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【名手の名言】ビリー・キャスパー「ゴルフは“次のショットのためにどうするか”を考えるゲーム」

レジェンドと呼ばれるゴルフの名手たちは、その言葉にも重みがある。ゴルフに限らず、仕事や人生におけるヒントが詰まった「名手の名言」。今回はアーノルド・パーマー、ジャック・ニクラス、ゲーリー・プレーヤーら“ビッグスリー”と渡り合った実力者、ビリー・キャスパーの言葉を2つご紹介!

PGAツアーで通算51勝、マスターズも制した実力者


ゴルフは
“次のショットのためにどうするか”
を考えるゲームである

ビリー・キャスパー


キャスパーは、パーマー、ニクラス、プレーヤーのビッグスリーに対して、ビッグワンと呼ばれた実力者。

堅実、緻密なゲームの組み立てには確かな知性が感じられた。

パットの名手といわれたのも、やさしいパットラインを残すように打つ“前のショット”の緻密な計算があったからこそ。年間平均ストローク1位に与えられるプロゴルファー最高の栄誉、バードントロフィを5回獲得しているのも、冒頭に掲げた言葉通りのゴルフをしたという証左であろう。

ビリヤードの名手であったということからも、彼の緻密なゲームプランナーぶりが窺える。

スウィングもスムーズで、インパクトからフォロースルーにかけて右足が左足に擦り寄る動作も、ウェートシフトを合理的に実現させる独自の方法であった。

敬虔なモルモン教徒としても知られ、何人もの養子をとって育てたり、ジュニアゴルフ普及と社会貢献に余念がない。

そんな殊勝なプロゴルファーだったからこそ、一層の重みを持つ言葉である。


向こうがビッグスリーなら、おれはビッグワンだ

ビリー・キャスパー


キャスパーは1966年、全米オープン(オリンピックCレイクC)を制覇。同大会は1959年(ウィングドフットGCウエストC)に続き2度目の勝利だった。

このときの勝ち方が劇的だった。3日目まで当時のヒーロー、アーノルド・パーマーに遅れること7打。それを最終日にタイに持ち込み、勝負は翌日18ホールのプレーオフへ。そこでもバック9で2打差を逆転しての劇的勝利だった。

パーマーといえば、その時代、ジャック・ニクラス、ゲーリー・プレーヤーともに「ビッグスリー」と称された国民的英雄。全米中を熱くしており、アーニーズアーミーと呼ばれる追っかけファンを大挙引き連れていたのだ。

そのパーマーに、太鼓腹のおっちゃん然としたキャスパーが2度の逆転劇を食らわせたのである。だが、マスコミは敗れたパーマーを主役にする。

そんな風潮にキャスパーは表題の言葉で皮肉ったのである。 そのキャスパーは2015年2月に永眠。ニクラスは「ビルはもっと評価されてしかるべき。彼ほどの信頼を私はまだ得ていない」と悼んだ。

■ビリー・キャスパー(1931~2015年)

13歳でHC24の少年が、ノートルダム大学を経てプロ入りし、ツアー参加するまでわずか10年。天与の才があったのだろう。レギュラーツアーで51勝。メジャータイトルは1959、66年全米オープン、1970年マスターズと3勝。バードントロフィ5回受賞。1978年ゴルフ殿堂入り。パットの名手ともいわれたが、ビリヤードの名手としても有名だった。また敬虔なモルモン教徒として数々の社会貢献もつくした。家庭を大事にして6人の養子を含む11人の子供をもち71人の孫、ひ孫に囲まれて余生を送った。

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