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【ゴルフ野性塾】Vol.1809「手の甲の張りが変れば音が変る」

KEYWORD 坂田信弘

古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。

前回のお話はこちら

野性塾大濠公園
18人衆の上体が

少しだけ前のめりになったと感じた。
そして、姿勢は戻った。
18人に意識はなかったと思う。
人、姿勢を変える時、右は右への動きではなく、最初に左、それから右への動きに移るのかという気はした。
彼等の動きは私の動きを見た後の動きであった様な気はする。
私は背筋を伸ばした。
その私の動きに合せて18人は前のめりになった。
私が前へと動いた。
18人は体重を背中側に移し背筋を伸ばした。
阿吽の呼吸、阿吽の動きだったと思う。
運動の集団競技であれば、この同調の動きは生れる。
しかし、18人が一つのボールを追い、一つの勝利を目指して戦っている訳ではなかった。

語る側と聞く側の集いだった。
それでも 阿吽は生れた。
気持ち一つになれば吸う息、吐く息も一つになる様な気がした。
面白い、面白いぞと思った。

「私はレッスンでお金を貰った事は一度もない。逆にレッスンしてお金の出て行った経験は幾度もある。レッスンした後の練習場支払いと食事だ」

長男雅樹が言った。
私と女房と雅樹の3人で食事をしている時だった。

「道楽でもないし、ボランティアでもなさそうだし、単なる物好きなのかなァ、親父のゴルフ指導はッ。でも結果の出る、それも 即効力持つレッスンだから周りの反発はないし、不信もないし、感謝だけのレッスンだったよ。親父を凄いと思う時もあれば、周りの風が読めていないなァと思う時もあるけど、ゴルフ指導に関しては凄いと思う。親父を見てると、物好きは指導の一番目の才能かも知れないな」
「付き合う方は大変よ。お金は自分で稼いだお金使ってるだけだからいいけど、家族への時間、少し戴けないものかしら」
「贅沢言っちゃキリがないよ。僕が中学高校の時、塾生だけの指導に突っ走って我が子は放任主義だったもんな。そりゃ僕も不満は持ってたけど、今はそれが親父の生き方と思ってるんだ。これからも我慢してやって下さい、女房様」

女房殿、不満気な顔をした。そして声を出さずに笑った。
楽し気だった。

「満足してますよ。満足してなかったら49年間も一緒に居れる訳ないでしょ」

この時、思った。
だったら私の若い時の過ち、チクチク刺すのは止めてくれないか、と。
特にテレビを見ている時の場面、私にもこうゆう腹立たしい時あったんだ、の一言、部屋が一瞬にして凍り付く事、気付いてくれよ、と。

しかし、女房殿、47年前の私の浮気、今も持ち出して来る。
でもネ、男って一度やりゃ二度三度は当り前。
そして私は当り前の人間。
平凡な人間。

「済みませんな、奥さん」

18人衆の姿勢が緩んだ。
笑いが聞えた。

「浮気した者いるか?」

スッと手を上げた者15名。
5秒程の時過ぎて手を上げた者3名。

「全員やってたか。一度っ切りの者、手を上げろ」

1人もいなかった。

「一度と二度の間には大きな差がある。一度は一度だが、二度以上は10回20回と同じだ。そうか。お前さん方、随分と素直になったな。隠し事には膨らむものと縮むものあるが、浮気は縮むものだ。人の世、女性の価値観強まっているが、日本はまだ男の価値観本道の国だ。だが、いずれは逆転の時も来ようが、お前さん方には男の価値観、いつ迄も持ち続けて欲しい。浮気という隠し事、縮むが男の価値観だからな」

18人衆の姿勢が伸びた。

「バレなきゃいいんですか?」
「そうだ。バレたら隠し事にならない。バレん様にやれ」

76歳になると怖いもんなくなって来る。

体幹強き者は太き音を出してくる


「私は3パットを怖がった。予選落ちを怖がった。今想えば、何で怖がってたんだろうと思うが、ツアー参戦時は怖がっていた。馬鹿だったと思う。ツアー参戦時、今の私が体・技・心の中の心に紛れ込んでいたら、グリーン上、恐怖持たぬ プロで過せていたと思う。パット巧者は音に敏感で、結果に恐怖持つ者は鈍感だ。私は鈍感ではなかったが、音に無頓着だった。
 音を聞く様になったのは熊本にジュニア塾を開いた平成5年の8月からだ。開塾は今から30年前、私が46歳の時だった。1期生14名、それぞれの振りの音、異なるを知った。14名全員、同じクラブを与え、練習場のボール同じであったが、振りの音は違った。ゴルフ経験持つ者は1名。13名は未経験だった。グリップとアドレスだけ教えて球を打たせたが、空振りする者、グリーンマットを叩く者いた中で最初の一球からドロー球打った者一人いた。小学5年の大川優。スウィングの音が太かった。
 体幹の強き者は太い音を出す。体幹弱き者は細き音を出す。14人の中で抜きん出た体幹力持つ者は一人だった。どれ程の子供にゴルフを教えてきたのかは知らぬ。ただ、太き時音出したのは一人だけであり、他の者は皆、細き音だった。今年、シード権を取った安田祐香は小学4年で神戸塾に入って来たが、音は細かった。スウィングのどこに音が在るとゆう程の細さだった。上田桃子も笠りつ子も野澤真央も細かった。大川優の音はダウンスウィング途中に起きていた。他の者の音はトップスウィングの前後だった。古閑美保もそうだった。
 私がスウィングの起こす音に気持ちを向けたのは熊本塾1期生入塾選考会の後の最初の合同練習。音で飛び行く球の方向と球質、球種は分った。私に才能はない。戦う才能も指導力もだ。ただ、理論を見つけ、文字として残す才能、多くはないが人様並みの才能、持っていたとの自負を持つ。指導は熱さを必要とし、信じる力、信じられる行動と言葉を必要とする。私に過分なるものは何もなかったし、今も持ってはいない。
 お前さん方も知っていようが、所用ない時、福岡城南区の西新ゴルフセンターに行く。1時間半で400球の球を打つ。練習場打席に行く時、打席後方の通路を通るが、振りの音が聞える。トップ位置の手の甲の張り変れば、振りの音が変るのにと思う。フィニッシュの左肘の位置、高めれば変るのにと思う。アドレス時の前傾、強過ぎると思う。しかし、私は立ち止まらぬ。私の打席は4番。そこへ真っ直ぐ向かう。音で見える様になった。平成5年8月から今日令和5年11月迄の日々が与えし音である。
 一日400球打つ。球への集中変らなければ450球打つ。6秒から7秒で1球打つ。眼ではなく、耳で聞き耳で知る音との出会いだ」

18人衆の姿勢、前のめりになった。
強き風が吹いた。
寒くなったと思った。
散る木の葉、地上を迅った。
以下、次週稿―――。

坂田信弘

昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格

週刊ゴルフダイジェスト2023年12月19日号より

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