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【対談】葛西紀明×かわさき健<後編>「なりたい自分を強くイメージ」「直前の練習はしない」ゴルフに通じるレジェンドの“戦略”

オリンピック8回出場を誇るスキージャンプのレジェンド・葛西紀明さんと、人気漫画「オーイ! とんぼ」の原作・かわさき健さんの特別対談。後編では、ゴルフの上達にも通じる葛西さんの「思考法」にさらに迫っていく。

TEXT/Toshiaki Muraki PHOTO/Getty Images THANKS/小樽CC、土屋ホーム

葛西紀明(右) 1972年生まれ。1992年にオリンピック代表に初選出、計8大会に出場。2014年のソチ五輪では個人銀、団体銅の2つのメダルを獲得。W杯569回出場も圧倒的世界記録。土屋ホームスキー選手兼監督を務める
かわさき健(左) 1967年生まれ。2014年に連載開始、2024年にはアニメ化が決定している「オーイ!とんぼ」の原作者。ゴルフ場研修生の経験を生かし、技術や人間模様に深く切り込む物語にはゴルファーのみならずファンが多い

>>前編はこちら

いいイメージが出ていたから
本番直前の試技はキャンセル

かわさき やっぱり、スキージャンプが大好きなんでしょうね。

葛西 はい、大好きだし、難しいんですよ。ゴルフも難しいですけど、スキージャンプ、難しいです。ただ飛んでいるように見えるかもしれないけど、相当な技術と体力、メンタルも必要です。でも練習は簡単にはできないじゃないですか。ゴルフなら1000球だって打とうと思えば打てる。でもジャンプって何百本も飛べないんで。せいぜい1日10~20本。だから上手くなるまでに何カ月、何年もかかる。相当難しい競技です。

かわさき リフトに乗って上っているときにもいろいろ考えるし、もっと言えば、日常生活でも四六時中考えているわけですね。

葛西 僕、走るのが好きなんで毎日走るんですけど、走ってると「あ、これジャンプでやってみよう」ってパッとひらめくときがあるんです。簡単に飛べないぶん、ほかのことでジャンプのヒントを得ています。メモしておいて、飛ぶ前に見て「今日はこうしよう」と。で、ピタッとはまると距離がブワッと出るんですよね。「お~きたきた~ッ」ってなる。その瞬間がまた楽しいんですよ。

かわさき ゴルフもイメージが出てないときは、練習なんかしないほうがいいですもんね。

葛西 オリンピックは4年に一度。そこでのたった2本(競技で飛ぶ回数)に合わせるためにすべてやっているわけです。ゴルフだったらボギー、ダボを叩いてもどこかでバーディやイーグルがあるかもしれない。でもジャンプには“かもしれない”がない。1本目失敗して2本目に大ジャンプしたとしても、メダルには届かない。

かわさき 2本のために4年間かける。そのために身も心も研いで研いで先端が尖りまくった状態でそこに行くんですよね。それでも風とか運の部分もあるし……。


葛西 でも運は自分で呼び寄せるものだと思うんです。僕、オリンピックに8回出て、7回目に銀メダルと銅メダルを取ったときはちゃんといい風が巡って来るんですよ。風が来ないときは、もうなんだよこれ! って心の中で煮えくり返ってますよ。でもこれも次のオリンピックのときにいい風が来るための試練なんだ、と思って我慢しましたね。やっと、リズムが(7回目の)ソチでバチッと合ったんです。

かわさき 銀を取ったときは予感めいたものはあったんですか?

葛西 ありましたね。オリンピック前に「W杯で勝つ」とか、全部「こうなる」っていうのを手帳に事前に書いていったんですね。成功するために。で、全部それが当たっていくんです。これは完全に取れたなと思いました。「オリンピックで金メダル! ブレーキングトラックで大の字になって号泣」って書いてあって、そこだけ外れましたけど(笑)。

飛び終わって歓喜にむせぶところまでイメージしていた

なりたい自分をイメージしたら、「こうする」「こうなる」とディテールまでメモを取る。あとはできた時のイメージを強く持ち、周囲にも宣言。「それで実現できたらかっこいいじゃないですか」(葛西)

かわさき でもそこまでイメージしてるんですね。練習日とかはどう過ごしたんですか?

葛西 全部キャンセルしました。飛ばなくてもいける。だったらそこにエネルギーを使うのはもったいない。試合当日の試技も飛ばなかったです。練習の1本目、だいたいみんな飛ぶんですけど。

かわさき かっこいい、けど怖くないですか?

葛西 たった2本に集中を注ぐっていう戦略を立てて。そこに怖さはなかったです。逆に飛んで、風が強かったりすると変なジャンプをすることもあるし、もしくはいいジャンプをしても逆に自分に期待してしまう。それが嫌だったのであえて飛ばなかったんです。

この練習のときもイメージをフルに発揮

スキージャンプでは実際に飛ぶ練習は体力面、精神面、環境面で非常に限られる。この写真のように下から支えてもらうなどして、上空での姿勢のイメージなどをつかむイメトレが欠かせない

かわさき 練習で“飛ばない”という選択。イメージを大切にした立派な戦略ですね。僕、ゴルフの日の朝は練習しないんですよ。変な期待やプレッシャーがかかるから。これから試技なし系は全部「ノリさん打法」と銘打って、ゴルフ界に広めていこうかな。「いらないよぉ、素振りなんて」とか言って。

パットの素振りを封印した宮里藍

ピア・ニールソンの助言から素振りせずにパットするようになった宮里藍。「感性でゴルフするタイプなのでパットもいかにイメージを出すかが鍵」(宮里藍)。見た目の第一印象を大切にすることを優先した

「とんぼ」もイメージを大事にする

とんぼの思考力がフルに発揮された「お刺身ショット」
当初ペラペラの3番アイアンだけでゴルフをしていたとんぼ。フォローの中、硬いグリーンに止めるために極端なカット打ちを披露。クラブを包丁に見立て、薄造りをイメージ(第11話より)

120ヤードのランニングアプローチ
とんぼが有働二子女のキャディをした際、ライの悪い状況で「とんぼならどう打つ?」と聞かれ、「6鉄でカツーンひょーんと低く飛んで…」と回答。その思考、イメージでピンそばに(第139話より)

風に乗って飛距離が伸びる。
その快感を求めて…

かわさき よく心技体って言いますけど、葛西さんの順番は?

葛西 心・体・技ですかね。家族の支えとか、心って一番大事なんじゃないかなと思います。感謝の気持ちとか、忍耐力とか。その上で体を作る。最終的に技術はどうにでもなると思います。

かわさき 技術はどうにでもなるって言えるところがすごい。その技術でいえば、V字飛行への転換がありましたよね。

葛西 大変でしたね。1992年、初めてのオリンピックの時に、V字に変えて行った。最初はかたくなに拒否していたんです。そんな汚いジャンプはしないって。スキーが揃っているのがきれいと言われたし、その時はV字は減点の対象になっていた。だけどV字も減点されなくなったのと、オリンピック直前に「V字に変えなきゃ連れて行かないぞ」って(笑)。

かわさき ある意味必要に駆られてですね。必要に駆られると人間やるんだよな。よくわかります。

葛西 でも、飛びはパーシモンとチタンぐらい違いました。流れは傾きますよね。もうパーシモンを使っている場合じゃない(笑)。

かわさき 僕、プロテスト5回受けて、最初の3回はパーシモンで、4回目で初めてメタルで受けて、5回目はまたパーシモンに戻しちゃいました。流れに乗れなかった(笑)。成功する人は“変わる”ことを怖がらないですよね。

葛西 Vに開くということはスキー板の内エッジが前を向く。でも底面を正面に向けたいわけです。

かわさき V字にすることで底面に風が当たりづらくなる。

葛西 足の開きも関係してきます。大きく股を開くと底面を当てやすくなって、かつ股下のスーツがピンと張るので、風を多く受けられる。みんな足を大きく開いて、Vというか今はHに近い形で飛んでます。そのほうが風の恩恵を得られる。でも飛んでいる中でそれをやるのはめちゃくちゃ怖いんです。僕は体のわきで手のひらを正面に向けるんですけど、ちょっと手を動かすだけでも風で体がワッと持っていかれそうになる。足なんて相当怖いわけです。

かわさき 怖いけど、微調整しながらやっているんですね。その飛べる姿勢に踏み切りから一気にバビョンと持っていくわけですか。

葛西 一気にバビョンと行く人とじんわり行く人がいて、僕はじんわり。飛び出してから30~40mぐらいまでは横に手を付けて、まずは抵抗少なく。浮力を感じてから僕の翼(手)が開くんです。イメージは飛行機のフラップ。あの感じで30~40m付近からウイ~ンと。

かわさき 何でもゴルフで考えちゃうんですが、1番ホールからガーンと行かずに、最初はそろりと様子見でスタートする感じ?

葛西 たぶんみなさんサッと手を開くと思ってますよね。

かわさき そうやって解説してくれたらより面白い。「次はじんわり型の葛西選手です」とか(笑)。

パーシモンとチタン。それぐらい違ったV字飛行への転換

当初は苦労したというV字スタイル。現在はそこに両手のひらを正面に向ける独自のスタイルを確立。「この翼(手)は飛行の途中から開きます。そんなところも見てほしいです」(葛西)

愛弟子・小林陵侑も“じんわり”派

今をときめく葛西さんの愛弟子・小林陵侑選手も“じんわり”飛び出す。「ちなみに陵侑は手の甲を正面に向けますが、今そのタイプが増えています。強い選手の技術は真似したくなるものです」(葛西)

葛西 面白いと言えば、この先、とんぼがどうなっていくか、すごく気になります。楽しみで仕方ないです。全部読んでますから。

かわさき どこに魅力を?

葛西 自然なところですね。自分を変えず、自分を出す。それを貫いてほしい、という気持ちで読んでます。そして勝ってほしい!

かわさき 勝ってほしいんだ~。

葛西 そりゃあ勝ってほしいですよ。僕は、先の展開を読みながら見ちゃうタイプ。この子はどうなるのかな、とか。あーそうきたか! っていうことが多い。

「自分を変えずに貫くところがいい」

『オーイ!とんぼ』の大ファン、という葛西さん。「今の女子ツアーも誰が勝つかわからないのと同様、誰が勝つか予想しながら読むのが好き。それを気持ちよく裏切られるのがまた楽しいです」

かわさき そんなふうに読んでくれているのはすごくうれしい。実際僕も、誰を勝たせるか自分でも決めないで書いてるんです。だから、とんぼこれからどうなるの? って聞かれても僕がわからない(笑)。でも葛西さんの思考力は今後漫画に生かしていきたいですね。あ、それにゴルフ好きのスキージャンプ選手の漫画書きたい! 編集さん、ダメですか?(笑)。

「オーイ! とんぼ」の作画を担当する古沢優さんが描き下ろした葛西紀明さん(&イガイガ)

週刊ゴルフダイジェスト2023年12月19日号より