古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。

小さな小さな旅である。

歩いても行けるし、タクシーに乗ってもイヤがらない距離と思うが、私はバスと歩きで小さな旅を続けています。
福岡市の中央区を中心とした都心部の旅である。
2020年の1月迄、小さな旅と言えば日本国内の飛行機か新幹線、そして迎えの車かタクシーを使っての移動であった。
タクシー1メーターか2メーターの距離を歩くなんて事は一度もなかった。一度もだ。
今は違う。
多くが変った。
飛行機、新幹線を利用しての移動は大きな旅になっている。
コロナ前の大きな旅は海外であった。最低2週間は帰国せずに過した。
過去20年間のスケジュール手帳を見た。
元気だったと思う。
1年365日、家に帰るは1カ月弱。残りの日々は旅先か移動の途中だった。
私の講演を聞いて下さった方は多いと聞く。
今もお礼の言葉を戴く事がある。
礼を申すは私の方なれど、そこはそれ、お互いの気分害するは偏屈であり、頑なさも生じよう。
柔軟必要と感じれば柔軟であればいいし、必要なき時と思えば己を出すも善しだと思う。

小さな小さな旅、昨日12月7日もバスに乗り、歩きもした。
中央区新天町を歩いた。
買う物は何もない。
欲しい物もない。
日々の生活に必要な物、どんどんと減って行くのが75歳以上の身ではないかと思う様になって来た。
若い人、中年の人、少し年配の方、それぞれが新天町の店へ入って行く。
買いたい物あれば購入後、すぐに出て来る人もいると思うが、皆、店に入って買いたい物探しているのか、店に入って10分で出て来る人はいなかった。
私は暇人である。
店の前の歩道の端に立ち、出て来る人を待った。
ただ、それだけだ。
人様や世間に迷惑や不快を与える行為ではないと思う。
買いたい物を探しているのか、知りたいだけだった。
30分過ぎて店から出て来た人がいた。
30歳位の男性だった。
店の名の入った紙袋を持っていた。
欲しい物を見つけ、買いたい物を見つける日々、訪れれば人も世間も元気になると思う。
我儘はどこに向けるのか。
己か他人か、世間か己の棲む組織か、あるいは女房殿か我が子か、己の親か。
それが分れば生きる日々、単純化して行く様な気はする。
己を知るは大事と言うが、己のどこを知るのか、その認識は必要。それが分らなければ3メートルのパットへの勇気は生れないと思うが、どこだ、己のどこを知りたいと思っているのだ。

記憶すれば、次のゴルフの糧となる。

昨日、新天町を歩いた後、天神ソラリアのコーヒーショップに入った。
3人の野郎共が奥の4人掛けのテーブルに座っていた。
私と同様、暇な連中である。
名前だけは聞いていたが、住む地も引退する前の職も家族構成も聞いてはいない、コーヒー飲んで世間話するだけの拘束も義理も一つの責任もない気儘なソラリアに集うコーヒー飲みの野郎であった。
年齢は私より下だと思う。
私が立ち寄るコーヒー店は6店舗。
博多駅近くに1店舗、市内中央に2店舗、警固に1店舗、大濠公園内に2店舗の店である。
旨いとかマズいとかの気持ちは持たずに飲んでいます。
雰囲気一番、二番目は誰と一緒するかであり、コーヒーの旨さは三番目だ。
私は30分で店を出る。
1人でいても5人6人でいても30分だ。
ソラリアのコーヒー店の名は知らない。場所と週休日を知っているだけで充分と思う。
頼むはホットのカフェラッテである。
ソラリアの空いていた一席に座った。
その時だ。
3人の男が私等の座るテーブルの横の席に移動して来た。
面識なき人達だった。
若かった。50歳前後の男達だった。
瞬間、分った。
週刊ゴルフダイジェストの野性塾を読んでいるゴルフ好きの連中だな、と。
それが分っていて10分間の世間話を始めた。

移動して来た3人の中の1人がメモ用紙を取り出した。
「メモするな。メモすればメモに頼る様になる。メモしなければ己の記憶の中で聴いたことが生きて行く。何事も生かせる行為が大切だ。服がそうだ。一度着た物を二度着ればお気に入りの服となって三度目も四度目も着るだろう。メモは一度着てタンスの中のハンガーに掛けてそれっきりの服と同じだ。偉い先生の話や教訓話だったら後で話の要旨をまとめた本ありますか、と問えば教えてくれると思う。スポーツも芸事も生が一番の刺激持つと思うぞ。やっぱり試合会場での観戦が興奮出来て一番楽しめるだろうし、芸事も生の鑑賞が一番楽しめるんじゃないかと思う。俺の話聞きたいんだったらメモしないでくれ。私の地声を記憶してくれれば有難い事だ。そしてここのコーヒー、熱さ加減が私に合ってて旨いと思う。やっぱりコーヒーは最初のひと口の熱さ加減が自分に合っているか否かで、その店に通い始めるか否かが決るんじゃないのかな」

私は通の者ではない。
ゴルフはゴルフに通じたる者と言ってもいいと思うが、他は何一つ通じたるレベルではない。
それでも私の話に付き合う者はいる。
70歳過ぎれば暇は出来るし、その暇の使い様も自在ではある。
女房殿の趣味に付き合うも善しだが、我が女房殿、東芝製の洗濯機を余程気に入ったのか、洗濯を趣味とした様子。
故に私は私で趣味を探す。
コロナ前迄は仕事が趣味だった。今も趣味ではあるが、福岡市内の散策が趣味となり始めている様な気はする。
そこにはひと休憩出来るコーヒー店がある。
その後、赤坂の15階へ戻る。
疲れていればバスに乗り、疲れ少なければ歩く戻りの小さな旅だ。

現在時12月8日、午前11時55分。
東と南の空は薄晴れ。
初冬の空か。
長男雅樹はアメリカ東海岸に行ってます。
11月28日に福岡から羽田経由でアトランタへ向い、12月11日、アトランタから日本へ向って12日夕刻に羽田到着の予定です。
帰国後のスケジュールは聞いていないが、人と会うのもゴルフも雅樹の仕事であり、忙しい13日から先の日々であると思う。
しかし、45歳は若い。
大きな旅、小さな旅にも楽しさ幾つも宿る旅と思う。
私は小さな小さな旅の途中、楽しんでいます。体調良好です。

坂田信弘

昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格

週刊ゴルフダイジェスト2022年12月27日号より