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【ゴルフ野性塾】Vol.1786「悲観するな、諦めるなと教えた」

古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。

前回のお話はこちら

福岡は
薄晴れの空。

横に広がる雲、浮いてはいるが、型、はっきりとしない薄晴れの空。
今日6月7日。現在時午前11時5分。
福岡の街、建設クレーンの数、増えて来た。赤坂けやき通りの15階の東と南向きの部屋から眺めるビル群の街、8台の赤と白のクレーンが見える。
15階に住んで23年、8台のクレーンを見るのは初めてである。
多い時でも5台と記憶する。
玄関を出て共有廊下に出れば西と北の街景色見えるが、今日の朝、クレーンの台数を数えた。
ビルに隠れしクレーンもあろうから確実な数じゃない。それでも15台あった。
一気の建築が始まった様だ。
それもクレーンを必要とする建築である。
人の世、いつ迄も穏やかではない。激しくもない。
やはり、人は人それぞれ、人の世は世の勢いそれぞれがあるのだろう。
雲、横と縦へ広がる。
梅雨の最中。
雨の予報なれど大濠公園への散策、傘なしで行けそうだ。
福岡に帰って来ました。
体調良好です。

回転強き球を打つにはスピードが要る。

ボールにスピンをかけて、ピピッとブレーキがかかったように止まるアプローチに憧れます。あのアプローチは、どうやって打っているのでしょうか。どんな練習をすれば、スピンアプローチを覚えられますか。練習場のダンゴボールでその練習はできますか。(東京都・中野凌平・36歳・ゴルフ歴6年・平均スコア94)


スピンボールは回転強きボールである。
回転強きボールを打つにはクラブヘッドのスピードが要る。
クラブヘッドのスピード出すにはトップ位置からフィニッシュ位置迄のクラブヘッドの直線軌道は必要。
練習場の打席、マットの上にクラブ1本横たえて貰いたい。
アドレス時の爪先ライン、要するに目標に向ってのクラブ置きである。
どの様なアドレス体勢であってもいい。
左足を引いたオープンスタンス、右足を引いたクローズスタンス、広いスタンス、狭いスタンス、爪先の開き様問わずのアドレスだ。
ただ、私は両の踵をくっ付け、両の爪先の開き30度のジャイロ構えが最善であると思う。
人様のやる事、好き嫌いはあろう。
理に拘るか、実利に徹するかで好き嫌いは生じる。
理と利もやはりコインの裏表。人それぞれであろう。
いつも理に拘る生き様すれば不器用と言われ、利に徹する生き様すれば計算高いとの批判受けるのが人の世の難しさと思うが、75歳過ぎて76歳へ向う途中の我が身、不器用なる生き様も計算高い生き様も経験したが、我が性分に合う生き様は不器用だった。

そして、人の世は面白い。
平成5年、熊本にジュニアゴルフ塾を開塾し、翌6年札幌、そして福岡、東海、神戸、船橋と開塾し、これ迄、その6塾で110名のプロテスト合格者を生んで来たが塾の成り立ちは理想を求めての行動だった。
練習場、ゴルフ場、道具、指導、ゴルフ場会員権、合宿経費、試合経費、そして交通費と宿泊費を無料とした。
勿論、入塾費等、一切なしである。
親の負担は練習場と練習コースへの送り迎えの労とガソリン代だけであった。
熊本、札幌、福岡の3塾の時は私も週に一度の指導が出来た。
何事も同じと思うが、組織小さい時は理想へ向うは簡単だ。
だが、4番目の塾、東海校を作った時、一期生入塾させた時点で4つの塾の中で一番大きな塾となり、理想を求めるには窮屈さ感じる大きさだった。
塾生の数も練習場、ゴルフ場もだ。
熊本、札幌、福岡は一つの市に一つの塾であり、東海は愛知、岐阜、三重の三県から塾生通う塾だった。

理は小さな器を好み、利は大きな器を好むと思う。
坂田塾で幸運だったのは私を補佐する塾事務局長が優れた者だったからである。
そして支援組織の長が太っ腹だった。
「何も彼も無料なんて理想。思い通りに進むとは思わないし、どこかで無理生じ、挫折の時も訪れましょうが、その時迄、付き合わせて貰います。ただ、一つの条件を出させて下さい。失敗した時の尻拭いは坂田プロにお願い致します。我々に出来る事ではありませんのでネ」
「誓約書、書こうか」
「要りません。私達が坂田プロの理想を信じ、坂田プロが私達を信じて戴けるのであれば、今、この場の約束で充分です。私達は坂田プロの眼を見て腹を決めました。今の坂田プロの眼が変らなければついて行きます」
熊本塾、札幌塾、開塾前の支援組織、支援企業トップの方々との懇親会時の会話である。
熊本はテレビ熊本社長の河津龍介さん、札幌は岩田建設社長の岩田圭剛のその一言で塾開塾が決った。
河津さんは熊本GC湯谷コースの理事長であり、岩田も個人でニュー真駒内ゴルフ練習場を持つゴルフ好きな人間だった。
二人の存在は大きかった。
私は独断で突き進んだ。
そして独断で塾を閉塾した。
閉塾理由は私の疲れである。

上田桃子の一言が私の疲れを気付かせた。
「最近の塾長、優し過ぎます。私達が塾生だった時の塾長は怖過ぎました。塾長の前で笑う事なんて出来ませんでした。でも今の塾生は自分を主張する者もいるし、塾長も笑って対応されていると聞きました。そんな事、私達の頃にはあり得ない事です。塾長が優しくては駄目です。私達は塾長の厳しさについて来た人間です。塾長が優しくなるのは淋しい事です。塾長の厳しさがあったから私達は練習時の球一球、疎かにせず打って来ました。今も打ってます。後輩塾生の為にも厳しい塾長でいて下さい」

桃子がアメリカツアーから日本ツアーに復帰する前年、名古屋で行った対談時の桃子の一言だった。
桃子はアメリカに行っても熊本塾の先輩後輩と連絡を取り合っていた。
熊本塾は桃子のゴルフの故郷だったと思う。
当時も今も。

頑張れと言うは簡単。
なれど私は塾出身者全員に今を頑張れと言って来た。
坂田塾の教えなれどサイコロの目は1から6迄だが、人の世の出来事、楽観と悲観を6つの目に入れたれば楽観5つに悲観1の目配分になると教えた。
肯定と否定であれば5分と5分だと。
頑張れ、悲観するな。
無理も押し通せば無理じゃなくなるとも教えた。
地球の中心迄、達する柱なんてありゃしない。
人様の作ったどんなに深き柱であっても1キロの深さ持つもの、ありゃしないと思う。
倒す気持てば、そして行動すれば倒せるものであろう。
悲観するな、諦めるなと教えた。
桃子も笠りつ子も戦いの最中の人間。頑張ってくれと願い、今のままでいいぞ、と思う。
そして神戸塾出身の安田祐香も頑張り処へ来た。
細身故に体力勝負の3年を過して来たが、夏場の体力、言葉を変えれば6月の体重維持出来ればシード取れると思う。
安田の体力は体重である。
以下、次週稿。

坂田信弘

昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格

週刊ゴルフダイジェスト2023年6月27日号より