【岡本綾子 ゴルフの、ほんとう】Vol.773「“ゴルフは孤独なスポーツ”といわれる理由」
米国人以外で初めて米女子ツアーの賞金女王となった日本女子ゴルフのレジェンド・岡本綾子が、読者からの質問に対して自身の経験をもとに答えていく。
TEXT/M.Matsumoto
先日優勝した申ジエ選手が、プレーオフで下した岩井明愛選手の健闘を称えて「ゴルフは孤独なスポーツで寂しいと感じることもあるけど、私も同じ道にいるよと伝えたい」と激励していたのが印象的でした。岡本さんも同じ思いでしょうか?(匿名希望・52歳・HC9)
先月開催されたアース・モンダミンカップで、申ジエ選手が今季2勝目を挙げベテランの存在感を見せました。
そして、戦いを終えたあと、申ジエさんが岩井明愛選手に向けて語った言葉は確かに印象深いものでした。
「ゴルフは1人でするスポーツなので、時には寂しい時もあります。ファンやスポンサーなど周りに人は多くいても、プレー中はたった1人。選択する責任は自分だけにあり、孤独なスポーツという側面もありますが、私はその道の少し先を歩いているので、そこに私もいるよ、と伝えたいですね。また一緒にプレーしたいです」
厳しい世界で戦うアスリートだからこそ通じ合う思いやりが伝わりました。
勝負を争うスポーツはみな同じなのかもしれませんが、チームメイトとの連携や結束もなく、自己申告、自己責任のゴルフは、孤独感が際立っているようにも思えます。
メンタルスポーツと呼ばれるのも、そういう特質とも関係がないとはいえないでしょう。
ただ、ゴルフは孤独だといっても、ゴルファーによって受け取り方はさまざまでしょう。
スポーツの特質として孤独だということのみならず、申ジエさんが言いたかったのはもう一つあったのではないかと思うのです。
それは「トップに立つことの孤独」についてです。
プレー中に犯してしまうミスは誰のせいにもできません。
すべては自分のせいで自分の責任ですから、たとえキャディが判断を誤ったとしても失敗の結果は自分が受けとめる以外にありません。
プレーヤーは孤立無援、孤独そのものです。
厳しいようですがミスはミス。
重要なのはミスを繰り返さない、同じ失敗はしないと学ぶことです。
そのために練習を積む、工夫する、頭を使って努力し、やるべきことをやるのみです。
しかし、自分ではどうにも対応できないことが現れることがあります。
アスリートとしての成績を出して注目され、そのパフォーマンスや能力が評価されることによって、身の回りの環境が変わってしまうことです。
自分に対する待遇や報酬が激変し、周囲からの視線が一変。
良くも悪くも特別扱いを受けることになるのです。
チヤホヤされて気分がいい、などといった生易しいものではありません。
いつも注目されているという空気が続くと、何かあれば足をすくわれる状態でいることを意味していることに気づきます。
その感覚は誰とも共有できず、それがトップに立つ者が背負う孤独感を作り出すのです。
そして実際に、さまざまな誹謗中傷や噂など個人攻撃に見舞われるようになり、さまざまな報道や記事の洗礼を浴びることにもなります。
世の中では有名税などと簡単に言いますが、本人にしてみれば迷惑でしかありません。
今の時代、コンプライアンス意識が浸透して、報道の暴走は薄れましたが、代わりに悪意あるSNSが拡散するという深刻な事態も生まれています。
どんなジャンルであれ、トップに立つ者に課せられた負担は過酷です。
米ツアー賞金女王、世界ランク1位を経験した申ジエさんであれば、トップの孤独を知っているからこそ、後輩への声掛けが温かく伝わってきます。
かつて、わたし自身も孤独で苦しい立場に追い込まれたこともありました。
自分としてはただ、可能性を追い求めてアメリカでプレーがしてみたい、その思いだけで努力してきましたが、その行動がマスコミから「日本を捨てた」と書き立てられ、わがままだと批判されもしました。
当然、そんなことを言われたら落ち込みますし悲しくもなります。
そのとき、優しく話しかけ自信を取り戻させてくれたのは、ナンシー・ロペスさんでした。
彼女はわたしより年下ですが、わたしが米ツアーに参戦し始めた1980年代当初、すでに実績あるスーパースターとして君臨していました。
ある試合のスタート前のパッティンググリーンで、立ち話ながら彼女はわたしにこう言うのです。
「アヤコ、あなたはよくやってるわ、ほんとうよ。今は力が出せないように思うかもしれないけど、まだまだがんばれるし、それはあなた自身が知ってるはずよ」
英語は得意じゃないけど、そう言ってくれているのがわかったのです。
先輩に話を聞いてもらうことがどんなに力になるか──わたしのケースとは事情が違いますが、岩井さんの活躍を見て環境の変化が心配になってきてしまった申ジエさんも、きっとそのことを伝えたかったのだと思います。
「トップに立ち続けるには、技術はもちろん、精神的な向上も必要なのです」(PHOTO by Ayako Okamoto)
週刊ゴルフダイジェスト2023年7月18日号より
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