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【目澤秀憲の目からウロコ】為末大編①「人間の体は“大企業”みたいなもの」

目澤秀憲コーチが、異業種からゴルフのヒントを得る連載「目澤秀憲の目からウロコ」。今回話を聞きに行ったのは、400mハードルで活躍した為末大さん。陸上競技のトラック種目は己の身体のみが武器というスポーツの中でも最も根源的でその分「難しい」スポーツ。一流のトラックアスリートはどんなことを考えているのか。

TEXT/Daisei Sugawara PHOTO/Hiroaki Arihara

目澤秀憲 ゴルフ界の最先端を知り尽くすコーチ。現在は河本力、金子駆大、永峰咲希、阿部未悠などを教える
為末大 世界陸上の男子400Mハードル種目において、2大会(01年、05年)で銅メダルを獲得。同種目でオリンピックにも3大会連続(2000年、04年、08年)で出場。現在は指導者としても活動

最大スピードのカギは
動きの「連動性」

――目澤コーチは、個人的に為末さんにかなり影響を受けたと聞いていますが。

目澤 実は為末さんの本はほとんど読んでいるんです。最新刊(「スポーツは人生に必要ですか」ハヤカワ新書刊)ももう読みました。

為末 そうなんですか。それはうれしいです。

目澤 ボクは元々プレーヤーだったんですが、大学卒業後のある時点から「指導者でやっていこう」と決めて、その過程でアメリカに語学留学していて、その頃にとくによく読みました。プレーヤーから指導者へということで、少なからず迷いがあった時期なんですが、為末さんの本には全部の答えが書いてあるように感じて、ある意味「救われた」思いでした。

為末 何だか恐縮です。

目澤 為末さんも、今は技術を人に伝えるという役目もされていると思いますが、自分でやるのとは違う難しさを感じることってありますか?

為末 それはもちろんありますね。そもそも、「自分でできる」ということと、それを「人に伝える」というのは、根本的に違うものだと思っています。

目澤 やっぱりそうですか。ゴルフの場合は、トップ選手に具体的な技術を教えるということはすごく少ないんです。基本的には、できていることのほうが多いので。そうすると、指導が抽象的というか感覚的になりがちなので、なるべくデータを使って相手が納得できる材料を提供しながら、お互いにコンセンサスを図るようには心掛けています。

為末 おっしゃる通りで、コーチというのは、選手に対して自分の感覚で伝えることが多いんですよ。たとえば、あるコーチが「足がみぞおちから生えているような感じで動かせ」と言ったかと思うと、別のコーチは「濡れた紙の上を走るようなイメージで」とか言ったりするわけです(笑)。人間というのは「言葉」を受け取るので、選手はそれで混乱してしまう。

目澤 もしかしたら、2人のコーチはまったく同じことを言っているのかもしれません。

為末 そうなんです。同じかもしれないし、違うかもしれない。言葉の裏にある「真意」みたいなものが伝わらない限り、選手はずっと混乱し続けてしまうわけですね。

目澤 ゴルフでもよくあることなんですが、AというプロとBというプロが、まったく反対のことを言っているようで実は同じ意味だったとか、あるいはその逆もありますね。

為末 ひとつの問題は、人間の身体制御というのはほぼ「無意識」だということなんですね。「ある場所へ行く」という大まかな設定があれば、道中でそのことばっかり考えている必要はなくて、携帯をいじったり、飲み物を飲んだりしても勝手に目的地にはたどり着けるわけです。

目澤 確かにそうですね。

為末 例えるなら、人間の体というのは「大企業」みたいなものです。大企業には取締役会という意志決定機関があって、その決定に沿って、実際の業務というのはその下の各部署が独自に行いますよね。末端の社員まで取締役がいちいち行動指示したりしない。で、コーチの中には取締役会における決定の部分だけ伝える人が多いんです。

目澤 コーチ自身の体という「会社」ではちゃんと機能するけど、選手という別の「会社」ではその命令で同じように機能するとは限らないわけですね。

為末 そうです。でもそれはまだいいほうで、たまに「製造業」から「飲食業」への大転換のような指示が出るケースもあって、選手もそれはさすがに急には対応できないから大変ですね。

「腕を振る」と「足が出る」は表裏一体

動きをどう表現するかというのは、往々にしてコーチの感覚に委ねられている。従って、仮に同じ走る動きを目的としていてもコーチによって指導のための「言葉」は異なる。受け取った選手の側が、その言葉の中にどんな意図が含まれているのかを感じ取れるかどうかが、指導がうまくいくかどうかの分かれ目

月刊ゴルフダイジェスト2025年4月号より