ミスを引きずる人と断ち切る人の違いはここにあった。今すぐ実践! アンガーマネジメント
LLUST/Koki Hashimoto PHOTO/Taku Miyamoto
マスターズで松山英樹がときおり笑顔を見せていたことに「おや?」と思った方も多いのでは? ミスをしても道具に当たるなど、怒りをあらわにすることなく、72ホールを戦い抜いた松山の姿は、我々一般ゴルファーにも参考になる部分が多い。ネガティブな感情とうまく付き合うコツを専門家に聞いた。
解説/安藤俊介氏
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会代表理事。アメリカでアンガーマネジメントを学び、日本に伝えた第一人者。アメリカ時代は年間100ラウンドペースだったというゴルファー
怒りは抑え込まなくていい
松山英樹がマスターズで好調をキープし、最終日を迎えたとき、多くのゴルファーが「今回は勝ちそうな気がする」と、口々に持論を展開していた。彼らによると「感情のブレがない」「イライラしていない」「怒りが見えない」などなど、総じて“メンタルの安定”に触れたものだった。
実際、優勝後のインタビューで松山は、マスターズ前週のバレロテキサスオープンで「良くない3日間が続いたとき、なんでこんなに怒っているんだろうと自分にあきれた」と話している。この「“怒っている自分”を認めるというのもアンガーマネジメントのひとつです」と安藤俊介氏は言う。「アンガーマネジメントとは『怒りを抑え込む』ことと思われがちですが、違います。怒りを含めた『ネガティブな感情をコントロールする』ものなんです」。
松山は、怒っている自分を客観的に見つめた結果「ミスを許せる気持ちになった」「(自分の怒りにより)チームの雰囲気を壊すのがすごく良くない」と感じるようになったという。
安藤氏も「そのとおり。ネガティブな感情は人に伝染します。たとえば、キャディやコーチ、トレーナーなど、周囲の人までネガティブになり負のスパイラル状態になってしまう。それはとても良くないこと」。我々一般ゴルファーでも、4人のパーティで1人が不調で怒りだし、パーティ全体が沈んだ雰囲気となってほかの人まで不調になったというケースを体験したことがあるのではないか。
そこで、アンガーマネジメントの具体的な方法について安藤氏に聞いてみると……。
「怒ること自体は悪いことではありません。今回のマスターズの中継でも中嶋(常幸)さんが『松山くん、自分に怒れ』というようなことをおっしゃっていました。怒ることでアドレナリンが出て闘争心につながることはありますからね。ただ、アドレナリンが出すぎると、ゴルフの場合、予想外の飛距離が出てしまうなどマイナスになることも。私の知り合いのゴルファーがティーショットでミスして怒りながらの2打目、普段ならとうてい届かないような距離の池に入れてしまったことがありました。明らかにアドレナリンの出すぎ。また、怒りで体が硬直することがあるので、力みにもつながります」
怒りをエネルギーに転換することはあり得るが、一般アマチュアには至難の業でもある。
大事なのはネガティブな感情を
あふれさせないこと
では、怒りなどのネガティブな感情を抑え込むのではなく、コントロールするとはどういうことだろう。
「ネガティブな感情は怒りやイライラ、恐れ、悲しみ、疲れ、嫉妬などさまざま。それらをコントロールするのがアンガーマネジメントです。これはゴルフのときだけでなく、会社や家庭でも応用できることですが、ネガティブな感情が湧いてきたらジャンル分けしてラベルづけし、1~10のどの段階かジャッジしてみてください」。
たとえば、自分のティーショットの際、おしゃべりしている人がいて集中できずチョロしてしまった。そんな際に湧いてきた感情を「『怒り』というラベルを貼ったコップに入れ、10段階のうちの3だな、というふうにイメージするんです。すると『ああ、自分はいま怒っているな』『とはいえ、まだ3のレベルだ』などと俯瞰して考えられ、ラベル貼りとランクづけの間に気持ちもクールダウンできます」
「6秒ルール」という言葉を聞いたことがある方もいるかもしれない。「ネガティブな感情が湧いたら、すぐに反応せず6秒待つ。諸説ありますが、人間は理性が働くのに6秒かかるといわれています。感情にラベルを貼って段階を考えているうちに6秒は経つでしょう」
そして、ラベルを貼ったコップの中の感情は、コップからあふれないうちに少しずつこぼすこと。こぼし方は「ラウンド中なら、ストレッチや深呼吸、歌を口ずさんでもいい。するとコップの中身は少し減ります」。日常生活でも同じ。「うっ」と思ったら、その場をちょっと離れたりお茶を飲んだりトイレに行くだけでも違うという。
怒りの傾向を把握しておくと
対処しやすい
そして、コップの中のネガティブ感情をあふれさせないようにするための予防策として「自分の怒りの傾向を把握することです。そのために、自分のアンガーログ(怒りの記録)をつけるといいですね。こういう状況でイライラの感情が6まで高まった、というように。それをつけておくと『ああ、自分はこういうときにネガティブな感情が湧いてきやすいな』と分かる。すると、そういう場面は避けたり、早めの対処をすることができます」と安藤氏。
仕事中なら、ちょっとメモをとって記録し後で読み返すといいし「ラウンド中なら、ネガティブな感情が起こった景色をスマホで撮影するのもアンガーログになります」。スロープレーに注意しながらだが、これも手軽にできるアンガーマネジメントだ。
ミスショットをした後は……
軽いストレッチや深呼吸で気分転換をする カメラで“怒りの現場”を記録し、後で見返して反省材料にする
「松山選手はもともとフィジカルは安定していたのではないでしょうか。さらに最近コーチをつけたことで、技術はもちろんですが、メンタル面でも『不安』が減ったのだと思います。不安もネガティブ要素のひとつ。それが減ったことがメンタル面で大きなプラスとなり、メンタルとフィジカル、両輪がスムーズに回りだしたことが今回の快挙につながったのでは」と安藤氏。
ゴルフはメンタルのスポーツ。いくら技術の練習を積んでも、メンタルがボロボロならパフォーマンスアップは期待できない。メンタルを鍛えるアンガーマネジメントは、練習場やコースに行かなくても、日常生活のなかで実践できる。職場や家庭でイラッときたり、「何を!」と思ったら、その感情に向き合って、ラベル貼り&ランクづけ。「ああ、いい鍛錬になった」と思えば、ストレスも前向きにとらえられる。さあ、たったいまから実践だ。
ベテランゴルファーに聞いた
なるほど「アンガーマネジメント」
「自分に期待しすぎない」
植杉乾蔵さん(95歳・熊本県・エイジシュート1476回)
「怒り・嘆き・落胆など、メンタルを不安定にする原因は『自分への期待値』が高すぎるから。たとえば2メートルのバーディパット。『入れたら嬉しい』パットのはずが、『入れて当たり前』『入れなきゃ恥ずかしい』となってしまうと、入らなかったときの嘆き・落胆がやがて自分への怒りに変わります。『ボールは飛ばしたい、でもスコアもまとめたい』と両方を求めるのもストレスにつながりやすい。どちらか片方に決めて臨むとストレスを抱え込まず、ミスも出にくく、カッとならずに済みます」
「歌を口ずさんで気分転換」
恒松好巳さん(70歳・東京都・HC8)
「カッとなったら歌います。まず、車の中で曲をリピートし頭に刻み込んでおいて、カッときたら口ずさむ。私の定番は堀内孝雄の『冗談じゃねえ』と河島英五の『酒と泪と男と女』。いつものフレーズを口ずさみながら球のあるところまで歩いているうちに自然に平静になります」
「当たり前の意識を変えてみる」
落合和智さん(48歳・東京都・HC5)
「フェアウェイにナイスショットしたのにディボット跡に入っていた。バンカーに入れたら目玉。それを『ついてない』と嘆いてスコアを乱す人が多いが、それはフェアウェイはきれいなライが“当たり前”と思っているから。私はフェアウェイはディボット跡があり、バンカーに入れたボールは目玉になるのが“当たり前”と思っているので、そういう事態に遭遇しても冷静に対処できます。ついでにいえば『高速道路は渋滞するのが当たり前』なので1時間で着くコースでも2時間前に家を出ますし、『雨が降るのが当たり前』と思っているので晴れていても雨具の用意をします」
「感謝すると平常心に戻る」
高木伸之さん(61歳・埼玉県・HC11)
「『メンタルが不安定だと技術的なミスにつながる』『持っている技術以上のことをしようとすると不安感からメンタルが不安定になる』。この2つは相互に関連しあっているように思います。技術を磨くには時間がかかるので、私はメンタルの安定を優先。ミスをした直後はネガティブな思考に陥りやすい。そのままプレーを続けるとメンタルが不安定だから、次もミスが出やすい。だからミスをしたら、まず景色や空を見て、天気が良いことに感謝し、ゴルフができることに感謝する。感謝の気持ちを持つと早く平常心に戻れる気がします」
「『あ~』『う~』は我慢する」
宗村哲司さん(69歳・埼玉県・HC14)
「若い頃に“『あ~』『う~』の嘆き声を我慢すると、ハーフでスコアが3打縮まる”とシングルさんに教えられ実践しています。『あ~』『う~』は予期しない事態に遭遇したとか、自分はもっと上手いのだとアピールしたいから発するものなのでしょうが、それは実は準備不足。このライではこんな球が出るかもしれないなと予想しておけば『あ~』『う~』は出ないし、予想した時点で対処した打ち方ができるのでミスは出にくくなります」
週刊ゴルフダイジェスト2021年5月25日号より