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【岡本綾子 ゴルフの、ほんとう】Vol.750「“見たことのない景色”を見るための近道はありません」

米国人以外で初めて米女子ツアーの賞金女王となった日本女子ゴルフのレジェンド・岡本綾子が、読者からの質問に対して自身の経験をもとに答えていく。

TEXT/M.Matsumoto

前回のお話はこちら


サッカーW杯では、日本代表が強豪国を次々に倒してファンを沸かせ、「見たことのない景色」というワードが出回りました。その景色を知っている人と知らない人では、何が違うのでしょうか。(匿名希望・40歳・HC3)


サッカーの試合はそんなに見ていませんでしたが、日本代表がドイツやスペインを破る活躍を見せたことは知っていたし、この言葉はよく耳にしました。

スポーツのイベントで世の中が盛り上がるときには、こうしたインパクトの強いキャッチフレーズが“合言葉”のような役目を果たすことがあります。今回はその典型的な例かと思います。

「見たことのない景色」という言い回しは、以前からあったようにも思いますが、今度のサッカー日本代表の代名詞として記憶されるとすれば、それは森保監督の功績でしょう。

日本がW杯の予選リーグを勝ち抜いて決勝トーナメントに進出したのは初めてではありませんが、森保監督が事あるごとに選手たちを称え、チームの結束力をアピールして「見たことのない景色を見せてくれた」というフレーズを口にしたことで、ファンの間にも広く浸透する現象を生んだのだと思います。

W杯やオリンピックといった大会で、これまで活躍を見せることができなかった国が大きな成果を上げると、マスコミは、その国のスポーツレベルが向上した、選手層が厚くなり成長したと書くことが一般的です。

そのレベルへの到達を指して「見たことのない景色」と表現することもあるでしょう。

ですが、わたしがこの言葉で頭に浮かぶのは、スポーツのジャンルを問わず、トッププレーヤーだけが体験する特殊な瞬間のことだと思います。

スポーツ選手がプレー中に、ある種「無我夢中」の状態になることはよくあります。

超集中状態、いわゆるゾーンとも言われるこの状態に入ると、プレーヤーの五感はいつもとは違う働きをするようになり、雑念が消え、時間的な感覚も薄れ、失敗する恐怖や負ける不安も感じなくなると言われています。


以前お話ししたことがありますが、わたしにもトーナメントのプレー中、そんなことが何度かありました。

ボールを前にして構えた瞬間、これから振り下ろすクラブヘッドがどんな角度でインパクトゾーンに入っていき、その際、ボールとクラブフェースの間に芝の葉先が何枚挟まり、ボールがどの方向へどんな角度で、どの高さまで飛び出して行くのかが、一枚の絵のように見えるのです。

集中力が極限まで高まったときにのみ働く超常感覚とでも言いましょうか、このイメージこそがわたしにとっての「見たことのない景色」かもしれません。

この感覚は、一度体験できたからといって、その後ずっと、いつでも発揮できる超能力のようなものではありません。

そのため、あの夢のような感覚を手に入れたいと練習やプレーに精を出しても、そうは簡単にたどり着けません。

どれだけやっても、実を結ばないことも正直あるかもしれません。

プレーヤー本人にもコントロールできない、偶然に訪れる性質のものなのだと思います。

ただ、それを追求して地道に努力を重ねていなければその瞬間はやってこない。

わたしは現役時代少なくとも、そう思っていました。

「見たことのない景色」あるいは「新しい景色」が見たいのなら、やはり今までやってきたことを信じて、コツコツ努力を続ける以外にないと思います。

これまでも何度もお話ししてきましたが、便利な近道はありません。

また、強くなればなるほどタイトルを獲れば獲るほど、その人の周りの環境は変わってきます。

そういう意味で、その人の見る景色も変わってきます。

ひょっとして、人間にとって一番身近で厄介な景色とは、すなわち「人間関係」かもしれません。

若い選手がひとつ試合に勝つと、途端に世界が変わってしまったりすることもある。

その時、支えになってくれる信頼のおける人がそばにいればいいのですが……。

ここ数年、ツアーを賑わす若い選手たちは、スウィングはシンプルでしっかりしており、ショットも力強いプレーヤーが多く、女子は海外の選手との実力差がそれほど大きくないのも見どころです。

今年は飛躍が望まれるウサギ年。

ゴルフ界でも「見たことのない景色」が展開されることを期待するとしましょう。

「自分を信じ、時には客観視しながらコツコツ続けることが本当に大切なのです」
PHOTO by AYAKO OKAMOTO

週刊ゴルフダイジェスト2023年1月31日号より

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