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【全英女子制覇の桑木志帆を育んだ自我の教え】<後編>試合に負けて大泣きして帰ってきた日も、夜遅くまで素振りをしていた

全英女子オープンで海外初優勝を飾った桑木志帆。日本人7人目の海外メジャー制覇の快挙だ。彼女を高校時代に指導した山岸優子、そしてその師匠である成田司。それぞれの話を聞くと、勝利を呼び込む教えが見えてきた。

TEXT / Kiyoshi Ogiku PHOTO/Getty Images、Yujiro Kawatani、Yasuo Masuda、山岸優子氏提供

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山岸(優子・桑木志帆の高校時代の監督)は「とにかく負けん気の強い、天才肌の子だった」と成田は言う。アプローチが上手く、山岸が練習をすると、練習場のピンの周りには、ボールがじゅうたんのように広がった。短いショットを磨く者は、ショットの上達も早い。そうして山岸は、めきめきと上達し、中学、高校に進む頃には、石川県では知られた存在になっていった。

そんな山岸もプロテストには苦労した。本人は「若気の至り」と話すが、同志社大学を卒業する年に受けた最初のプロテストは、「当然受かると思っていた」が不合格。そこから、27歳でプロになるまで5年を要し、トーナメントでも目立った成績を挙げることなく、山岸はティーチングの世界に進むことになる。

モノが言える子は監督に向いている

あるとき、山代GCのマスター室で働きながら、レッスン活動をしていた山岸に、成田を通じて、岡山に行ってみないかという話が来た。それは、岡山理科大附属高校で働きながら、同校ゴルフ部の監督になる、という話だった。




正直に言えば、「行きたくないな」と、山岸は思った。岡山には知り合いもいないし、いま教えている生徒さんたちを放り出すのもしのびない。最初は断ろうとも考えたのだが、成田は山岸の岡山行きを強くすすめた。

大学はともかく、高校のゴルフ部に、プロのライセンスを持っている監督はいない。そういう指導者がいれば学校に人が集まるし、必ず山岸のためになる。こんないい話はないと成田は考えたのだ。何より、「はっきりとモノが言えて、頭の回転がよく、苦労を経験し、陰に回って人を支えられる。そんな優子は、監督に向いている」と成田は思っていた。

結局、恩師に説き伏せられた山岸は、岡山理科大附属高校ゴルフ部の監督に就任することになる。

それからしばらくした頃である。成田が電話をすると、「優子が『ちょっと面白い子がいるんです』って言うんです」。それが、当時2年生だった桑木志帆だった。

当時の桑木は、時に爆発的なスコアを出すこともあったが、決して目立った選手ではなかった。部の中には、ほかに上手い子、成績のよい子がいて、桑木は何番目かの選手だったという。

ただ、その練習量は圧倒的に多かった。主力選手が疲労や不調を理由に休んでも、桑木が練習やトレーニングを欠かすことはなかった。寮母さんの話では、試合に負けて「もう嫌だ」と大泣きして帰ってきたときも、夜遅くまでずっと素振りをしていたのだという。

頑固で、嫌なことはやらない桑木。だから(そんなこと)「やらなそうに見えるのに、そこはやるんだ」と、山岸は感心した。

桑木はよく泣く子だった。小さな試合に負けても、「こんなの気にすることはない」と思う子も多いが、桑木は大きな試合に負けても、小さな試合に負けても、とにかく泣いた。でも、それが桑木の強さだと山岸は思う。

負けて涙を流すのは、常に真剣だという証拠。練習量が多いのも、トレーニングを欠かさないのも、プロになるという覚悟の表れにほかならない。結局、桑木の代でプロテストに合格したのは桑木だけだった。

時に突拍子もない教えで
もっとプロを育てたい

山岸に、ゴルフ部でどんな教え方をしているかを聞いた。

「私は成田先生と違って辛口なので、気になるところをひととおりダメ出しして、その中から本人が納得したもの、直そうと思ったものに取り組んでいくようにしています」(山岸)

とはいえ、大きな問題があっても、頑固にやらない子もいる。そんなとき山岸は、本人が直したいと言ってくるまで待つのだという。無理に直そうとしても、結局、本人がその気にならないと、何も変わることはないからだ。

「そのとき、トップやダウンスウィングの形を変えるのではなく、自然に変わるにはどうするか、を教えるようにしています。あとは、とにかくケガをしないように。それが一番じゃないでしょうか」(山岸)

ただ、素直に聞く子には、成田譲りの“突拍子もない”レッスンをすることもあるという。

「悪いクセを直すには、感覚を大きく変えなくちゃいけないことも多いので、極端な動きをやってもらうことも多いですね」(山岸)

これからの夢は?
「岡山は強豪校が多いので、そこと比べられることが多いんです。だから、今よりもっとプロを輩出できる学校にしていきたいと思っています。そして、いつか故郷の石川県や先生に恩返しをしたいですね」(山岸)

ちなみに成田は、自分の教え子である山岸が教えた桑木のメジャー優勝を心から喜んだ。

「会ったこともないから、彼女(桑木)には全然関係ないんだけどさ。本当に嬉しくて、涙が出てきちゃったよ」(成田)

そう。もしかすると、山岸の成田への恩返しは、もうすでに済んでいるのかもしれない。(本文敬称略)

負けて涙を流すのは、常に真剣だという証拠

ジュニア時代の桑木。試合に負けて大泣きして帰ってきたときも、夜遅くまでずっと素振りをしていた

週刊ゴルフダイジェスト2026年9月8日号より