葛西紀明×小林陵侑<前編>「タイミング」「メンタル」「風」スキージャンプとゴルフの共通点とは?
スキージャンプ界のレジェンド・葛西紀明と、北京五輪金メダルのエース・小林陵侑。2人の共通の趣味は、意外なことにゴルフ。なぜゴルフに惹かれたのか。ゴルフとスキージャンプの共通点は? 合宿中の2人を直撃した。
PHOTO/Shinji Osawa
――大のゴルフ好きという2人。この日も合宿の合間にラウンドに行っていたという。
GD ゴルフの魅力は何ですか?
葛西 僕の普段のスコアは80から85の間。18歳からゴルフをしているので、もう32年になります。
小林 僕のゴルフ歴は7年くらい。スコアは100くらいかな。ノリさん(葛西)が、僕が土屋ホームに入るときにクラブ一式をプレゼントしてくれたのがきっかけです。
葛西 もともとチーム内の男子にゴルフをする人は多い。いろいろな人とお付き合いもできるし、つながりもできるし、何より楽しいので、陵侑にも絶対にやらせたいと。フルセットを買い、強制的に入社祝いとしてプレゼントしました。
小林 嬉しかったですよ。興味はあったので。最初は教えてもらいました。一緒にうちっぱ(打ちっ放し)に行って。僕は小さい頃からいろいろなスポーツをしていましたが、ゴルフは難しい。真っすぐ飛ばない。
葛西 でも最初からきちんと当たってたよ。ゴルフって、教えても上手くできないのに陵侑はすぐにできた。対応能力が高い。ちなみに僕のベストスコアはだいぶ前に出した75。パープレーやアンダーで回ってもおかしくないと思うんですけど、なかなか出ない(笑)。得意クラブもドライバーって言いたいけど、曲がるから言えません。
小林 そうですね。
葛西 ゴルフのときは、ほぼ歩きます。カートに乗るとゴルフの調子も悪くなるし。結局、ゴルフはトレーニング的な意識なんですね。
小林 僕もだいたい歩きますね。
――ゴルフとジャンプには、意外にも共通点があるそうだ。
葛西 ただ飛ばそうとしても飛ばないし、力加減が大事。ジャンプの踏み切りと、ゴルフの切り返しからインパクトのタイミングも似ています。ひざがビュンと伸びたところではなく、少し曲がっているところで踏み切ると、いわゆる“芯をくった”感じになります。
小林 ああ、考えたことはなかったけど、確かにそういう感じはありますね。道具をどう使っていくかというところも通じると思います。だからやっぱり、道具にはこだわっちゃいます(笑)。
葛西 僕はあまり替えない。今のアイアンはピンG410で数年前から使ってる。でも最近、キャロウェイのドライバー仕入れたなあ。
小林 ははは。
葛西 メンタル的なものも通じるよね。たとえば短いバーディパットを外したり、緊張でダメになる感じはジャンプにもあります。
小林 確かに、メンタルは通じると思いますね。
葛西 緊張への対策でいうと、チームに脳のトレーナーがいて、皆で「脳トレ」を取り入れています。脳波を測って、今の自分の状態と照らし合わせていきます。
小林 いいパフォーマンスをしたときの脳波、ゾーン状態の脳波などを測る。コントロールをするのは難しいんですが、知っていると対応の幅が広がる。僕の場合は、脳波と自分の状態をカウンセリングで照らし合わせるだけです。
葛西 4、5年前から。他チームでは取り入れていないと思います。
小林 やっぱり変わりますよね。僕は取り組んでよかったです。
葛西 でも、確かにゴルフはメンタルのスポーツですが、ジャンプとはまた違います。ゴルフはプレー時間が長いので、一定のメンタルを保つ持続力が必要。スキージャンプは一瞬です。その一瞬にかける強いメンタルが必要。試合では2本しか飛べないですし。ゴルフはたとえOBを打ったとしても、またどこかでイーグルだって取れるかもしれない。でもジャンプは1本失敗したら終わり。メダルは取れません。
小林 (大きくうなずく)
葛西 ゴルフは1日何百球、何千球と練習できます。ジャンプは1日10本、頑張ってもせいぜい20本しか飛べない。1本1本時間がかかるし、自分のイメージどおりになるまでには相当な時間がかかる。1本にかける集中力で練習後はかなり疲れます。体ではなく頭が。
小林 めちゃくちゃ脳が疲れて「はあー」となりますね。
葛西 とくに強風のときなんかはすごく神経を使うし、飛び終わったら「疲れた~」って言いたくなる(笑)。体は疲れていないけど、頭のなかがもう。あ、でも全英オープンなんかも風はすごいですよね。どの競技でも風への対応は疲れるんですよ。
小林 そうですね。風は敵というか味方というか……。
葛西 ゴルフも30年やってきて難しいのは知っていますが、ジャンプのほうが難しいなって思います。自分の競技だからでしょうね。
小林 僕は、どっちもむずいと思います(笑)。
葛西’s Swing
「伸びきる直前が最もパワーを発揮できる」
小林’s Swing
「道具をどう使うか。ゴルフと通じます」
――日本中が感動した今年2月の北京冬季オリンピック。少し振り返ってもらおう。
小林 3週間くらい前からあまりいい試合が続いてなかったので、オリンピックで戻せてよかった。でも、地元の方ですが観客がいて嬉しかったです。ヨーロッパの試合では全部、観客は入れていたんですけど、やっぱり、観客がいないと何のために飛んでいるんだろうと思いますから。
葛西 確かに何も面白くない。歓声があってこそ。ゴルフの試合もそうですよね。
小林 練習してるのかなっていう感じになります。観客がいない時期はやっぱりつまらなかった。
葛西 でも目の前で金メダルを取ってくれて幸せだったよ。僕は今回のオリンピックで解説もしましたが、選手と違ってさすがに緊張はなくて、どうやって伝えたらいいのかなと。まずは記者さんたちの後ろにいって、どういうことを聞いているのか勉強したんです。
小林 へえ!
葛西 ありきたりな質問ではつまらないので、選手目線で、今の陵侑の気持ちを察して、こういうことを言うかなという質問をした。
小林 そうだったんですか。でも、ノリさんが来てくれたときは嬉しかったですねえ。金メダルは今、部屋にあります。旬なので、皆さんに見せて歩こうかなと。
葛西 僕のメダルは札幌の自宅の、その辺の引き出しにゴロンと入ってる(笑)。でも最初は持ち歩いていた。全国のお世話になっている方や応援団に見せたいですから。
――金メダルを手に取る小林選手と、隣で「スキー部(監督兼任)部長」の名刺を手に取る葛西選手。
GD 2人の今のモチベーションは?
小林 金メダルを取って、ほっとした感じです。今は次に向けてリセットするというか……でも、次の目標を見つけるのが大変だとは思いません。僕は飛ぶだけなので。モチベーションを維持するには、いろいろな人に会うことも大切だと考えています。
葛西 監督と選手の兼任は、最初は少し戸惑いましたが、今は合宿を組んだり、選手のスカウト、トレーニングメニューを考えたりします。やっぱり自分がやってきたトレーニング内容など、いろいろな部分で僕がアドバイスしたほうが皆が強くなるかなと考えると、僕が監督になって教えたほうがいいと思いますし、僕自身の勉強にもなると考えています。選手としての自分にも、選手をやめた後の指導者としての自分にも役立つ。
小林 今は、夏の合宿中。ワールドカップで世界転戦すると、年間で半年は海外に行き、2、3カ月は国内で合宿したり大会があったりするので、自宅にいるのは年間2、3カ月なんですよ。
葛西 毎年同じルーティンで動きます。冬は試合ばかりなので、今の時季は試合に向けての調整などをしますが、調子が悪い人は自分の課題を見つけてよくしていくためのトレーニングをしたり、調子のいい人はそれを維持するようなジャンプを作っていく形です。あとは「陸トレ」が一番大事。ウェイトはもちろん、体幹、ジャンプ系、瞬発系のトレーニング、走ったりもします。ジャンパーは、体重があったらダメ。細くて強い筋肉が必要。そういうトレーニングをしていきます。
ゴルフ界とスキー界
抱える問題は同じ? 2人の対談はまだまだ続く
- スキージャンプ界のレジェンド・葛西紀明と、北京五輪金メダルのエース・小林陵侑。ともにゴルフが趣味という2人の対談、後編では、まるで友達のような2人の関係性や今後の目標、スキーとゴルフ界の今とこれからについて語ってもらった! PHOTO/Shinji Osawa 葛西紀明(50歳・右)1972年生まれ、北海道出身。小3でジャンプを始め、数々の日本男子最年少記録を作る。92年ア……
週刊ゴルフダイジェスト2022年8月2日号より