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【ゴルフ野性塾】Vol.1821「説教とゴルフレッスンは3分迄」

KEYWORD 坂田信弘

古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。

前回のお話はこちら

坂田塾長が体調不良のため執筆できず、今回は2019年のゴルフ野性塾を再掲載します。

福岡では
晴れの日が続く。

窓の外は闇。そして今日も晴れの一日か。
午前3時過ぎから原稿書く様になって来た。
私の場合、緊張を覚えないのは深夜か早朝なれど、午前3時は深夜とも言えるし、早朝とも言える時間であろう。
どこにいても3時になると眼が覚める。そして、書き始める。
昼間に書く事はなくなりました。
緊張しているとペン先は重い。
緊張していると書き損じは出る。漫画原作、ゴルフ理論、エッセイ総てに於てだ。
原稿用紙20枚書いて3枚の書き損じが生じる。
3時過ぎてペンを持つ様になって書き損じの原稿用紙は減った。20枚書いて1枚出るかどうかだ。
肩や腕先に力が入らないから疲れも生じない。

ゴルフクラブ持てばやはり緊張する。
人様の前に出ても緊張する。
女房殿に「アナタ、お話があります」と言われればやはり緊張する。
街中を歩いても緊張している。
今、この時間に緊張はない。
原稿用紙とフェルトペンと修正液と辞書は私の友になって来た。
現在時午前4時39分。
これよりファックス送稿します。

悔いなし。雑草として生きるのみ。

ゴルフ野性塾を愛読し続けて30年、塾長の言葉の強さを覚える65歳のゴルファーです。塾長はこれまでさまざまな相談を受けてきたと思いますが、塾長のゴルフ観、人生観、価値観について興味があります。お答えください。(東京都・匿名希望・65歳・ゴルフ歴36年・HC15)

振り返れば、相談持ち込むよりは持ち込まれる事の方が多かった。昔も今もだ。
若い時の相談に利害関係、多く含まれる事はなかったと記憶する。多くは進路であり、交友関係であり、不幸不満のボヤキ先が我が身になっていた。
聞いた。
聞いて一言の所感を述べた。
二言の所感だと結論は出難くなる。相談して来る人は結論を求めての相談であったが故に一言の所感が必要だった。

昔も今も私は思う。
説教と相談事の返事とゴルフレッスンは3分迄と。
説教10分も聞かされたんじゃ聞いてる方の耳は通り抜けの耳になってしまう。
その説教はやってる側の自己満足になって行こう。
説教が演説になってはいけない。でも演説説教したがる方は多い。
良い説教は価値を落とす。
勿体なき事、限りなしである。
相談事もそうだ。
相談して来た人以上の時間で語り過ぎると何の相談であったのか、分らなくなってしまう事もあるだろう。
相談して来た人に残るは、相談して失敗したの気持ちだけだ。

レッスン然り。
3カ所、4カ所の欠点を指摘し、その手段を教えたとて一気に出来るもんじゃあない。
そして、その指摘は残りても修正手段は記憶に残らぬものとなっている。
一カ所の指摘でいい。
3分間だ。
それ以上は無駄話の領域、作るだけ。レッスンする側、受ける側の快感、生むだけの事。
安物買いの銭失いとなって行くだけ。
ゴルフ上達に於て必要なのは、1個3万円のバッグ10個買って数持ちの満足に浸るか、1個30万円のブランドバッグ買ってその1個を大切に使い続けて行くかの選択と思うが、私であれば数持ちのバッグは買わない。
1時間の個人レッスン受けて格段の上達経験された方、幾人おられるであろうか。
そう多くはおられぬ筈だ。

一点指摘、一点修正、一点への拘り、一点への挑戦が強き変化を生むし、変化の先の進化ありと思う。
長きレッスンは惰性と妥協、そしてレッスン受けて上手くなっているとの自己満足生じているだけの様な気はするのです。
何故ならば週に一度の長きレッスン受けて上手くなっていった人の話、どこからも聞いた事がないからだ。
一言の力は強い。
多弁の力は弱い。
それが説教と相談とレッスンに通用する力の存在ではないかと思う。

私の研修生歴は3年と11カ月、プロ歴は43年になるが、レッスンでお金を戴いた事は一度もない。一度もだ。
ツアープロの誇りがあった。
物書きの誇りはないが、昭和59年から書いて来た34年の物書き稼業の日々の中にもツアープロの誇りは持ち続けた。
ゴルフダイジェスト社が作ったレッスン・オブ・ザ・イヤーの受賞打診を受けた。
断った。
断り続けている内に打診、来なくなった。
受賞者の中に、私の名はありません。私はレッスン界の人間ではないとの自負は持つ。
週刊誌、新聞で理論を書き、テレビやレッスンビデオで語って来た。実践方法もだ。
原稿料も出演料も貰う。
レッスンフィは貰わぬのに、矛盾ではないかの指摘もあろう。
でも矛盾の中で生きて来た身であり、矛盾を矛盾と思わぬ図々しさ持つのが坂田のおっちゃんである。

私の父は教えた。
成功するか、失敗するかは運と能力と努力次第なれど、成功した時は3分の1で生きて行けと。
3分の1を国に戻し、3分の1を世間に戻し、3分の1を己のものとせよと教えた。
全部を自分のものにしようとすると足首が埋って身動き出来ん様になるぞと教えた。
私の71年、成功ではない。
収入は成功の類いに入るかも知れないが、やって来た事は成功ではなかった。
ツアーの成功目指したが三流半のプロで終りそうだし、指導者になれず、なる気もなく、平々凡々、然り気なく、気持ちの赴くままに過して来たプロゴルファー生活である。
悔いはなくなった。
反省もなしだ。

今は人それぞれの生き様、許される日本の国の人間として生れて来た幸せ、覚えるばかりである。
海外に出れば分る、日本人がどれ程の幸せな民族であるかが。
これ迄、己の身の丈だけは忘れまいとして来た。
身の丈、忘れると無理が生じる。
高校生になった塾生に教えた。
若い時の己の身の丈は世間が教えてくれるから何事も一生懸命やり続けて行けばよい、と。
丈が伸びるも伸びるまいも己次第と教えた。
だが40歳過ぎた時から己の身の丈は己で知るが己の責任と教えた。

人、誰もが雑草の力を持ち、雑草の如く生きていると思うが、徒然の雑草なのか、固着の雑草であるのかも人それぞれと思う。
私は徒然の雑草でありたい。
固着の雑草は根が強い。
徒然の雑草は茎強しだ。
やっぱし、人それぞれが面白い。
貴兄の質問には我が身を振り返らせる充分過ぎる程の力を感じました。
感謝しています。

この30年を振り返れば、やれるスポーツは増えた。
見るスポーツも増えた。
ただ、若い人の数は減っている。
増えて減れば幾つかの競技の衰退は始まる。下手すりゃ全部の衰退が始まるだろう。
これからは人が持つ興味の分捕り合戦の時代が来ると思う。
今の私に出来る事はあるのか。考える時間はあります。

坂田信弘

昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格

週刊ゴルフダイジェスト2024年3月26日号より

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