「“強くなる”と決めた選手が強くなる」女子プロ最強軍団“チーム辻村”の強さの秘密<後編>
昨年から新たに2人の研修生が加わり、5人態勢となった「チーム辻村」。辻村はどんなことを重んじ、選手たちはそれぞれ何を考え、実践しているのか。さらに詳しく探っていく。
TEXT/Kenji Oba PHOTO/Tadashi Anezaki THANKS/光成ゴルフアリーナ
「目標は明確に」
「約束事はしっかり守る」
辻村明志がコーチ人生をスタートさせたのは上田の専属となった14年からだ。その前年、上田は8年間に渡る米ツアーから撤退、日本ツアーでもシード権喪失の危機に瀕していた。その最終戦のエリエールでバッグを担いだのが辻村だった。この試合で3位タイに食い込み、賞金ランク48位でシード権を獲得。試合中の的確なアドバイスで、上田は辻村に専属コーチを依頼したのだ。14年に上田は復活し2勝を挙げた。その高い指導力が評判となり、トーナメントの練習場では、多くの選手が辻村を囲むようになっていった。辻村は、
「選手の数を増やすつもりはありませんが、来る者は拒まず、去る者は追わず、の基本姿勢でやっています。合わなければ辞めていいし、まして目標を達成したら笑顔で卒業すればいい。ただし目標は明確にしてもらうし、そこにたどりつくために最初に決めた約束事はしっかり守ってもらいます」
これが辻村の唯一のチーム運営方針である。
「チームに入れば強くなるわけではありません。強くなると決めた選手が強くなるんです」とは、辻村の一貫した持論だ。
「チーム辻村」に加わった2人の研修生
来る者は拒まずで、昨年1月からチーム入りしたのが千田萌花だ。長野県出身の19歳。辻村に弟子入りしたくて、チームの本拠地である練習場に電話をかけまくった。押しかけること6回。「ほとんどストーカー状態でした」と笑う千田は、辻村が根負けする形で7回目でチーム入りを果たした。
「日本女子アマに出たことがないプロ志願の選手を指導するのは初めてです。正直、プロは無理だなと思いました。ところが昨年のプロテストで2回(20年度・21年度)とも最終まで進んだんです。その成長に驚きましたし、指導者としての自信も与えてくれました。目標はもちろん今年のプロテスト合格です」と辻村は目を輝かせる。
千田と同じ19歳の六車日那乃は昨年9月にチーム入り。短期間での成長は目を見張るものがある。というのも9月から約4カ月でヘッドスピードが39㎧から43㎧へと4㎧もアップしたのだ。
「初めて桃子さんと一緒にラウンドさせていただいたとき、ドライバーで30Y置いていかれました。それが今回の合宿では10Yくらいまでになっています」と、六車は嬉しそうに話す。
「技術も大事ですが、若い選手はまず体を120%使い切ることです。そのためにバンカーから砂の抵抗に負けないよう体幹を使って打たせたり、ひと呼吸の連続素振りをさせています」と辻村。
ひと呼吸の連続素振りとは、辻村が「最後の師匠」と呼ぶ故・荒川博直伝の素振りだ。荒川博は言わずと知れた世界のホームラン王、王貞治を育てた名伯楽。「現役時代の王は1日300回素振りをした」が荒川の口癖だったが、その300回とは、ひと呼吸で15回を20セット。あるいは20回を15セットというもの。ちなみに最初は5回しかできなかった六車は、今は最高21回を数える。
宮崎合宿でバンカーショットと連続素振りを繰り返す千田と六車の手のひらは大きなマメだらけだ。そこには荒川博の遺伝子が脈々と流れている。ちなみに荒川の一番弟子である王は、折につけ辻村にLINEで激励やアドバイス、ときに金言を送ってくれる“兄弟子”でもある。
振りまくる2人の手はマメだらけ
「今がゴルフ人生で一番楽しい」という2人の手はマメだらけだ。六車はこのマメとともに3月に行われる「オーガスタナショナル女子アマ」に出場する
同じ志の選手が同じ時間を共有する
昨年、楽天スーパーレディスでプロ初優勝。1カ月後のゴルフ5レディスで2勝目を挙げたプラチナ世代の吉田優利。チーム入りしたのは高2年の17年。すでに高校1年でナショナルチーム入りし、18年には日本女子アマ、日本ジュニアの2冠に輝いている。それだけにアマチュア時代から大きな期待を寄せられてきた。その吉田は少し違った観点からチーム辻村の強さを語ってくれた。
実はプロテスト前の約3カ月、吉田は左手親指のケガでクラブを握れない時期があった。当然、焦りもしたようだが……。
「コーチをはじめ、みんなが普通に接してくれたことが、チームの気遣いであり、優しさなんだと思いました。心配してくれる人はたくさんいたし、励ましの言葉ももらいました。でも普段とは違うそうした言葉や態度で逆に焦ってしまうんです。そんなとき辻村コーチは今やるべきことを伝えてくれたし、桃子さんはその行動で示してくれました。上手く説明できないですが、そういうところが、このチームの強さだと思います」
吉田はチームにいれば「見るだけで違う」「もっと勉強したい」といった言葉を何度も繰り返す。プロになってからも同世代では初優勝まで少し時間がかかった印象はある。だが当時、辻村は、
「まだ勝てる準備ができていませんが、準備ができれば毎試合、優勝争いができる選手になりますよ。見ていてください」と語っていた。ちなみに吉田は“大先輩”の王貞治にこんな質問をしたという。「プロとしてやっていくには、どうしたらいいですか?」。それに対する王の答えは「アマチュア時代の成績は関係ない世界だよ」という金言だった。そうしたチームを取り巻く環境、人とのつながりも強さの秘密なのだろう。
「左手をケガしたときみんなの気遣いに救われた」
「共通するのは強くなりたいという思い。そうした思いがあるからこそ、普通に接してくれたのでは? そうした心遣いがチームの強さの秘密なんだと思います」(吉田)
みんなでやるからつらい練習も頑張れる
ゴルフはいうまでもなく個人競技。だが、チーム辻村を見ていると、ライバルたちが火花を散らすギスギスした空気は感じられない。かといって仲良し軍団特有の緩さもない。研修生であっても「強くなりたい」という強い意思があり、自分のやるべきことがわかっている大人の強さを感じる。
合宿は早い選手は朝の7時半に始まり、全員での朝食、昼食、夕食を経て、フロアを借りきったホテルでフィジカルトレーニングやパター練習、素振りといった、各自の課題に沿って夜の9時、10時まで続く。試合では一緒に練習ラウンドを行い、お互いに情報交換をするのもチームの強みだろう。
「もしボクのチームが強いというのであれば、同じ志を持った選手が同じ時間に同じ空気を吸っていることが大きいのではないでしょうか。ボク自身、彼女たちと同じ空気を吸っていられることが、とても幸せだと感じています」
そうしたチームのことを辻村は「氣の合う仲間」と表現する。すでに気づいた方もいるだろうが、辻村も上田も新字の「気」ではなく、旧字の「氣」という文字を使う。野球の指導に合氣道の極意を取り入れた、故・荒川博から譲り受けたものである。气(きがまえ)の中が「×」ではなく「米」なのは、臍下丹田に集めた「氣」は四方八方に突き進む無限のエネルギーだからである。
「最低20人は弟子を作れ。それが荒川先生の遺言でした。20人なんて無理だと思っていましたが、今ここで一生懸命やることでやがて桃子や他の選手たちが、荒川先生の教えを伝えてくれると、今では考えられるようになりました」
(左)1カ月の合宿期間中は、選手の父母やスタッフが交代で食事を作る。練習場の厨房も借り切った。練習環境や食事面での充実もチーム辻村を強くさせる要素だ。シチューを作っているのは吉田優利のお父さん。(右)父母が交代で作る夕食に参加させてもらったが、練習中の緊張感とは違う、和気あいあいとした楽しい夕食だった
週刊ゴルフダイジェスト2022年3月1日号より