【ゴルフのお仕事】漫画原作者・かわさき健<後編>「変化を恐れず、違うレーンを…」
週刊ゴルフダイジェスト
漫画『オーイ! とんぼ』の原作者、かわさき健氏。父は『巨人の星』の作者でもある川崎のぼる氏だ。かつてプロゴルファーを目指したこともあるかわさき氏だが、漫画原作者としての道を選び歩んできた。その人生の選択、仕事への想いを聞くと、ゴルフ愛と人間愛が見えてきたのだ。

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- 小誌人気連載漫画『オーイ! とんぼ』の原作者、かわさき健氏。父は『巨人の星』の作者でもある川崎のぼる氏だ。かつてプロゴルファーを目指したこともあるかわさき氏だが、漫画原作者としての道を選び歩んできた。その人生の選択、仕事への想いを聞くと、ゴルフ愛と人間愛が見えてきたのだ。 かわさき健 1967年生まれ、東京都出身。高1で本格的にゴルフを始め、矢板CCに研修生として入るもプロへの道は……
とんぼは“集大成“
全部出すつもりです
「当初は基本、自分が書きたいものは書けません。『これを書けるか』と言われたら『書けます』と言わなければ……勉強してプロ野球ものやキャバクラものも書きました。それに、最初はゴルフ漫画を書くのは嫌でしたから」
一度は描いた夢と挫折、その時の心技体が作品に反映してしまう。
「でもオファーが絶えないんです。需要があるということは面白いんだなと、どこか覚悟を決めて少しずつ書いていました。すると最終的に週刊ゴルフダイジェストからオファーが来た。来るべき時が来たと。しかも『千里の道も』という人気作の後の連載です」
当然、プレッシャーはあったが、「集大成のつもりで書こう」と心を決めたという。
「専門誌での連載ですけど、誰が読んでも面白い漫画にしようと、(画を担当する)古沢(優)先生とも話をしました」
自分をさらけ出すことに嫌な感じもあったが、「当然、ゴルフが題材だとそうなる。でも、“集大成”ですから、もう全部出そうと思っていました。それに、自分のやりたいように書かせてもらえたのもよかった」
こうして誕生した『オーイ! とんぼ』は大ヒット。昨年アニメ化もされた。本作はプロゴルファーにもファンが多い。松山英樹もその細かな技術描写はもちろん、「天真爛漫なところが好き」だと語る。現在、週刊誌の連載は今週で第543話を迎え、単行本は58巻刊行している。
かわさきは、先のストーリーを決めずに書くスタイルを取る。“その週のその1話”が勝負という父の教えに基づく。だから、ストーリーを動かすキャラクターを生み出すことには苦労するという。
「上手くできたキャラクターは勝手に動き出してくれるんです。背景を設定すると、スウィングやクラブ選びなども決まってきます」
選ぶのに苦労することは承知のうえで、あえて好きなシーンを聞いてみた。しばらく考えて、
「絵的に好きなシーンは、2巻のとんぼとゴンじいとイガイガが船に乗っていて、マグロに追われてトビウオがザバッと飛び出すのを上から描いた見開きの絵です。ストーリー的には、日本女子アマのタイトルを円(つぶら)が取るシーン。見開きページの連続で、最初は真っ白ななか、つぶらとカップとボールしかなくて、次のページでグリーンの全景が出る、見開きページの連続のシーン。原作でもそう描いてほしいとお願いしましたけど、実際に上がったときに、これはいいと思いました」
どちらも“見開き”のシーンだ。「見開きは、デジタルやスマホで読んで味わえない、漫画の一番の醍醐味でもありますから」

ストーリーに必要ではあるが、「書くのがしんどくなる」のは試合のシーンだという。
「ゴルフ漫画は最終的に『打った、飛んだ、寄った、入った』になりがちですけど、それだけだと本当につまらなくなる。どう打ったのか、なぜ300ヤード飛んだのか、飛ばすためにどういうことをしたのか、寄せるためにどういうことを考えてどうしたのか、なぜ入ったのか、なぜ外れたのかをしっかり描いてあげると、そこにリアリティが出てきて、読者が打っている本人と同化してくれるので楽しくなります」
リアリティを生み出すためには、膨大な知識と経験が必要だろう。最初は今までに蓄えたもので書いていたが、当然アップデートは必要となる。レッスン書や技術書を本屋で買ったり、YouTubeまでチェックして吸収するようになった。特にアメリカの男女メジャー大会は必ず見る。
「最近の日本の女子選手はすごい。次から次にキャラクターが出てきます。プロの世界は漫画を書くうえであまり意識はしませんけど、インスピレーションを受けることはたくさんある。以前、トヨタジュニアに取材に行ったとき、岩井明愛さん、山下美夢有さん、梶谷翼さんを取材しましたが、今、彼女たちがこんなにふうになっていて驚きます。技術的なことはもちろん、考え方に差があった気がします。やはり、勝てると思っている人間が勝つんです。男子も、石川遼キッズの次には松山英樹キッズがくるのでは。松山選手のあれだけの存在感で、彼を追いかけて海外志向の選手が増えています」
優勝インタビューもチェックする。「面白い。僕はしゃべることが苦手なので、この年齢でこんなことを話せるなんてと感心する。全英で優勝したときのコリン・モリカワはすごかった。賢いし、スキルを大学でも学んでいますよね」
とんぼの今後を聞くと、「全英女子オープンに行きます。つぶらととんぼのライバル物語という観点からは、つぶらがアメリカ経由、とんぼはヨーロッパ経由というイメージはありますけど、先のことはわかりません」という答えが返ってきた。
実は先日、取材も兼ねてスコットランドに行ってきたという。
「リンクスコースが好きで、死ぬまでに一度回りたいと思っていました。クラブライフも含めて日本とはまったく違うとひしひしと感じました。名門コースでも1~2人で歩いてラウンドしたり、地元の方が普通に犬と散歩していたり。駐車場でスパイクは履き替えるけどダイニングルームではジャケットにネクタイなどフォーマルで楽しんだり。とにかくゴルフが生活の中に入っていると感じます。そしてやはり、リンクスは島のコース出身のとんぼ向きでした。風が吹くと面白いですし、こういう球を打って、とコースが明確に要求してくる。漫画で書いたローフックみたいな球は有効ですよね」
かわさきが肌で感じたことがこれからどうアウトプットされていくかが楽しみだ。

スコットランド取材にて古沢優氏と。とんぼのイメージカラーは「トカラブルーです。澄んだメージがありますよね」。全英のリンクスコースで、海からの風を受け七色の球を操る姿が楽しみだ
ゴルフが好きな人は
最強です
改めて、ゴルフの魅力を聞いてみた。「ほとんど思い通りにならないことです。いつまでも終わりがない、正解がないということが一番の魅力。プロゴルファーは毎日練習して、ラウンド前に準備してラウンドして上がってまた練習する。でも飽きない。漫画家さんが毎日原稿を書く前に練習して、原稿を描いてまたその反省のための練習をするようなものです。僕は、ゴルフから遠ざかった時期もあったけど、再開したらゴルフ以上に面白いものはないと思いました。今でも研修生のような、お金はなくても、朝早く起きて練習して、ゴルフ場の仕事をして、終わったらラウンドしたり練習できる、という生活をしても、全然苦ではないかもしれません」

ゴルフが好きな人は最強だというかわさき。
「好きなことを職業にして食べていけるのは素晴らしい。でもやはり、松山選手も青木功さんもジャンボ尾崎さんもゴルフがとにかく好きなんだと思います。寝ても覚めてもゴルフ。終わりのない正解を求めている。ゴルフが好きな人は人間的にも魅力的に見えます。結局、好きな人が長く続けられるんではないかという気はします」
しかしかわさきは、ゴルフは嫌いにならないが、ゴルフ漫画を書くことは嫌いになることがあるという。「古沢先生は絵を描くのが好きだから仕事が楽しくてしょうがないと。週刊誌の連載を持っている漫画家さんの中では多分日本一ゴルフしています(笑)。でも、僕は毎回苦しいですね」
父に近づいたと思ったことなどないという。「父がいろいろな作品を書いていて、一番巻数が多いのが巨人の星で19巻(KC)。当時は超長期連載ですけど、そういう意味で言えばとんぼはもうすぐ60巻ですから、そこだけは超えたのかな(笑)」。とんぼの故郷・トカラ列島で連載開始前に海を見つめる

今、かわさきの歩む新しいレーンは元のレーンと重なりつつあるのかもしれない。“大好きなもの”の強みが交わり、どこまでも続く最強の1本のレーンとなる。
その証拠に、若者への「夢を叶えるため」のメッセージを聞くと、このように語ってくれた。
「夢を持って一生懸命やっているけど結果が出なくて打ちひしがれている人には、人生は長いから、勝負は今だけではない、今負けていても5年、10年後に勝つ側にいるかもしれない、今自分が走っているレーンとは違う隣のレーンに手段を変えてみるというのもいいかもしれない、と伝えたい。続けることはとても大事だけど、同じやり方で結果が出ないのであれば、途中でやり方を変えてみればいい。簡単にレーンを移るのではなく、変えることを恐れないでほしいです。それに、自分の仕事を貶めている人は多い。自分の仕事を楽しくするのは自分ですから。誰かが楽しくしてくれるのを待っていてもしょうがないです」
この言葉に、とんぼの未来も見えてくる気がするのだ。
週刊ゴルフダイジェスト2025年10月21日号より


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