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【ゴルフ野性塾】Vol.1704「ワーストスコアはゴルフの勲章だ」

KEYWORD 坂田信弘

古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。

10月6日、昼の12時に

家を出た。
タクシーで博多駅に移動し、12時46分発の鹿児島中央駅行きの新幹線に乗った。
熊本で下車。タクシーで熊本空港CCに向った。
平成5年8月から現在迄続く「坂田信弘のゴルフ理論」収録の2泊3日の小さな旅。
一日の収録で5週分を撮る。
打ち合せなし、リハーサルなしのブッツケ本番で28年間、撮って来た。私は一夜漬け、ブッツケ本番に強いと思う。
ドキュメントに台本や脚本の類いはない筈だ。台本、脚本ありの収録には集中の山、連なると思うが、ブッツケ本番の集中は山一つだけである。そして、それが私の性に合った。
ドキュメントの収録は多い。
勿論、撮り直し、補足収録なんて無しだった。そして、28年間の5分間番組の収録である。
撮り直し、真っ平御免、と思いてカメラの前に立ち、語り、球を打って来た。
その緊張感が伝わったのか、視聴率は高き数字を維持し、笑顔なき語りは今も続いている。
年平均4.8%。3週前の視聴率は10.6%だった。
録画率は出ないが、高き数値であろうとの予測を聞いた。

ワーストスコアを覚えている男だった。 


「坂田さんの熊本での一番の功績はジュニア塾開塾じゃありません。TKUのゴルフ理論ですよ」
「テレビか。毎週土曜、夕方4時55分から5時迄の5分番組だぞ。どんな功績があると言うのだ」
「皆んな、一度や二度は坂田さんの番組を観ています。そして坂田さんは体・技・心の一致を語り、球を打っておられる。熊本のジュニアゴルファーのスウィングは昔も今も美しいと思います。修正出来ないスウィング癖を持つ子もいません。だからプロになった後、その寿命は長寿です。そこが坂田理論の功績だと思います」
初めて会う男だった。
熊本キャッスルホテルの1階フロント前で先方が挨拶して来た。
そして、彼は自論を述べた。

「暇か?」
「暇じゃありませんが30分の暇を作れと言われたら作れます」
1階のレストランに誘った。
私はホットのカフェオーレ、彼はアイスコーヒーを飲んだ。
20分過ぎた頃、40歳過ぎの5名の男が私達のテーブルの前に立った。
皆、スーツ姿だった。
「ミーティングか?」
「そうです。皆、ゴルフやりますが私よりも上手いんです。昔は腹が立ちましたが今は嬉しく思っています」
「お前さん、課長さんか部長さんか?」
「立ってる連中が部長です。私は部長の上です」
「取締役か?」
「その上です」
「常務か専務か。それにしては若いな」
「代表取締役社長です」
「お前が社長。それにしては貫禄ねえぞ」
「そうですか。あるとすればどの程度の貫禄です?」
「係長か、あっても課長だな」
奴は笑った。
5人の部長も笑った。
私も笑った。
聞いた。
地場建設業の社長だった。

「何歳だ? 一代で築いた会社か?」
「私が三代目です。馬鹿息子にならなかった事が私の誇りです。年齢は44歳です」
「俺んとこの長男と同じ年齢だな。そして俺とは30歳違いだ。そうか、社長か。今、大変だろうな」
「波乗りと一緒です。どこに眼線を合せるかが大事です。そしてその為には若い人間の意見が大切になって来ます」
「60歳以上は駄目か?」
「駄目ではありませんが、判断力よりも決断必要な時は若い意見が要ります。うちの社にも60歳以上の方はおられますが、その方達は優れた判断力はお持ちでも、決断となると今一歩の逡巡を感じます」
「適材適所か」
「そうです。塾長にお願いがあります」
「なんだ。浮気でもバレたか。それともバレる一歩手前か?」
「違います。バレる様な浮気はしません」
「じゃあ何だ?」
「月に一度、お会い出来ませんか?」
「会ってどうする?」
「塾長の前でコーヒー飲ませて戴くだけです。他には何も求めません」
「お前、やっぱり暇だな。月に一度と決められると負担になる。偶然の出会いがいいんじゃないのか。決め事は独り事と言うぞ。だったら決め事はせん方がいい」
「坂田理論の思想と一緒ですネ」
「お前さん、ベストスコアは幾つだ?」
「78です」
「ワーストスコアは?」
「136でした。21年前の3回目のラウンドで出したスコアです」
「お前は信用出来る男だ。誰でもベストスコアは覚えている。しかし、ワーストスコアを覚えている者は少ない。ワーストスコアは勲章だ。そう思えば初心と初心時の苦しみを忘れる事はないと思う。ワーストスコアを覚えている者を大切にする事だ。俺の友は皆、ワーストスコアを覚えていやがる。だから友だけどな」
「その話、余り理解出来ませんが」
「74歳になったら分る。過去の記憶は一つか二つか三つありゃいい。あとは全部、現在の記憶に回しゃいいと思う。お前はまだ生きてる時間が少な過ぎる。あと30年生きて俺の言った事を想い出せ」
「44歳からの30年って早いものですか?」
「早い。何をしていたのかを忘れてしまう程、早かった。そしてこれからも早いと思う。お前みたいな暇人も現れてくるしな」

30分過ぎた。
穏かな声だった。
「有難うございました。生涯残る記憶を戴きました」と言った。
奴は座ったまま頭を下げた。
そして出て行った。
暇な奴だった。
あれが三代目の貫禄か、と思った。
明日は5本収録。
そして福岡に戻る。
今日午後2時の熊本市内の気温は29度だが、風は爽やかだった。やっぱり秋だ。
現在時、10月7日、午前1時25分。
女房殿への電話はしなかった。
ただ、家を出る時の願いは聞いている。
熊本駅の土産物売場で黒亭ラーメンを買って来い、だ。
「旨いのか、黒亭ラーメンはッ?」
「私、大好き。熊本の食べ物の中でナンバーワン。その次もその次もない美味しさです」
熊本に行ったら女房殿の土産を買う。
それが習慣となって何年経つのだ。
10年か20年か、記憶なしだ。
コロナ前、他の県から熊本に入り、収録の後、福岡へ向わずに次なる地へ移動す仕事は多かった。今は福岡を出て福岡へ戻る収録の日を過す。

コーヒー代は5人の中の1人が払っていた。
誘ったのは私であり、私が払うコーヒー代だったが、私は座ったまま動かなかった。
前を見た。
窓の外、男と女が右から左へと歩き、そして去って行った。
2人共、微笑んでいた。
2人が幸せなのか、否かは分らない。それもまた、人それぞれであろう。
私は幸せだ。
私の日々、平凡に過ぎる。
イチョウの葉、少し黄色くなった。熊本の色付きは早いと思う。
74歳になり、75歳へと向う途中、体調良好です。
それでは来週。

坂田信弘

昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格

週刊ゴルフダイジェスト2021年10月26日号より