余命宣告されたエージシューター<前編>「どうせならキリのいい2172回、エージシュートを出してから死にたい」
週刊ゴルフダイジェスト
鹿児島に、自身の年齢以下のスコアで回る「エージシュート」を2000回以上達成したスーパーシニアがいる。その人、92歳を迎えた赤﨑俊美さんは、最近余命宣告を受けたのだという。そんな彼の元をエージシューターを追い続けてきたゴルフライターが訪ねた――。
TEXT / Kenji Takahashi PHOTO/ Norimoto Asada、Kenji Takahashi

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- 鹿児島に、自身の年齢以下のスコアで回る「エージシュート」を2000回以上達成したスーパーシニアがいる。その人、92歳を迎えた赤﨑俊美さんは、最近余命宣告を受けたのだという。そんな彼の元をエージシューターを追い続けてきたゴルフライターが訪ねた――。 TEXT / Kenji Takahashi PHOTO/ Norimoto Asada、Kenji Takahashi 赤﨑俊美 87歳……
多くの場合、死は突然に、つまり予告なしに訪れる。むろん例外はいくつかある。その一つが医師から伝えられる“余命宣告”だろう。
「高橋さん、余命宣告されたがよ」
電話がかかってきたのは2月14日の夜。相手は鹿児島に住む赤﨑俊美さん。今年7月に93歳になる日本一のエージシューターである。「余命宣告ですって?」「あと3カ月、持って4カ月だと」受話器から響く声は、意外にも明るかった。死に直面した人の声が明るいというのも変な表現だが、少なくとも弱々しく沈んでいる印象ではなかった。赤﨑さんは続けた。
「すい臓がんが肝臓にも転移して、歳が歳だから手術は体力的に無理。抗がん剤も放射線治療も体を傷めるだけだから、やらんほうがよかろうって。死ぬ直前は痛みがひどいらしくて、そのときは痛み止めを打ってやるから、それまで好きなことをやりなさい、と言われて退院してきたばかりだよ」
私は赤﨑さんの声が明るい理由がわかった気がした。71歳の誕生日に71のスコアで初エージシュートを達成して以来、足かけ22年で積み重ねてきたエージシュートは通算2171回に達する。
「そうか。赤﨑さん、あと1回でキリのいい72回になるんだ」
「そうよ、どうせならキリのいい2172回、エージシュートを出してから死にたいと思って、あんたに電話したとよ」
余命宣告を受けて開き直ったとか、達観したというのではない。度重なる検査入院の病院の鬱々した空気から解放されて再び挑戦の舞台に戻れる。赤﨑さんの言葉にはそんな響きがこもっていた。
満身創痍。
だからこそ「ゴルフくらいしないと」
1週間後、私は空路、鹿児島へ向かった。赤﨑さんと、もう一度、ラウンドしたいと思ったのである。
「もう2週間も外に出ていないからね、18ホールを回り切るのは無理かもしれないよ」
「ゴルフが無理なら、飯でも食べて話ができればいいですよ」
躊躇する赤﨑さんに半ば押しかけるように約束を取り付けた。
赤﨑さんと初めて出会ったのは15年前の2011年秋。私が熊本県の球磨CCで「全日本エイジシューターマスターズ大会」を開催したときだった。全国から124名が集まった大会に赤﨑さんも鹿児島から参加した。当時78歳。すでに260回のエージシュートを記録していて、158センチの小柄な体から、切れのいいスウィングで230ヤードを超すドライバーショットを放ち、明るく人懐こい笑顔は、すぐ私の目に留まった。それ以来の付き合いである。
空港でレンタカーを借り、赤﨑さんの自宅へ伺うと、15年前と同じ気さくな笑顔で迎えてくれた。ただ心なしか顔色は白かった。
「そう。年間のラウンド数はずっと150ラウンドを下らなかったけど、昨年は63ラウンドだったから日焼けが取れたんだよ」
笑いながら赤﨑さんは、余命宣告に至るまでの経緯を語った。
「心臓もひざも、もう耐久期限切れ寸前だからボロボロなの。一昨年の暮れに、炊事で台所に立っていられないくらい腰痛が悪化し、脊柱管狭窄(きょうさく)症だというので手術をして1カ月半入院した。それで体力が落ちたのか、昨年はラウンド中に心不全になり、そのときはハーフで切り上げたんだけど、今年1月、研修会のラウンド中に、再び、心不全に襲われて救急車で運ばれた。その病院で検査をしたら、すい臓がんが発覚。ほかに転移している可能性もあるからと、大きな病院に移って再検査をしたら肝臓に転移していることがわかり、そこで余命3カ月と言われたのよ」
「そう⋯⋯…」
「医者に、放射線治療も抗がん剤も、延命の効果はないけど、どうしますか? と言われて、それならもう治療はしない、と自分から断ったものの、家に帰って夜、布団に入ると、あれこれ考えて眠れない。だから昼間もボーッとして何も手につかない。ゴルフに行く気にもならなくて、生ける屍(しかばね)とはこういう状態をいうのかなと思って」
92歳まで生きたのだから、もう十分だろうとか、ゴルフもエージシュートを2000回以上やったのだから思い残すことはないと、何度も自分に言い聞かせてみたが、余命3カ月、という言葉の重みは、その程度で納得できるほど軽くはなかったということだろう。
「それが10日ほど前から、ゴルフくらいやらないと、夜、眠れないまま体力が落ちるぞと思い直し、それであんたに電話をかけたのよ」
赤﨑さんは、高卒以来勤め上げた大洋漁業(現・Umios)を定年で辞めると同時に故郷の鹿児島に移住し、祁答院GCとゴールデンパームCCの会員になり、30年にわたって年間150ラウンド以上をこなしてきた。その間、順風満帆だったわけではなく、ゴルフを断念する危機に何度もひんしている。79歳のときには、庭の枇杷の実を採ろうとして木から落ちて右肩の腱板を部分断裂し、その5年後にはスポーツジムで階段から転落して、今度は左肩の腱板を完全断裂している。医者からは「腱板の完全断裂は手術をしないと治らない」と言われたが、手術をして3カ月も安静にしないといけないのなら、肩は治っても足腰が弱ってゴルフができなくなると反発。手術をせずに、だまし、だまし、しながらゴルフを続けて、エージシュートを積み重ねてきたのである。
「ゴルフがなかったら、あそこで手術をして寝た切り老人になり、とうの昔に死んでいますよ」
ゴルフに生かされて、今がある、というのだ。赤﨑さんに限らず、エージシューターは皆さん、満身創痍でラウンドしている。

余命宣告後のラウンドも変わらぬゴルフっぷり。ボールの前に立つと、間髪入れずにサッと振り抜く
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- 鹿児島に、自身の年齢以下のスコアで回る「エージシュート」を2000回以上達成したスーパーシニアがいる。その人、92歳を迎えた赤﨑俊美さんは、最近余命宣告を受けたのだという。そんな彼の元をエージシューターを追い続けてきたゴルフライターが訪ねた――。 TEXT / Kenji Takahashi PHOTO/ Norimoto Asada、Kenji Takahashi 赤﨑俊美 87歳……
週刊ゴルフダイジェスト2026年4月14日号より


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