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【ゴルフ野性塾】Vol.1793「暑さに強き体質に生まれた事に感謝」

KEYWORD 坂田信弘

古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。

前回のお話はこちら

私の住む
福岡市中央区

赤坂5丁目のバス停で下りのバスを待っていた。
屋根もベンチもなく、けやきの街路樹だけが日射しを遮る唯一の手段となるバス停だった。
私の他、女性5名の方が待つ夕方6時過ぎ、二人の声。
「この時間なのに、まだ33度あるのよ。たまんないわ、この暑さ。うんざり通り過ぎて腹立って来る」
「腹立てるともっと暑くなるッ。婆チャンに教わったんだけど、こんな時はあと10分、あと10分と呟けばいいのよ。それで少しは気も楽になるし、暑さも凌げると思うわ」
「そんな甘いもんじゃない、今日の暑さは。きっと今年一番の暑さなんじゃないの?」
「そうネ。異常を通り過ぎてる暑さなのは確かだ。第一に湿気が強い。一体、夜の何時迄、30度以上が続くんだろう」
「誰も知りません。でも皆んな迷惑してます」

猛暑日も球を打たねば寝覚めが悪い。


と、この後、叫び声。
「キャーッ!!」
私は振り向いた。
25歳前と思われる女性二人、足をバタつかせていた。
「私の体に触ったッ!!」
長き髪をアップにした女性の足許、黒いものが小さく動いていた。
ミンミン蟬だった。
「蟬ですよ。暑さでけやきの樹から落ちて来たんでしょう。蝉も大変だ。普通、こんな事って起きないんだけどな。でも貴女の体に触ったお陰で即死せずに済んだ。日陰で湿り気のある地面に戻してやれば助かるかも知れないな」
「私、虫は苦手です。特にゴキブリと小蟬は全く駄目ッ。何とかして下さい、お爺チャン」
「ハイハイ。お爺チャンに任せて下さい」
ジュニア塾生か大手前大学ゴルフ部員であれば、即、30回の腕立て伏せと100回の腹筋だ、私をお爺チャンと言った瞬間。

でも、その25歳前とおぼしき女性、屋外スポーツの経験少なき体型の方だった。
細身、色白、そして化粧濃き女性だった。
昼2時の気温38度でこの濃ゆげなる化粧、周りの視線無視できずに生きて行くのも大変だ、と思った。
女房殿が私の思い聞けば即座にこう返して来ると思う。
「要らぬ心配、要らぬお節介です。女性の自意識に踏み込むのは貴男の悪い癖。人は人といつも原稿に書いてません? 男は男、女は女。そして男性も女性も同等の権利と異なる自意識持っていいんじゃないの? 守って下さいネ、自分で書いた所感」

コロナ前、2019年迄は国内外の旅の生活続き、講演会も2020年の1月迄続いた。
コロナで生活が一気に変った。
普段、福岡けやき通りの15階から出るのは大濠公園迄の生活となり、今年の2月から行動の範囲広めて練習場通い始めた。
そして、コロナ中も福岡市から出るのは月一度の熊本でのテレビ収録と大手前大学へ行く時だけである。
我が家の女房殿、コロナになって強気の発言、ポンポンと出る様になって来た。

長男雅樹が言った。
「親父、男は家にいない方がいいネ。それが我が身の幸せ、家庭の幸せだ。親父見てると、お母さんに気を使っているのが分るよ。親父の態度、忙しくして家に帰って来なかった時と全く違ってるもんな。そこ迄、気ィ使って疲れないの? 僕じゃ駄目だネ。やっぱり俺、結婚するのヤメた。俺の周り、結婚して幸せな人間一人もいないもんな」
「そりゃ浮気したり、約束のドタキャン、無断外泊したりするからだ。バレない浮気してりゃ波風は立たないだろう」
「じゃあ、親父は下手なんだ」
「下手なんだじゃない。下手だったんだ」
「それで家にいる様になってから、どんどんと身の窮屈生じてる訳か。やっぱり結婚はヤメた。俺、坂田信弘の息子で坂田家の血筋、強く引いてるの分ってるから一人の女性で生涯過すなんて無理だ。男は60歳になっても子供作る事は出来る。女性が45歳迄と若けりゃいいんだからネ。でも結婚はしない。孫は寛子の子、二人で我慢して貰おう」

真面目な顔で言った発言じゃなかった。笑いながら言った雅樹の一言だった。
あれが私の眼を見て真剣な表情で言ったのであれば親としての覚悟もするが、冗談7割と思って聞いていた。
私と女房殿の小さないさかい時、雅樹の結婚しないの発言出たが、いつも同じ笑顔だった。
飽きもせず、よくやるよ、お茶菓子にもならぬ小さな小競り合い、と思っての発言だったと思うが、雅樹の笑顔、真剣味強まれば本当に結婚しないに傾き、笑み強まれば結婚してもいいかに傾いた時と思う。
ただ、問題は相手がいるかだ。
いる様でいない気配の雅樹の身辺じゃある。

私は蟬を歩道に面したツツジの垣根の地面に移し、バス停近くの自動販売機で水を買い、ツツジの根元に水を注ぎ、その上に蝉を移した。
そして、手の平に水を垂らし、蝉の体を濡らした。
蝉は小さく動いていた。
けやきの樹に戻れよ、と願った。

「お爺さん、バスが来たよ!!」
「私の乗るバスは6番、西新行きだ」
「その6番が来たのよ。蝉の介抱止めて乗らないと、次に来るのは30分後だよ!! さあ、急いでッ」
普通サイズのペットボトルの水、半分が無くなっていた。
残りの水を周りのツツジの根に注ぎ、ペットボトル空にしてバスに乗った。
席一つ空いていた。
「お爺さん、ここに座ってッ」
女性二人、空いた席の前に立って私を待ってくれていた。
私は座った。
「そのペットボトル、私達が処分しとくわ。でも有難う。お爺さんの気持ちと行動、私達、考えさせられたわ」
お爺チャンがお爺さんになっていた。
私は二人を見上げた。
「人間も大変なれば蝉も大変なんだ。暑過ぎるな、今年の夏は。でもな、梅雨明けが一番暑さ強く感じるものだよ。暑さに慣れれば同じ気温でも今日程の暑さは感じないと思う。しかし無理しちゃ駄目だ。暑い日、寒い日、バスの定刻運転は嬉しいものだが、今日も定刻だったかな?」
一人が携帯を見た。
「定刻より5分遅れ。でもその5分が蝉の命を救ったし、お爺さんがバスに乗り遅れないで済んだんだからグッド遅れネ」
「そうだ。暑い時、寒い時はいつもいい方に考えれば人、幸せだ。アンタ方、独身か?」
「そうよ。独身よ。少し年は取ってるけど」
「25歳位かネ?」
二人は顔を見合わせ、ゲラゲラ笑った。
「お爺さん、冗談キツい。それともナンパ慣れした不良おじさんだったの? 25歳なんて何年も前の話ですッ」
「独身。年齢は45歳。会ってみる気はないか?」
二人は考えた。
そして、
「私達の理想は年上7歳迄。10歳はチョットきついな」
「そうか、有難う」
後ろの席は空いていたが二人は私の横で話し始めた。
私は冷房の心地良さに浸りながら眼を閉じた。

今、雅樹はアメリカにいる。
帰国は8月9日。
私が15階を出た時、女房殿は今日二度目の洗濯に入っていた。
平和です。
暑過ぎるだけの梅雨も明けた8月1日火曜日。
あと何時間過ぎれば気温30度切るのだろうか。
体調良好です。

坂田信弘

昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格

週刊ゴルフダイジェスト2023年8月22・29日合併号より