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【ゴルフ野性塾】Vol.1731「塾生のスウィングを忘れる事はない」

KEYWORD 坂田信弘

古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。

記憶なんてシャボン玉だ。

過ぎし日の事は忘れる。
でも、この日は何があった、何があったと思えば、思い出す。それが30年前でも一週間前でもだ。
昨年は思い出すけど一年前を思い出すのは困難と言う人がいる。
私には分らない。
私は忘れる努力しないで忘れる事が出来る。
だから思い出す事も出来るのではないか、と思う。
塾生の名前も顔も覚えちゃいない。しかし、スウィングは全員のスウィング覚えている。
ゴルフを教えて来た、その日々の記憶である。
熊本で元塾生と会った。小学5年で入塾し、中学2年で退塾して行った子だった。その後、勉強へ進み、銀行へ就職した。
お前、こんなスウィングしていたな、と言って真似して見せた。
「ワ~塾長!! イヤだァ! 私、そんなオーバースウィングしてましたか!! してない、してない! もっと左腕の伸びたスウィングしてましたよ!」
「じゃあ振ってみろ」
元塾生は振った。
やっぱし左腕は曲っていた。
一緒にいた子がスウィングを携帯で撮った。
元塾生は叫んだ。
「ショック! 絶望! オーバースウィングだァ!」
元塾生から声かけられる事がときどきある。
スウィングさせりゃすぐに分る。
20年はアッとゆう間に過ぎた。これから先はもっと早いと思う。

一対一が必要。
相手の眼を見て話せ。

これまで結婚をあまり意識しないまま女性と付き合い、気が付けば40歳を過ぎていました。勝手気ままな実家暮らしで、衣食住に不自由ないのが原因だ、と友人はいいますが、ここ5年ほどは彼女もなく、最近、もう結婚できないような気がしてきました。出会いを求めて、街コンにも参加してみましたが、うまくいきません。このまま婚活を続けるべきか、ひとりで生きる道を模索すべきか、塾長、どう思いますか。(福岡県・匿名希望・44歳)


私と女房、宣子との出会いは名古屋は東進町の中部日本放送本社ビル正面玄関でのスレ違いであった。
女房はビルから外へ出る時であり、私はCBC事業部へ挨拶に行くが為、入館する時だった。
宣子は新入社員として事業部に配属されたばかりの時であり、私は愛知県豊田市貞宝町の貞宝CC18ホールコース外の3ホールを借りて、CBC事業部が行なっていたゴルフスクール運営を手伝ってくれとの依頼をCBC事業部から受け、一度位、名古屋に出てみるかと思ってCBCに出向いた時の出会いだった。
その3ホールはフラットな180ヤード、打ち下し120ヤード、打ち上げ110ヤードの難度の高いホールだった。
野球の権藤博さんも杉浦忠さんも練習に来ていた。
私も練習した。
バンカーは各ホール2つあり、グリーン周辺の芝目は強く、傾斜のある本コースと同等の難度を持っていた。
貞宝の3ホールが私にアプローチ技術を与えてくれたは確かである。
その3ホールは男子寮のすぐ前にあり、夜も練習出来た。
今想う。
貞宝でプロになれなかったらどこのコースにいても私はプロテストには通らなかった、と。鹿沼にいてもテストには通らなかった。
鹿沼に一年いて、鹿沼から貞宝に修行に行き、貞宝所属時にテストに通って鹿沼に戻ったが、私のコース観は鹿沼と貞宝と周防灘とスコットランドのプレストウィックから戴いたものと思っている。私のゴルフの故郷は4つのコースである。

貞宝の3ホールを3回回り、3アンダー出せた時、小さな自信が生まれた。
風、吹いている時の打ち下しは難しい。
打ち上げよりも遥かに難しい。
風、強く吹く日、私は打ち下しのホールばかり回った。
上体で抑えるのではなく、下半身、特に太腿で抑える打ち方を覚えた。
コースはフラットか、打ち上げか、打ち下しの3つしかない。
貞宝に行って私は打ち下しでバーディ取れるゴルフを覚えた。
東名CCの研修会でパープレーで回れた。

小さな自信が幾つか生まれ、それらがくっつき、大きな自信となった。あとはプロテスト合格迄、一直線であった。
事業部のCBCゴルフスクール担当の方に問うた。
「背の高い女性がCBCにいませんか」と。「若い人です。髪の長い人です」
「そりゃここの岡部宣子だ。入って来たばかりだ。それがどうした。気に入ったのか」
「ハイ」
「若い奴は単純でいい。単純なのが一番だ」
私はその方に交際を頼み込んだ。宣子は6カ月、断わり続けた。私は押し続けた。そして、食事の機会が訪れた。今池のラーメン店で会った。
私と女房の最初の食事は味噌ラーメンと餃子だった。
3カ月後、「プロテスト通ったら結婚してくれ」と頼んだ。
「待ってます」と宣子は言った。
すぐテストに通った。
そして結婚した。

街コンは集団見合いだろうが、私に見合いの経験はない。
うつむいて話したって気持ちは伝わり難いものだ。
相手の眼を見て話せば伝わる。
一対一だ。
年齢は関係ない。生活環境の違いもだ。この女、俺の女にすると決めればよい。そこから先は一直線。

凄く内気の男がいた。
内気でも男は男、惚れた女性が出来た。しかし、何も言えない。私に相談して来た。
私はその男を強引に連れて行った。女性に言った。
「この男の代弁者だ。アンタに惚れている。だが羞恥心が強くって何も言えない。自分の口で何も言えん無礼、許してくれ。ただ、アンタへの想いは一途だ。それは俺が保証する。一度でいいから一緒に飯食ってくれんか」
彼女は最初は真剣だった。
途中、微笑み出した。
「私、結婚して子供2人いますけど、それでもよろしいのですか」
瞬間、この馬鹿たれがッ、と男を怒鳴り上げた。
「私ってそんなに若く見えるんですか。だとしたら嬉しいな」
男、28歳。日本料理店の3番手板前だった。
女性は料理店近くのコーヒー店の店長さんだった。
見た処、女性の年齢は30歳前後と思えたが、年齢、教えてはくれなかった。
「魚と野菜と肉ばかり見てるから何も見えん様になるんだ。少しは街を歩け。俺は恥かいた。もうお前の相談は受けん。一人でやれ。結婚したければ見合いせい。店の方に頼めば見合いの相手、見つけてくれる。俺は勘弁だ」
遠くはあるが親戚の男でありました。

眼を見て話しゃいい。
遠くから見てるだけじゃ顔の皺も作りも趣味も分らないだろう。眼を見て話せる距離迄、近付かなきゃ男と女の交際、始まりゃしないと思う。
我が家の44歳の独身貴族、長男雅樹はすぐに近付く。
目ん玉どころか、鼻の頭が見難くなる近さまでアッとゆう間に近付く。
女房が言った。どこかで育て方、間違えた、と。
人、それぞれの人生と思う。
44歳は若い。焦らずに日々を過して行けばいい。
己の年齢を若いと思うか、年取ったと思うかで言う事、やる事、想う事、友達との付き合い様は変る筈。

坂田信弘

昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格

週刊ゴルフダイジェスト2021年5月10・17日合併号より