【ゴルフ野性塾】Vol.1744「自分一人の時間、過去を振り返る」
古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。
不穏な雰囲気が
漂い始めている。
昨日7月27日、街を歩いた。
久し振りの福岡市中央区赤坂15階からの外出だった。
暑い昼下り、歩く人のスピードが速かった。随分と速く歩いているなと思った。
暑い最中、そんなに速く歩かなきゃなんない理由は何か、といささかの疑問を持った。
若い人も年輩の人も速足で歩いていた。姿勢が良ければ速く歩けるものだ。上体の前傾が生じた腰の引けた歩きだと速くは歩けないだろう。皆、姿勢が良くなったのかと思った。
街の暑さ、コロナへの感染拡大が姿勢を良くしているのであろうか。
街の雰囲気、不穏と思った。
速く歩けば会話は出来ない。
一人歩きの人が多かった。
会話もなく、笑顔もない街になっていると感じた。
コロナ前、東京の私の宿泊は新橋の第一ホテル東京だった。
会話少なき街だった。
急ぐ人が多かった。
速く歩く人ばかりだった。
今、福岡の中心地も新橋に似て来た。1200万人の都会新橋と170万人の福岡が同じ歩きのスピードになっているのか。
2020年の2月下旬から今日迄、籠り生活を続けているが、久し振りの街歩き、雰囲気の変化を感じた。
女房と歩いた。
皆、私達を追い抜いて行った。
私達に追い抜かれた人は一人もいなかった。
女房は日傘を差していた。コーヒー店に入った。アイスコーヒーを飲んだ。疲れを覚えた。
飲んだら帰るかと言った。
そうですネ、帰りましょ、と女房が言った。
欲しい物があり、その品を探して街に出たが、暑さと街の雰囲気の不穏さに疲れた。
行きも帰りもタクシーを使った。
「忙しい街になりましたネ」と運転手さんに声を掛けた。
「私達は暇ですよ。涼しくなれば人の出も多くなりますが、今の時間は暇ですな」
運転席左の備え付けの時計を見た。午後の1時を15分過ぎていた。
「そうか。暑い時は暇なんだ。でも天神の人通りは元気でしたよ」
「そりゃ福岡の中心地ですからネ。県内県外、人は集まりますよ。でも昨日も今日も暇ですな」
赤坂に着いた。
「ここだけですよ。道路の上空が街路樹に隠されているのは。街路樹のでかい綺麗な街じゃないですか。店構えも上品だし、住んでる人も上品なのかな」
「そりゃない。若い人も年輩の人も住む街だけど上品じゃないな。ただ、美容院の数は九州一と聞いてますけどネ」
「やっぱり上品な人が多いんだ。身辺小綺麗ならば日々の生活、上品と言うじゃありませんか」
女房を見た。
笑っていた。
「私も美容院行かなくちゃネ。でも行っても気付いてくれる御主人様じゃないし、お金も掛かるし、やっぱり月に一度で充分だわ。それに上品さとは縁遠き容姿だから変り様がないもんネ」
己をよく知る女房である。
タクシーを降りた。
己のペースで生きられるは幸せだ。
本稿、女房が読まなきゃ我が家も我が身辺も平和。
読まれたら締切りに追われて書いたの言い訳は通じない。
女房殿の機嫌、収まる迄、居間で大人しくしているだけだ。
「イヤ、お前も若い頃は美しかったよ」と言った事がある。
コロナ前の事だ。
神戸から帰って来た長男雅樹が私の耳許で囁ささやいた。
「親父、何やらかした? お母さんの機嫌悪いぜ」
事情を説明した。
「俺、悪い時に帰ったみたいだな。あと2、3日、神戸にいりゃ良かったよ」
「気にするな。時間が収めてくれる夫婦間のトラブルだ」
「うん。やっぱり結婚はせん方がいいな。俺、これからも独身で行くよ。結婚して幸せになった人、俺の周りには一人もいないしネ」
「二度はせんでいい。だが一度はやった方がいいと思うぞ。何事も経験だしな」
長男雅樹、44歳。
付き合っている女性はいるみたいだが、未だ独身である。
私は一言が多い。
そしてその一言の後のフォローが下手だ。
マンション前の蝉の鳴き声は凄まじかった。
けやきの樹に止って鳴く蝉である。
元気一杯の鳴き声だった。
私も元気だ。
しかし、蝉には負ける。
蝉の命は短いと聞く。
目一杯鳴いて身を大地に戻すのか。
我が身、目一杯の生き様はして来なかった。
適当、然り気なく、時に周りのペースで、時に己のペースで日々を過して来た。
女房と子供との生活、己のペースで生きられるは幸せだ。
私のゴルフの弟子に下半身節操なき不届き者は多いが、その中でも変態気味の者一人いる。
「お前は俺の奴隷だ。俺に逆らうな。俺が右と言えば右、左と言えば左がお前の歩む道だ。分ったか? 分ったら返事しろ」
女房に言った言葉ではない。
付き合い始めた女性のお腹の上で言った一言だった。
変態丸出しの一言に23歳年下の女性の返事は
「分ったわ。奴隷になりましょ。でもネ、今は21世紀。好き好んで爺様の奴隷になんかなりたくはないわ。お金頂戴」
「旅行に連れて行ってるじゃないか。それじゃ駄目なのか」
「駄目に決ってるじゃない。それにお金以外、貴男に何があるのよ。若さなし、献身力なし、会える時間は不定期。私はSuicaじゃないのよ。機器にかざすだけで開く駅改札口じゃありません」
一目惚れした女性だったと聞く。
その後、どうなったのかは知らない。聞かないし、奴も言っては来なかった。
女性の職業は看護婦さん。
バツイチの方だった。
清楚な雰囲気の人であり、微笑み浮かべて人の話を聞く方だった。
男だったら10人中9人が惚れる人だったと思う。
そして、我が弟子は行動した。
結婚してからの恋愛にはトラブルが多い。
コロナ禍、自分一人の時間はある筈だ。過去を振り返る人も多いだろう。
コロナ騒ぎ生じて2年と7カ月が過ぎた。
不穏さ強まり始めていると思う。
街歩く人の一歩の歩幅が伸びたのか、回転数が増したのか、私の様に歩道の真中をゆっくりと歩くは自転車にも速歩きの人にも迷惑がられる時の訪れか。
もう街を歩くのは止めた。
15階に籠ります。
蝉よ、今が最期の時ならばしっかりと鳴け。
邪魔はしない。
夏、過ぎるは9月の中間辺りの様な気はする。
盆過ぎれば秋の気配は何年前の話だったろうか。
今日も暑い。
東と南の入道雲が白さを強めて来た。
体調良好です。
それでは来週。
坂田信弘
昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格
週刊ゴルフダイジェスト2022年8月16日号より