゴルフにのめりこむ理由は、競技の楽しさだけでなく、そんなところにもあるのだろう
小暮良輔さんの14本セッティング


週刊ゴルフダイジェスト2025年3月25日号より