【片麻痺ゴルファーの愉しみ】<前編>「ゴルフはレベルに合った楽しさがある」
週刊ゴルフダイジェスト
約190万人いると言われる脳卒中患者。命は助かっても麻痺が残り、その後の生活はガラリと変わる。6月に行われた日本で唯一の片麻痺ゴルファーの大会、「日本片マヒ障害オープン」に出場した2人のスーパーシニアに、「何でこうなった」と葛藤しながらも、ゴルフとともに凡事徹底、愉しみを探す日々を聞いた。
PHOTO/Yasuo Masuda THANKS/小淵沢CC

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- 約190万人いると言われる脳卒中患者。命は助かっても麻痺が残り、その後の生活はガラリと変わる。6月に行われた日本で唯一の片麻痺ゴルファーの大会、「日本片マヒ障害オープン」に出場した2人のスーパーシニアに、「何でこうなった」と葛藤しながらも、ゴルフとともに凡事徹底、愉しみを探す日々を聞いた。 PHOTO/Yasuo Masuda THANKS/小淵沢CC >>……
「ゴルフは目標にキリがない。だから飽きない」(三宅竜一郎)
「僕、優勝しちゃいましたよ〜」
ゆっくりとこちらに進んで来た三宅竜一郎さんは、満面の笑みで右手を振っている。昨年の本大会に初出場したとき、スコアは135で、「もっとできると思ったな」と肩を落としていたゴルファーとは別人のようだ。昨年の試合の帰り道、奥さまと待ち合わせして清州城を訪ねたという三宅さん。
「初めてDGA(※)の競技に参加して、周りのレベルの高さ、自身の未熟さを知りました。135で落ち込んでいましたが、同じ片麻痺の人がもっと頑張っている。織田信長を見て『戦わなきゃ!』と。別に好きではないのだけど、家康や秀吉よりはいい。“障害者ゴルフ道”出陣を織田信長に誓いました」
出陣宣言の1年後、スコアは101。打数をかなり縮めた。そして、ステーブルフォードの部で1位となったのだ。三宅さんがゴルフを始めたのは30歳の頃。勤めている食品会社の上司が、「評価はゴルフするかどうかで決める」と本気で言う。「その頃は、ゴルフに行く人を見て『日曜日や夏の暑い日によく行くなあ』と思っていたんですよ」
しかしそこからゴルフの魔力にハマってしまう。
「今もですけど、毎週土日の朝は“朝練”に通っている。練習はコースに行くのと同じくらい好きです。5時半から並んで打席を取って、まず無料のバンカー練習を30分して打席に行って、健常のときは球数100球くらい。苦手なバンカーも得意になっちゃった」
三宅さんが脳出血に罹患したのは4年前の11月。ちょうど自身のゴルフに脂が乗ってきた頃だ。
こぶしGC(岐阜)のメンバーとなり月例にも出始めた。90台も出るようになりHCは20に。「さあAクラスだ」と意気込み、競技会に行く途中のコンビニでの出来事だった。「車に乗ろうと思うのに左手足が動かず尻もちをついた。店員さんが来てくれて『呂律も回っていないですよ、飲んでいるの?』って。それで救急車を呼んでくれました。高速に乗っているときじゃなくてよかったけれど」。
意識はずっとあったがショックだった。病院で検査や治療前に、医者から「起きたときに話せなかったり記憶が飛んでいたりするかかもしれない。そういう病気だから」と言われた。目が覚めたとき、そうはならなかったが、左手足の動きはやっぱり戻らなかった。
「入院しているとき、PT(※)さんが『治ることもある』と言ってくれたけど『そんなことないだろう』と心の中で思いつつ、3カ月前からできる月例の予約をして、直前になってキャンセルしたり。リハビリはかなり頑張って、朝5時には起きて誰もいないリハビリ室に行ったり……お医者さんもいい人で『ゴルフはやったほうがいい』と。病室にパターマットを持ち込む許可もくれました」
ゴルフに早く復帰したいという気持ちが強かった。
「今でも常に自分の頭の中にはゴルフがある。けっして上手くないんだけどね。退院しすぐに練習を再開。最初は100球くらい打つだけだったけど、この体だと球数を打って、どうやって飛ぶかということを覚えていかなきゃならない。だから土日は打ち放題で、全番手で300〜400球くらい打つ。右腕の筋肉が痛くなったり、練習が終わるともうぐったりですよ。物珍しくていろいろな人が近寄ってくる。『片手で打つコツを教えて』と言われても、逆に教えてほしいですよね(笑)」
スウィングは工夫して変えた。
「今までは、ボールに向けて振っていくという感じでした。でもあるおじいさんが『遠心力で打たないといけない』と教えてくれた。アドレスを決めて、上げて下ろしてくればそこにボールがある感じ。変な力が入りません」
「体を回すと腕がついていき、トップから勝手に下りてきて当たるイメージです」。クラブにもこだわり、シャフトは“軽硬系”が好み。「アイアンは自分に合うBSの『233HF』を見つけました」
軸がブレないいいスウィングだ。しかも球がしっかり上がる。
「ドライバーはどんどん高くなる。もっとロフトを立てたほうがいいとも言われるけど、そうすると右に行きやすくなる。自分の持ち球だと思えば、これでいいかなと」
話を聞いているとき、「本当にゴルフが好きなんですよ」と何度も口にした三宅さん。
「無理やり始めたのにね。僕が青春時代に憧れていたのは忌野清志郎とアントニオ猪木。猪木に近づきたくて高校時代に柔道をやった。チームプレーよりも個人がいいのかな。良くも悪くも結果が自分に降りかかってくるから。ゴルフ、全然飽きないです。目標にキリがないですから。自分のレベルに合った楽しさがあるんだろうねえ。健常の頃の自分にできていたことができなくても、悲しく辛いことがあっても、やるのが嫌だなんて思わないもんね。今、この体でできることをやろうとしています」
信念を持ち、日々努力する“信長”の心持ちが見え隠れする。
「目標はいつか片麻痺の部で優勝したいですね。飛ばす人に、それだけがゴルフじゃないよって教えたい。そして、健常の頃の自分のハンディになること。この体でも追いつきたい。前は飛んだら250ヤードくらい行ったけど、それが目標ではない。上手さで勝負したいです。番手ごとの自分の飛距離がイメージしたところに落とせればいい。気持ちいいですしね」
この秋で60歳。家族は、前より応援してくれているように感じるという。「よくこの体で練習に行くねって。片麻痺になったことは仕方がない。すべてを受け止めて家族に感謝して楽しく生きていきたいです。人生の目標は……日々世話をかけている妻に楽しい人生だったと思ってもらえることかな」。
やさしい信長が、ここにいる。
※「DGA」は日本障害者ゴルフ協会、「PT」は理学療法士の略

昨年回った末廣信吾さん(左片麻痺)と。「上手です。僕と一緒で、もっとできるはずって悔しがっているところも嬉しかった」
昨年の試合後、清州城を訪ね、決意した。「織田信長の闘志をいただいてきました。次回は一皮むけた姿を見せられるよう練習に励みます!」


DGAについては入院しているときに知って連絡した。今年はステーブルフォードの部で1位となり表彰を受けた。「もっと上手くなりたい欲があります」
「愛すべきファミリー」と三宅さん。「僕は日本のロック系が好きだけど、嫁さんはジャニーズ。ボランティアでザ・ニーサンズのライブブッキングもしています」


今年の試合翌日も6時から朝練。「この日まで有休をいただいたので。クラブを1本1本掃除しながら、次回からの課題を整理しました」
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週刊ゴルフダイジェスト2026年8月4日号より


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