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日本で初めて海外遠征したプロは誰? 1929年ハワイアンオープンに出場した2人とは

ハワイのカポレイGCで開催された米女子ツアー、ロッテ選手権。日本からは渋野日向子、笹生優花らが参戦したが、日本人で初めて海を渡ったプロゴルファーは、日本ゴルフ史の草創期を代表する2人だった。

第2回ハワイアンオープンに参加した安田幸吉(前列左から3人目)と宮本留吉(後列左から4人目)

日本のゴルフと縁が深いハワイ

1920年、舞子CCの設立とともに日本初のプロゴルファーとなった福井覚治。6年後には第1回日本プロが開催され、福井のほかに茨木から宮本留吉、甲南の越道政吉、鳴尾は村上伝二の関西勢4人と、関東から遠征してきた東京の安田幸吉、根岸の関一雄という6人のプロゴルファーが参加し、日本ゴルフのプロ時代が幕を明けた。

1929年に日本ゴルフ協会の招待でハワイのアマチームが来日し、日本初となる国際対抗試合が開かれ、日本アマにも出場した。すると団長でキャプテンのハワイ上院議員フランシス・ブラウンが優勝し、その返礼として、前年から始まったハワイアンオープンに日本選手を招待。そのメンバーに選ばれたのが27歳の宮本留吉と24歳の安田幸吉だった。

一行は11月の初めに航路でハワイへ渡ると、安田は初日、2日目を「78」「73」で予選通過。かたや宮本は2日目を「71」とアンダーで回り3位で終えると、36ホールで行われた最終日は、のちにマスターズを制するふたり、ホートン・スミスとクレイグ・ウッドと最終組を回った。あいにくの悪天候で「78」「82」と崩れ13位、安田は17位に終わったが、笑顔を絶やさずプレーする小柄な日本人の姿に地元のギャラリーからは温かい拍手が送られた。彼らは11月26日にホノルル港から大洋丸に乗って帰路についたが、宮本は現地新聞「日布時事」の取材に、来年は浅見緑蔵と3人で米国本土に遠征すると語る。実際には1年遅れたが、1931年暮れから32年にかけて3人で渡米し、初の米本土遠征を成し遂げた。

ハワイアンオープンは1965年からPGAツアーになり、1983年には青木功が優勝。1999年からは現在と同じ名称、ソニーオープン・イン・ハワイとなっている。

ハワイ遠征の2人に浅見緑蔵を加えた3人は2年後に米本土に遠征。その後、宮本はひとり英国に渡り、1932年の全英オープンに出場。これが日本人の初メジャー出場だった

週刊ゴルフダイジェスト2021年4月27日号より