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プロ野球審判、メンタルコーチ、エイムポイント公認インストラクター…“三刀流”丹波幸一

「私にはこの道しかない」。それは素敵な生き方だけど、人生の柱が複数ある生き方は厳しくもまた楽し。この人の多面性を見てほしい。

PHOTO/Akira Kato

かつて、近鉄バファローズのタフィ・ローズが判定を不服として英語で暴言を吐き、退場になったエピソードを覚えていらっしゃるプロ野球ファンは少なくないだろう。その判断を下したのがNPB(日本野球機構)の丹波幸一審判だ。ローズは、その後「あの審判は英語がわかるのを忘れていた」と言ったとされるが……。

「いやいや、彼は僕が英語をしゃべれるのは知っていましたよ」と丹波。エピソードにはちょっと尾ひれがついてしまったという。その丹波が今回の主人公。いま、日本だけでなく世界中で話題になっているのは大谷翔平の「二刀流」だが、この男の“多面性”も実に面白い。さて、丹波、おぬし何刀流?

プロ野球選手は無理ならばアメリカで学ぶ

野球界に身を置く丹波はリトルリーグから野球の選手だった。しかし、高校時代にケガをし、大学でも野球をやるつもりだったが「プロにはなれない」と断念する。20歳やそこらの若者にとっては大きな挫折だ。しかし、実はここまでは“よくある話”でもある。それで丹波はどうしたか。「アメリカのカリフォルニアに留学して英語を学びました」。すると帰国後、オリックス球団で通訳のアルバイトに就くことができた。時はイチロー、田口壮らが新人として入団した折で、球団に大きな追い風が吹き始めていたころ。そのただなかで“風”を感じていた当事者の一人だった。

しかし、充実した生活のなかで丹波はふと違和感を覚えた。「何か違うな」。野球にかかわりながら、得意の英語を生かして人気の球団で働く満足感はある。「でも、自分を育ててくれた野球に何か恩返しができているか?」。実は、その頃、父の死という現実とも向き合っていた丹波。まだ20代の若者はまた思索する。考え抜いたすえ「審判になる」と新たな決断をする。審判学校はアメリカ。英語の壁にぶつかる同期は多かったが、1年間の留学とオリックスでの通訳経験が生きた。


審判で大事なのは“メンタルと目”です

93年、パシフィック・リーグの関西審判部に入局(当時は、セントラル・リーグ、パシフィック・リーグ、別々に採用されていた)。新たな一歩を歩き出した。

選手としてではなく別の立場でグラウンドに立つようになったが「やればやるほど難しくなる仕事。自分に務まるだろうかと思い続ける日々でした」。務まるだろうか、とは技術的な面で……?

「いや、プレッシャーに耐えられるかどうか、なんです。2軍の試合を経て1軍の試合を任されるようになると、何が変わるかってプレッシャーなんです」。1軍の審判となれば、自身がスポーツ新聞やテレビのネタにさえなる。日本シリーズや、セ・パ交流戦では、“あの”甲子園で主審を務めることももちろんある。ルール説明を要するために試合が止まったとき、マイクを持って「ただいまのプレーは……」と説明するケースもある。「甲子園のお客さん5万人が僕にじっと注目している。翌日はマツダスタジアムで4万人の前でマイクを持つ。そんな仕事って、あります? 大物歌手だって2日連続数万人に見つめられるなんて、なかなかないでしょ(笑)」

2軍の試合でも1軍の試合でも同じことをするのに、状況によって“自身”が変わってしまう不思議。「その理由がプレッシャーだと気づいてから、メンタルを勉強するようになったんです」

丹波は、自分の感じたちょっとした「違和感」や「なぜ?」を、放っておかない。また、探求が始まった。当時、野球のメンタルを研究している人や資料は少なく、その分野ではゴルフが進んでいた。ゴルフに関する、とくにメンタルに関する本を読みあさるようになった。丹波とゴルフのかかわりはこのあたりからだ。いまでは、ゴルフ界のほか、角界やウィンタースポーツの選手、ビジネスパーソンらからも頼られるメンタルコーチとしての顔も持つ。

丹波がもうひとつ、審判を務めるうえで重要だとしたのが“目”だ。「単なる視力なら、コンタクトやレーシック手術で矯正もできる。でも、ここで言う目は動体視力のことなんです。そして、この動体視力は鍛えられるんです。ビジョントレーニングっていうんですけど、F1レーサーやボクサーはよくやっています。その有名な先生が名古屋にいると知ったのは、まだ2軍で審判をやっていたときなんですけど、遠征のときに訪ねてみたんです」。

そこから、動体視力のトレーニングも始めた。それを続けることで、技術的な面で自信がついてきた。「すると、メンタルも安定してきたんです」。丹波の目(技術)と、メンタル(心)が噛み合うようになる。技術とメンタルが両輪となり、審判・丹波が走り出す。国内の試合はもちろん、WBCなど国際大会での審判に選ばれ、今年はオリンピックの野球競技の審判にも選出された。

「プロ野球選手にはなれませんでしたが、まさか審判でオリンピアンになれるとは思いませんでした」と丹波。ここで生きたのが審判としての技術はもちろん、英語だ。選手を諦め、カリフォルニアに留学したからこそ得られたもの、と言っていい。

「まさか審判でオリンピアンになれるなんて……」。2021年、灼熱のスタジアムで記念の一枚。「実は人工芝で焼けるほど熱かったんです(笑)」

ティーショットでも生活でも“成功のイメージ”が大切

丹波とゴルフのかかわりはメンタルコーチとしてだけではない。自身のゴルフ歴も25年以上であり“目”のプロフェッショナルであることから、丹波はゴルフのグリーンリーディングのスキルを教えるAimPoint(エイムポイント)公認インストラクターの資格を取得している。片目をつぶって指を立てグリーンを読む仕草を、小誌の読者なら見たことがあるだろうし、内容を知っている人もいるだろう。しかし、この技術の公認インストラクターは日本に4人しかおらず、そのうちの一人が、NPBの審判・丹波幸一だというのはあまり知られていない。

「PGAツアー中継をテレビで見ていて『こういうのがあるんだ』とは、知っていたんです。調べたらフロリダで資格が取れるとわかったのですが、なかなかスケジュールが合わなくて。それが2014年、提唱者のマーク・スウィーニーが日本に来るというんで、すぐに訪ねて行って資格を取りました」。いまでは仕事の合間を縫って全国へ。プロアマ問わず、指導にあたっている。

AimPoint公認インストラクターは丹波を入れて日本に4人。ジュニアからプロまで指導する

気になることはすぐやる性分?「それは、自分がさまざまな成功者と接してきた経験から。成功するかどうかは、要はやるかやらないかなんです。だから、気になったことはやってみます。でも、以前は失敗するんじゃないかという恐怖が先に立って、一歩踏み出せなかった。でも、メンタルのことを学んできたおかげで、今は成功するイメージしか描かないです。すると、ほんとうにうまくいく。できる人は成功のイメージを鮮明に描ける人。すごくできる、超一流と呼ばれる人はそれをさらに鮮明に描ける人だと思います」。逆に、できないのは失敗の恐怖に支配される人。失敗の恐怖の陰に、自分の技術への不安がある人。

「ゴルフでティーショットを打つときに、恐怖心があるときありますよね。でも、打ってみたら大丈夫だったりする。そのとき、2打目地点からティーを振り返ってみるんです。すると、恐怖心の原因が『ああ、そうだったのか』とわかって、消える。そんな作業を繰り返してみるんです」。それはゴルフ場だけの話ではない。仕事で、不安だった“1打”が終わったら。「ミスなし結果オーライ」と次に進む前に、自分が抱いていた不安の正体はなんだったのか考えてみたらどうだろう。

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丹波の話を聞いていて思い出したのは渋沢栄一の「論語と算盤」だ。論語は、生き方の指針、その人の“核”となる部分、人格。算盤は技術や振る舞い、それにより利益を得ること。いくら人格を磨いても、自身で稼いでそれを社会に還元できなくては、社会は豊かにならない。丹波は、通訳の仕事を辞めた理由を、自分自身を培ってくれた「野球に恩返しをしたくて」と言った。そのために、審判になり、さらに自分の手や足や目や耳で技術を得て、今度は後進に伝えている。その“恩恵”は野球ばかりでなく、ゴルフ界やビジネス界にも広がっていて、確かに恩返しにほかならない。

冒頭の話に戻るが、丹波はいったい何刀流か?

51歳の刀はどうやらさらに増えそうなので、いまはまだまだなんとも言えないのだ。(文中敬称略)

年間100泊以上の丹波。スーツケースを相棒に次の現場へ向かう

週刊ゴルフダイジェスト2021年12月14日号より