【インタビュー】岡田美智子<前編>50歳での優勝はいまだ破られぬ大記録。「108歳でも良いスコアで回っていたい」
週刊ゴルフダイジェスト
「岡田美智子プロ、試合でエージシュート達成」というニュースを近年、何度聞いただろうか。今年81歳を迎えた“第1期生”の女子プロが、ゴルフと人生を長く楽しく続けていく秘訣を語ってくれた。
THANKS/伊勢原ゴルフセンター PHOTO/Tsukasa Kobayashi

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- 「岡田美智子プロ、試合でエージシュート達成」というニュースを近年、何度聞いただろうか。今年81歳を迎えた“第1期生”の女子プロが、引き続きゴルフと人生を長く楽しく続けていく秘訣を語ってくれた。 THANKS/伊勢原ゴルフセンター PHOTO/Tsukasa Kobayashi 岡田美智子 おかだ・みちこ。1945年生まれ、福島県いわき市出身。18歳でゴルフを始め、67年日本女……
「108歳のときも
良いスコアで回っていたい」
女性のエージシューターは少ないが、プロとなるとより貴重だ。終戦の年生まれ、現在81歳の女子プロが、どんな姿で現れるのかと思い待っていると、おしゃれなアスリートが颯爽と現れた。「カッコいい」という言葉がぴったりだ。
ピアスも時計もウェアもグローブもキャディバッグも大好きな黒と白でコーディネート。ネイルはピンクで「今、春ですから。女子プロはおしゃれなほうがいいですよ」。「とても若いですね」と思わず言葉が出た。
「私は前向きなだけです。今も、飛ばす若い選手と回ると心は乱されますし、『悔しい』って思いますけど、それをコントロールして自分のゴルフを組み立てることが面白い。知人に、『プロの人生、108歳まで満開だね』って言われました。108歳のときも良いスコアで回っていたいですね」
* * *
岡田美智子は、いわき市の中学を卒業後、洋裁学校を中退して集団就職で上京、川崎国際CCでキャディとして働くこととなった。
「当時キャディは実入りがよかった。山崎製パンかキャディかと言われていた時代です。お客さんが『かわいい子が入った』とチップをくれるので、あまり裕福ではなかった実家にそれを仕送りし、母がすごく喜んでくれました。金田正一さんやジャイアンツの選手のバッグも担ぎましたね」
余剰の時間を使ってゴルフを始めた。すぐにハマった。「これから“女子プロ”という職業ができる」と聞き、「なりたい!」と思った。「プロになった森憲二さんたちと朝5時くらいから、人目につかない木の下なんかで練習して、切磋琢磨していました」
1967年、日本女子プロ協会の第1回プロテストに合格、樋口久子らと第1期生となる。
「チャコ(樋口)は断トツで上手かったですね。彼女は中村寅吉先生に教わっていました。私はなかなか優勝できなくてね。あるとき東海クラシックで中村寅吉さん、林由郎さん、チャコと4人で回って、中村先生が『お前、どうしようもないな、俺のところに来るか』と言ってくれたのです。次の日にはお電話していました」
先生がいたから
こうして2人でいられる
“寅さん”に弟子入りしたのは29歳のとき。ここから通い続ける伊勢原ゴルフセンター(69年創業)は、岡田の人生の一部となった。
「軸をズラすなと頭を引っ張られたり、ひざで腰を蹴られたり、厳しい指導でした。でも、ショットの精度は格段に上がりましたね」
メキメキと頭角を現し75年に十和田湖国際女子オープンで初優勝。その後も堅実な活躍を見せる。
“寅さん”の教えをさらに聞こうとすると、「中村先生には感謝しかない。『あの男がいい』と言ってくれて……」と話は違う方向へ。
「先生の車を運転しながら『私、一生結婚せずにゴルフをやります』と言うと、『女は結婚しないとダメだ。今練習場に来ている真面目そうな男、あいつはいい』と言うんです。そのとき打席で日々黙々と練習していた男性がいて、それが主人だったのです」
そのご主人、佐藤暁氏に、中村はいきなり「一緒になれ」と言ったのだという。
「有無を言わさずの言葉に彼も『うん』と答えていました(笑)。中村先生が“仲人”なんですよ。先日のお彼岸にもお墓参りに行ってきました。先生がいたから私たちは今こうして2人でいられます、と菊の花とカーネーションを供えてきました」。
ゴルフにも人間にも“目利き”の寅さんのおかげで、岡田の人生は確実に豊かになっていく。
「結婚したのは夫が28歳で私が30歳のとき。福島市出身で秋田大学を出て日立製作所でコンピュータのエンジニアをしていました。ゴルフは入社して始めたのですが、45歳でPGAのティーチングB級の資格を取ってレッスンを始めたんです。優秀な技術屋さんが、プロという特殊な人間と一緒になってくれてね……」
寅さんからは「10勝して一人前だ」と言われたという岡田。“プロゴルファー岡田美智子”をサポートするため、傍らに居続けてくれるよき“相棒”がいたのだ。
「結局10勝目は50歳と11カ月で。夫は私のために一生懸命応援してくれ、『僕は岡田美智子のファンだ』と言ってくれます。いつの間にか、のろけていますね(笑)」
95年に大王製紙エリエール女子オープンで小林浩美らに2打差をつけて50歳312日で優勝。これはJLPGAの最年長優勝記録であり、ギネス世界記録にも認定された。
思い出深い試合は92年の廣済堂アサヒカップだという。
「岡本綾子さんと最終日を回り、13番くらいで7打差リード、『今日はもう岡田さんで決まりだ』なんて。『私のパットは入らない』と言うから『カップまで届いてないでしょう』なんて途中で楽しくおしゃべりもして。私は好きな高麗グリーンで2〜3メートルが全部入った。最終ホールを前に綾子さんが『岡田さん、ウィニングボールはもっと遠くのほうに投げたほうがいいわよ』と指図する(笑)。でも、優勝が決まって『岡田さん、おめでとう』と言ってくれたのが本当に嬉しかった」

10勝目は50歳と11カ月で達成
ツアー4勝目の78年LPGA美津濃ジャパンクラシックで。レギュラーツアーでも長く活躍してきた
02年には57歳274日の最年長予選通過を達成。レギュラーツアーを引退したのは58歳のとき。
「50歳までやれるかどうかが一つの勝負。私はシードを落とさなかったから1年間のスケジュールが組めた。シード落ちしたらいろいろ覚悟が必要になりますから」
この後、新しく生まれたレジェンズツアーにも積極的に出場し、21年にはツアー最終日に1バーディ3ボギーの75で回り、76歳でエージシュートを達成、昨年8月のレジェンズ選手権明治安田カップの2日目には、80歳で公式戦8度目のエージシュートを達成。その日も黒白のボーダーと黒のミニスカート、黒のハイソックスでキメていた岡田なのである。
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- 「岡田美智子プロ、試合でエージシュート達成」というニュースを近年、何度聞いただろうか。今年81歳を迎えた“第1期生”の女子プロが、引き続きゴルフと人生を長く楽しく続けていく秘訣を語ってくれた。 THANKS/伊勢原ゴルフセンター PHOTO/Tsukasa Kobayashi 岡田美智子 おかだ・みちこ。1945年生まれ、福島県いわき市出身。18歳でゴルフを始め、67年日本女……
週刊ゴルフダイジェスト2026年4月28日号より


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