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【ゴルフ野性塾】Vol.1756「プロゴルフの寿命は怒りの寿命」

KEYWORD 坂田信弘

古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。

前回のお話はこちら

久し振りに会った人が

言って来る。
「随分と優しくなられましたネ。10年前と較べると大きな違いを感じますよ」
「どこが変った? 人に対して優しくなったのか、それとも周囲に対してか?」
「総てです。10年前、今程の優しさ持つ人じゃなかった。驚いてます。坂田プロには自分にも厳しい、他人にも厳しいイメージ持ってましたが違ってたんでしょうか。優しい人だったんだ」
「ジュニア塾生は皆、本当は優しい人だと言ってたがな」
「そうかも知れませんが、僕の知る坂田プロは厳しかったな。発する一言に鋭いものがありましたからネ」
「思い込みじゃないのか。ツアー参戦した後、然り気なくと思って過して来た身だ。そして今もその思いに変りなしだ。だから私はどこも変ってないと思っているが」
「イヤ、変られましたよ。優しくなられたのは確かです。本当に優しくなられた。第一、眼と眼許(めもと)が前より優しい。眼と眼許が優しくなれるって、そう簡単に出来る事じゃないでしょ?」
「お前、難しい男になったな。顔相、手相観るのが趣味なのか? 俺の知るお前は酒好き女好きの女房泣かせの男だったが」
「こうして久し振りに会ったんです。一つ質問いいですか?」
「今度は質問か。ただ、お前とゴルフ理論語るのは面倒だ。質問が質問を生み、30分の時間取られるのは間違いないからな」
「ゴルフ理論ではありません。坂田プロに理論語って貰うと段々と難しい理論になって行って、途中で理解出来なくなってしまいますからネ。レッスンと説教は3分。それ以上のレッスンと説教は無駄話と教えてくれたのは坂田プロですよ。この教えは名台詞でしたよ。確かに長いレッスンと説教、最後迄聞いてる人はいませんものネ。丁寧で長いレッスン受けても、その時に出来る事って一つか二つですし、長い説教は途中で他の事、考えてるか、聞いてる様で説教されてる事に興味を失くして他の事、考えてるかでしょ」
「その通りだ。スウィングを見て貰って次から次に指摘されても、その指摘に対応してたら5分前の指摘なんて忘れてしまうだろう。勿論、自分がやった事もな」
「だから名台詞なんですよ。それでお願いがあります。坂田プロの考えを聞きたいんです」
「何だ。コーヒー飲んでる私の邪魔する野郎の質問とは?」
「やっぱり坂田プロは優しくなってる。10年前であれば邪魔するなの一言で断られてました」
「その時は原稿書いた後の休息時だったんだろう。18ホールのゴルフも原稿書きも疲れるんだ。若い時の試合の18ホールは気持ちが疲れ、40歳過ぎると体の疲れも生じ、若い時の執筆は気持ちも体も疲れていたからな」
「今はどうです?」
「お前の質問を待ってる位の気の良さは持てる様にはなった。ただ、それだけだ」
「質問します。プロゴルファーにとって一番大切なものって何ですか?」

己への怒りを向上心に変える才能。


本稿、福岡けやき通りの15階居間のテーブルにて書いています。
今日10月27日。現在時午前11時55分。
昨日、JR博多駅近くのゲン歯科クリニックを1年半振りに訪れた。虫歯はなく、コロナ前は半年に1度の歯石と歯垢(しこう)除去の定期通いが1年半振りとなっただけの事であった。
10年近く、私の担当であった歯科衛生士の方が迎えてくれた。
「お久し振りです。お元気でしたか?」
「元気だ。何等変りなく過して来た。アンタも元気か?」
そして治療も終り、博多駅近くの日航ホテルのコーヒーショップでコーヒー飲んでる処へ、私の弟子を自認するハンディ6の60歳の男が現れた訳です。
職業は弁護士であり、民事ではなかなかの凄腕と聞いているが、ゴルフはグリーン周りの甘さが気になる男じゃあった。

「怒りだな。歴史を変え、新たな歴史を作って来たのは怒りだ。特に若い者の怒りは単純で、その力は老いたる者の想像を遥かに超える力を生んで来た」
奴はいつの間にか私の正面に座り、カプチーノを頼んでいた。
「若さは決断力を持つ。それが老いる程に決断の力は薄まり、判断の力を多く持つ様になる。何人であれ、怒りが行動を生んで来たのは確かだと思うがプロゴルフもそうだ」
「成程。今の言葉も坂田プロの言葉でしたよネ」
「私の言葉ではない。歴史が教えた教訓だ。そして、怒りを怒りのままにしちゃ怒りも硬化するが、怒り熱い内にどうすりゃ己のゴルフを変えて行く事出来るかを考えればいい」
「どの世界にも通用する話ですネ」
「その対応力持つ者は少ない失敗の経験で成功への道を見つける事が出来る。だから、どうして俺は同じ失敗するんだろうの反省と悔いの時間を持つ事は少ないと思う。そして30歳過ぎると怒りに穏やかさが混じる様になって行く。特に女性は順応力を男よりも強く持つから怒りの薄まるのは早い筈だ。30歳過ぎた女子プロで怒り持ち続けているのは上田桃子一人だと思うぞ。負けず嫌いと桃子の周りは言ってる様だが、桃子の負けず嫌いは坂田塾生であれば誰でも持てているレベルのものだった。桃子が他の塾生より抜きん出ていたのは己への怒りだったな。そしてその怒りを己を変える向上心に変えて来たのが上田桃子だ。それが桃子の才能だった」
「凄い人間ですか? 上田桃子ってプロは」
「ああ。並の人間ではないな。30歳過ぎての己への怒りだ。あと5年は優勝狙って行くゴルフ出来ると思うぞ」
「他にそんな人いますか?」
「いないだろう。皆、30歳過ぎると自分はどうして下手なんだとゆう己自身への怒りを薄めてしまうからな。テレビ観て感じる事だが、30歳過ぎた女子プロが諦観を漂わせた表情見せるのは淋しいものだ。もっと己への怒りを闘争心に変えてくれればいいと思うけどな。怒りを失くしちゃ駄目だ。プロゴルファー寿命はそこで終るからな」
「勝てなくなるとそうなるんですか?」
「なる。怒りを失くした者の声は低い。眼の力も穏やかだ。人様に優しくもなる。そう、今の私がそうだ。今、私は75歳を過ぎて76歳へ向う途中の人間だ。一人で過す時間が欲しい。邪魔せんでくれ」
「有難うございました。コーヒー代は払っておきます。コーヒー一杯でも坂田プロに御馳走するのが私の夢でしたから」
「だったらチーズケーキかモンブラン頼んでくれ」
「分りました。奥さんへの土産は要りませんか?」
「歯医者さん行った帰りに甘いもの土産にしちゃ変だろう。気持ちだけ戴いておくよ。じゃあまた会おう」
「やっぱり坂田プロは優しくなられた。皆みんなに伝えておきます。きっと食事やお茶の誘い増えると思いますが」
「面倒だ。伝えるな」
「分りました。それでは私だけに与えられた特権とゆう事で了承して下さい」

奴は出て行った。
洋菓子のチーズケーキとモンブランをウェイトレスの方が運んで来た。そしてコーヒーもだ。
10年前よりも気遣いの出来る男になったなと思った。
私は何も変っちゃあいない。少し優しくなっただけか。
それも周りが言ってるだけで、私が自覚している訳じゃないが、然り気なく過しています。
チーズケーキはホテルのコーヒーショップで食べ、モンブランは持って帰りました。
女房殿が箱を開けて叫んだ。
「嬉しい! 私の好物、憶えてくれてたんだ‼」
イヤ、余り物だ、とは言わなかった。言えば私はこの年でバカの付く正直者になってしまうじゃないか。
然り気なく過す日々、今日も晴れたる一日。
福岡の現在の気温20度。
秋、真っ只中。灰色の浮き雲、横に長く漂う午後1時5分。
飛行機1機、南へ向って飛び立って行った。

坂田信弘

昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格

週刊ゴルフダイジェスト2022年11月15日号より