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【ゴルフ野性塾】Vol.1812「スウィング型は十人十色」

KEYWORD 坂田信弘

古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。

前回のお話はこちら

私が350球
打った後、

次の100球に向って休んでいる時に後ろから語り掛けて来た人だった。
打席後方の椅子に座っていた私は振り向いた。
「坂田プロ、一度の面識もない者ですが、無礼承知で先程からここに立っております」
練習場通路の中央に立っていた私より10歳は若い御仁と見た。
私は人様の相談を受ける時、一度は立つ。
その人が私より30歳40歳と若い人であってもだ。

「気付かなかった。気配あれば気付くが、気配なしか、気配消して立っておられたのかな? 気配なしで立ち続ける事は難しいと思うが、林業従事の方かな。林業に携わる方は気配少なき立ち様で山の中を歩き、樹木の前に立つと聞いた事、あるのでな」

「違います。盆栽への興味は持ちますが、樹木への興味はありません。ただ、今はゴルフだけです」

「そうか。ゴルフだけか。私の練習、どれ位の球数眺めておられた?」

「最初からです。5打席離れた位置で眺めておりました。そして一歩ずつ前に進み、最後の50球はここで見学させて貰いました」

「気付かなかった。練習場打席、私に気付く人は騒々しさ運んでくるものだ。気配消して寄って来る人は今年2月からここの練習場に通う様になって貴男が初めてだ。欲や願望を持たずとも気配を消すのは難しいと思う。
好奇心を消しても気配は生じる。私が指導したジュニア塾生、115名がプロテストに通ったが気配持たずに私の指導受けた者は一人もいなかった。皆、気配に満ちた表情と態度で私の前に立っていた。気配には引きの気配と押しの気配がある。そして上達する程に押しの気配強まって行った。
入塾した時は全員、引きの気配、受けの気配で立っていたが、早い者は3カ月、遅い者は6カ月で押しの気配を持つ様になった。そして1年過ぎても引きの気配持つ者はプロテストに通らなかった。私は気配を大切と思う人間だ。貴男の年齢とゴルフ歴を聞こう」

スウィングの風で型が決まる。


「年齢64歳。定年を間近に迎える者です。ゴルフ歴は11年になりました。もっと早くゴルフと出会っていればの悔いは持ちますが、今を大切にしたい気持ちで日々を過しております。ここへは週2日来てますが、打つ球数は150球。それ以上もそれ以下もない練習球数です」

「それで相談の内容は?」

「悩んでいます。分らぬ事ばかりです。ゴルフが好きです。コースラウンドも練習場での球叩きも嫌になった事はありません。ただ、悪いスコア出ると自己嫌悪が生じ、練習場でいい球打てないと腹が立ちます。これから先、私はどんな練習すれば良いのかのアドバイス戴けませんか?」

「コースラウンドでは自己嫌悪、練習場では己への怒りか。それは誰もが経験し、通る道だ。自分の努力と経験で解決を目指すか、誰かに教わって解決の手段に辿り着くかの二択しかないと思うが、今迄、誰かに教わった事はあるのかネ?」

「ありません。坂田プロがここの練習場に来られている事は知っておりました。ここに週1回通う人は皆、坂田プロの来られる時間、練習球数は知っております。勇気ある者は坂田プロに近付き、勇気なき者は近付く事が出来ませんでした。今日、初めてです。5打席離れた地で坂田プロの練習を見学させて貰い、気付けば坂田プロの前に立っております。緊張しています」

「恐怖の緊張か。普通、恐怖の緊張は強張った気配生むと思っていたが、貴兄の緊張は違ったのかな?」

「分りません。何も分らぬまま、坂田プロの前に立っているだけです」

「球3球打ってくれ。この打席でだ」

「ハイ‼」と叫んだ瞬間、身を翻して彼は練習場通路を走った。
私の練習場打席は4番だが、4番より遠い打席が彼の練習の場だった。

私の話、まともに聞いちゃあいなかったと思う。
この時、彼の緊張を知った。
3球打てと私は命じた。
どのクラブで打てとの指示はしなかった。
なのにゴルフバッグを担いで戻って来た。
14本全部入っているゴルフバッグだった。
6番アイアンで打て、と命じた。
私のスウィング指導は常に6番アイアン1本。
他のクラブで打つ指導はしない。

最初に素振りをして貰った。
力加減7割の素振り、力加減100%のフルスウィング素振り、そして7割の素振り。
3回の素振りでシャフトとクラブヘッドの起こす風を聞いた。
最初と最後の素振りの差は誰もが持つ。
そこが一致する者のゴルフはハンディ3以上。
ゴルフを始めたばかりの人程、1回目の素振りと3回目の素振りの風の差は大きい。
如何様の才能在りても差は生じた。
差が確実に縮まり行けば、その変化が進化の指針を生む。
ゴルフは風と共に在りのスポーツと思う。
2番目のフルスウィングの風は然したる指針とはならない。
アドレスからフィニッシュ迄、繋がる風か、アドレスからトップ、トップからフィニッシュと分れた風が起きるのかはスウィングの型と体の使い様、何が合っているのかを知る指針となるだけだ。
勿論スウィングの基本は同じである。
ただ、そこから人それぞれの基本は生じる。

私はジュニア塾生の指導、風を聞いてスウィングの型を決めた。
本人の体が他の型、求めているなと分ればその型を指導した。
坂田塾は皆、同じ振りをすると思われていたが、そうじゃない。
人それぞれが私の求めたスウィング型である。
同じ型ならば115名もプロテストには通らぬ。
シード選手19名も出す事は出来ぬ。

気配は人が持つ心の表情だと思う。
18人の気配が一つになった。
この日の話は長くなった。
でも終りが近付いていた。
気配がそれを教えた。

本稿12月21日に書いております。
けやき通りの15階の窓から眺める東の空、雪で街が消えて行く。
本稿執筆に入る前、飛行場の先の山、見えていたのにだ。
200メートル先のビルが見えなくなった。
謹賀新年。
2024年、楽しき事、嬉しき事、多く出会える一年である事、願っております。
1カ月に一度なれば幸せ。
二度あれば更なる幸せ。
以下、次週稿―――。

坂田信弘

昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格

週刊ゴルフダイジェスト2024年1月9・16日合併号より

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