【ゴルフ野性塾】Vol.1803「ゴルフの調子と秋の空」
古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。
私は
小さい頃から
好き嫌いを持たぬ子だったと聞く。
「信弘は育て易い子だった。共働きの夫婦には手の掛からない子が一番の親孝行、家族孝行だものネ。信弘には食べ物への好き嫌いもないし、自分の思い通りに行かなくても信弘から不平不満も聞いた事はなかった。幼いながらも我慢知ってる子だったよ」
母の妹、緑おばさんが私の前で言った言葉である。
私が小学4年生の時と記憶する。
丁度、今の時期、小さな蜜柑が出回り始めていた時だった。
緑おばさんの家に行けば、座卓の上に型も色も悪く小粒ではあるが蜜柑が置いてあった。
どこかの爺様か婆様が夜なべ仕事で作ったのか、細切りの竹も型も不揃いな竹籠の中に山盛りの蜜柑が入っていた。
「食べろ、信弘。蜜柑、大好きだろ。貰い物だからおいしくはないけど食べてみればやっぱり蜜柑だ。お前の父チャンも母チャンも柿と蜜柑が大好きだもんネ。全部食べてもいいよ」
私は食べた。
「蜜柑食べて背が伸びるとは思わないけど勉強出来る子にはなると思うよ。将来、信弘が賢い子に育ったら蜜柑のせいかも知れないな。早生は何でも型はいびつだ。後になる程に型も味も大きさも整って来るけど、早生には早生の役割があるんだ。個性は早生から生れるとゆうのが爺様の口癖だったけど、間違っちゃあいないとゆう気はするネ。いい季節が来た。早生(わせ)蜜柑の季節だ」
緑おばちゃんはお茶好きだった。
蜜柑ジュース飲みたいと思った事、幾度もあったが、言う事出来ず、緑おばちゃんが淹れてくれた番茶を飲んだ。
濃かった。
我慢して飲んだ。
「信弘はお茶も好きなんだネ。この濃さのお茶を平気で飲めるなんてお茶好きでなければ飲めないものだ。将来、爺様になった信弘がお茶を飲んでる姿を想像すると嬉しくなるね。お前の父チャンと母チャンに言ってやろう」
蜜柑は好きだった。
勿論、早生よりも早生の後から出て来る蜜柑の方が好きだったが、蜜柑は蜜柑だった
日替りゴルフの解決法は存在する。
昨日10月18日、水曜日。
午後2時30分過ぎた時、福岡赤坂の15階マンションを出て大濠公園へ向った。
福岡護国神社前のバス停、石造りのベンチに80歳前と思われる女性一人座っておられた。
横に置いてあったビニール袋の中は蜜柑だった。
緑色も黄色も混じる小さな早生蜜柑だった。
眼が合った。
私は会釈した。
女性、ビニール袋の中に両手を入れて「食べますか?」と問うて来た。
3つの蜜柑が握られていた。
遠慮する雰囲気ではなかった。
私は微笑んだ。
「いよいよ蜜柑の季節始まりましたか。戴きます」
私は石のベンチに座った。
「バスが来る迄、まだ時間あるのでネ。付き合って下さいな」
白髪の年齢の筈なのに髪は黒々としていた。
化粧もされていた。ただし、薄化粧じゃあったが。
私は皮を剥き、丸ごと口に入れた。
70年前、私が6歳の時、父が教えてくれた早生蜜柑の食べ方だった。
父の食べ方は恰好良かった。
豪快だった。
父は教えた。
「男の食べ方を3つ覚えておけ。それで男になれる時が来る。女性は女性の食べ方5つ。男より2つ多いが、それが男と女の違いだ」
父は和菓子職人だった。
その父が最初に教えてくれたのが丸ごと口の中に放り込む蜜柑の食べ方だった。
2つ目は人様の家で御馳走になるぜんざいの食べ方。
3つ目はステーキの食べ方だった。
ぜんざいは最初の一口を口に入れた後、眼を閉じて顔を上に向け、最初の一口を食べ終った後、上手いと呟けばいい、と教えた。
熊本では自宅手作りのぜんざいが歓待の食べ物だった。
ステーキは肉の真ん中にナイフを入れる。
それで焼き具合が分り、どう食べていいのかを決める事も出来ると教えた。
肉だけを食べるのか、タレ付けして食べるのか、それを決めるのは肉の真ん中にナイフを入れた後だ、と。
簡単な教えだったが、今もその教えは守っている。
7日前、娘寛子と寛子の子供2人が赤坂の15階に遊びに来た。
早生蜜柑がテーブルの上に置いてあった。
私がスーパーから買って来たものだった。
蜜柑入れてあるのはタイのバンコックで買った手作りの伝統工芸、竹細工作品。
少し値高と思ったが、色と型に魅かれて買ったものだ。
寛子と高校1年の娘と小学4年の息子、同じ食べ方をした。
丸ごと皮を剥き、丸ごと口の中に放り込んだ。
驚いた。
熊本の男衆の食べ方だった。
女性の食べ方ではなかった。
女房を見た。
女房、然り気ない表情で呟いた。
「子供は見て覚え、見て育ち、大人になって行くものです。私も今は丸ごとパクッです。簡単、手間掛からずで有難いわ。上品、豪快、男と女、それぞれあろうけど、簡単なものって残るんでしょうネ」
バスが来た。
女性は早生蜜柑1つ食べ、私は貰った蜜柑3つ、全部食べた。
女性は皮を丁寧に剥き、一房ずつ丁寧に食べておられた。
私は蜜柑の皮をポケットに入れた。女性は皮をティッシュに包み、バッグの中に収われた。
女性はバスに乗り、私は大濠公園内のスターバックスへと向った。
18人衆が待つ集いの時に7分遅れた。
「今日のコーヒー代は私が払う。遅れたペナルティだ」
「先週、御馳走になってます」
「ペナルティはペナルティだ。今日は質問を受ける。遠慮するな。滅多にない事だ。聞きたい事あれば答える」
皆、顔の向きはそれぞれ異なるが考え込んでいた。
一人の男、挨拶するだけの寡黙な男が手を上げた。
「私でよろしいでしょうか?」
「聞こう」
「プロの試合、昨日いいスコアなのに、今日悪いスコアになってしまう日があると思います。先週いいスコアだったのに、今週悪いスコアの時もあると思います。あるいは2週、3週と続けて優勝出来る時もありましょう。私にも夜の練習場、昨日はミスショット、頻繁には出なかったのに今日はミスの連続とゆう時が、あります。昨日はハンディ18のゴルフ、今日はハンディ30のゴルフです。どうしてでしょうか? 解決手段はありませんか?」
早生蜜柑が運んで来た質問だった。
答えは簡単な方がいいと思った。
以下、次週稿。
坂田信弘
昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格
週刊ゴルフダイジェスト2023年11月7日号より
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