【ゴルフはつづくよどこまでも】Vol.259 ジャンボさんの普通とは逆をいく発想
奥田靖己「ゴルフはつづくよどこまでも」
高松志門の一番弟子として、感性を重んじるゴルフで長く活躍を続ける奥田靖己。今週もゴルフの奥深い世界へと足を踏み入れていく。
PHOTO/Anezaki Tadashi
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- 高松志門の一番弟子として、感性を重んじるゴルフで長く活躍を続ける奥田靖己。今週もゴルフの奥深い世界へと足を踏み入れていく。 PHOTO/Anezaki Tadashi >>前回のお話はこちら 私が試合に出始めた頃、ペプシ宇部という試合で、パッティンググリーンでひげを生やしてサングラスをかけた物静かなプロが練習していて、挨拶すると「おは……
ジャンボさんが亡くなりました。心にポッカリ穴があいた感じがします。今は同じ時代に一緒にプレーできたことに感謝をしています。
僕らの時代のプロゴルファーにとってジャンボさんは、誰もが憧れ、目指した存在でした。圧倒的な飛距離、多彩なアプローチ、そしてなんといってもあのパッティングはラウンド中に幾度となく足を止めさせられました。あれだけ長きにわたり強くヒットし続けたプロはいなかっただろうと思います。
あの時代のゴルフ界をあれほど盛り上げたのは、ジャンボさんの圧倒的なゴルフ力だけではなく、そのプレースタイルも人を惹きつけるもんがあっただろうと思います。粘って粘って時間をかけてスコアを出すのではなく、とにかくプレーが早く無駄がなかったです。だから同伴競技者は一緒に回りやすかった。僕もずいぶん勉強になることが多かったです。
ジャンボさんがプロ100勝を挙げた96年のフェニックス3日目のラウンド後のことです。パッティンググリーンで練習をしておったら、たまたまジャンボさんも練習をされていて。ちょっと見させてもらっていいですかと断りを入れて見させてもらっていると、ずっと4メートルくらいのフックラインを打ってはったんですが、時々カップの左に外していたんです。それを不思議そうに見ていると、ジャンボさんが「このフックラインを左から入れる練習をしているんだ」と教えてくれました。つまり、フックラインをプロラインからあわよくば流し込むというんやなく、カップの左を狙って打つと薄めのラインで強く打てるんですよ。普通とは逆のことをやるその発想はさすがやなと思うとともに、それをプロである僕にポロッと言ってくれたことが嬉しかったですね。
僕が優勝した日本オープンでは、決勝ラウンドの2日間を最終組でご一緒しました。当時、最強のジャンボさんとツーサムで回ることで集中力が増してタイトルを取ることができたものと深く感謝しております。
威圧感を感じ最初の頃は怖かったけれど、実はとても優しくしていただきました。日本ゴルフの宝です。心よりご冥福をお祈りします。
合掌。

1993年の日本オープンではジャンボに競り勝った奥田。「同じ時代に一緒にプレーできて、感謝しております」

奥田靖己
おくだせいき。1960年、大阪生まれ。93年日本オープンなど6勝。シニアで2勝。ゴルフの侘び寂び、温故知新を追求する
週刊ゴルフダイジェスト2026年1月27日号より


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