Myゴルフダイジェスト

  • ホーム
  • 週刊GD
  • 【ゴルフ野性塾】Vol.1706 「入る時は入る。入らん時は入らん」

【ゴルフ野性塾】Vol.1706 「入る時は入る。入らん時は入らん」

古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。

今日10月21日、木曜日。

現在時午後2時53分。
福岡の東の空が暗い。
雲々、切れ目もなく重なり合っており、横に連なる。
降りそうで降らない空だ。
ビル建設の為のクレーンが3台立っている。
1週間前の台数、確かな記憶はなしだ。ただ、3台立ってはいなかったと思う。となれば1台か2台か。
窓ガラス3枚の窓から見る東の空である。
「少し歩いたら。1日何歩歩いてるの? 歩く歩くと言いながら寝てるばかりじゃない。今時の74歳は元気ですよ。腰と首筋と背を伸ばして歩くんですよ。さあ、出て行った、出て行ったッ」
女房殿は元気である。
今日は7000歩超えた、今日は7000歩に届かなかったと左腕に付けた時計みたいなもん眺めて私に語り掛けて来る。
「注文しましょうか。1日何歩歩いたか分るわよ」
誰が発明したんだ、こんな迷惑な代物。
「要らん。大濠迄歩けばそれだけで往復2キロ。公園一周すりゃ4キロと分った距離だ。干渉せんでくれ。俺の健康は俺に任せりゃいいんだよ」
「任せられないから言ってるんです。雅樹に頼まれてますからネ、お父さんを歩かせろって」
雅樹は今月の15日、神戸に向い、18日、大手前大学ゴルフ部の男子部員2人、女子部員6名と共に千葉の船橋へ移動し、今、船橋CCで合宿中。
そして来週26日から29日迄の千葉CC梅郷コースでの全日本大学選手権、個人戦団体戦を終えて部員を神戸に連れ帰り、神戸から福岡へ戻って来ると言っていた。
毎年のスケジュールじゃある。
私は行かない。
福岡の15階で過す。
ただ、少し騒々しくなった。
緊急事態解けて女房殿が元気になった。
私は相も変らずの日々。
体調良好です。
書き上げた。ファックス送稿の後、風呂に入ります。
そして多分、眠るでしょう。こっそりと自分の部屋に入って。
それでは来週。

練習はせんでいい。パターと語れ。

はじめて行くコースではありましたが、先日、ショートパットがまったく入りませんでした。2メートル以下がひとつも決まらず1メートル未満のパットも5回外しました。そのため、寄せワンがひとつも取れませんでした。家のパターマットで練習したいと思いますが、ただ入れるだけではすぐ飽きてしまいます。どのような練習がいいでしょうか。(愛知県・浅井一昌・65歳・ゴルフ歴38年・HC16)


忘れよとのアドバイス受けても忘れる事出来ずにその記憶は強まり、忘れるなと言われれば記憶薄まり行くが人の性さがではあるまいか。
右を向けと言われれば左に興味を持ち、左を向けと言われれば右を向きたがるのが若さであろう。
それでも60歳過ぎれば左への興味、右への興味、薄まり行くと思う。
面倒臭くなり、抵抗する気持ち、稀薄化するのが初期の老いと言う人がいた。
今、その気持ちは理解出来る。
60歳になれば60歳の気持ちが分り、70歳になれば70歳の気持ちを己の気持ちと納得出来る様にはなる。
50歳の人に70歳の気持ちを理解せよと言っても出来ぬ話じゃある。
入社したばかりの若き人に40歳の男の持つ会社への忠誠心を持てと願っても無理な要求だと思う。
その無理を理解しないと嘆きが生じる。
不満も生じる。

私がペンを持ったのは昭和58年の11月。
ジュニア塾を開いたのは平成5年の8月。
その後、札幌、福岡、東海、神戸、船橋を開塾し、今、残る塾は神戸塾1つなれど、塾生10人、入塾した時、私を塾長と知ってはいても私の過去を知る者は1人もいなかった。
保護者の中にあってもだ。テレビのドキュメント番組を記憶している者が8人いるだけだった。
私のゴルフ理論を知る者は3人だった。
時は過去を確実に過去とする。
間違っても過去が現在になり、明日へとなる事はない。
過去は過去、今は今、明日は明日との覚悟は要ると思う。
ただ、誤ちは過去と今と明日への行動自由手形を持つ。
そこが人間の愚かさの様な気はする。
私は誤ちを繰り返して来た男である。反省はしても同じ誤ちの繰り返しが多かった。
誤ちはしても同じ誤ちはしなければ進化であろう。
私に進化はなかった。
凡は凡のまま、生涯を終えるが身の丈の生き様と今は想う。その凡なる者のアドバイスである。

忘れなさい。
忘れよと言われれば尚の事、失敗と屈辱と悔いと悲しさ募るものだが、それでも忘れよと言う他に手段なしの様な気はする。
だから言う。
忘れなさい。
そんな失敗、年がら年中、繰り返されるものではない。
1年に1度とない失敗であろう。
だったら忘れるが幸せ。
ツアー参戦時、私は22試合に参戦して1ストローク足りずの予選落ちを7試合連続でやらかした。
全日空オープンから始まった予選落ちだった。
5試合連続で予選落ちした後、悔しさが消えた。
こんなもんかとゆう想いで次の試合地へと向う日が続いた。
忘れたい7試合連続の予選落ちだった。
忘れたと思った。
しかし、翌年、浜岡の静岡オープンに予選落ちした時、連続の予選落ちが甦った。

私は貴兄に無理を言っている。
その無理に応えるのが無理なのは承知の上で言っている。
でも忘れなきゃ駄目なのだ。
そんな事もあったな、の想いとなる迄、忘れて欲しい。
パターマットの練習なんかせんでいい。
入る時は入る、入らん時は入らないと見切りてコースに行くを勧める。
2メートルは難しくはないが簡単でもない距離だ。
1メートルない距離の5回外しもあり得る事じゃある。
悔いる暇があれば忘れる。
悔いは余裕の証しだと思う。
余裕なければ悔いる暇もなく、現実見つめるだけで時は過ぎ行くものだ。
貴兄は余裕を持つ。
その余裕を生かす為には忘却と否定が要る。
あの時、俺は俺でなかったと考えるか、俺らしい愉快な出来事と考えればいいと思う。
人は肯定と否定の使い分けが出来る生き物である。
肯定し、否定し、そして1日を過して行けばいい。たかがゴルフ、然れどゴルフも否定と肯定であろう。肯定しても善し、否定しても善し、それは人それぞれの領分であると思う。
1メートルを5回も外したパターを握り、この馬鹿者がッ、俺に恥と屈辱を与えやがって、と叱り付けてやればいい。
今度、同じ想いをさせやがったら買い替えてやる。その時、お前は中古ショップ行きだ。それだけは覚悟しておけ。俺は本当にやるからな。
そう、それで貴兄のパターは言う事を聞く様になりましょう。

私にはそれが出来なかった。
己の腕が悪いと自分を責めた。
強い者は己に寛大である。
そして他人には無関心だ。
世の常識と事実は違う。
惑わされてはいけない。
練習せずともいい。
パターと語れ。
然れば己と語れもしよう。
以上です。

坂田信弘

昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格

週刊ゴルフダイジェスト2021年11月2日号より