【岡本綾子 ゴルフの、ほんとう】Vol.743「プロのいう“楽しむ”は、本来の意味とちょっと違うんじゃないかしら」
米国人以外で初めて米女子ツアーの賞金女王となった日本女子ゴルフのレジェンド・岡本綾子が、読者からの質問に対して自身の経験をもとに答えていく。
TEXT/M.Matsumoto
どんなスポーツもプロとアマでは、競技に対する考え方は違うと思うのですが、ゴルフの場合、プロは競技や試合を楽しむという発想はないのでしょうか。楽しむのは、マチュアの特権なのでしょうか?(匿名希望・26歳)
ゴルフに限らず、試合前にアスリートがインタビューで意気込みを聞かれ「結果にはこだわらず全力で楽しみたいと思います」と答えているシーンを目にすることがあります。
これを聞いて、果たして選手は試合や勝負を楽しむ余裕があるのだろうか、と不審に思う方もいらっしゃるのではないかと思います。
わたしもトーナメント中継の解説のとき、優勝争いに加わっている若手プロが最終日のプレーについて抱負を尋ねられたとき
「緊張すると思いますが、自分のゴルフに徹しながら楽しめればと思ってます」と話しているのを聞くと、なんとなく途和感を覚えることがあります。
「自分のゴルフ」って、あなたのいつものプレーのことを指しているのなら、好スコアはあまり期待できないのでは? 失礼かとは思いますが皮肉なツッコミを入れたくなったりしますし、正直プレッシャーのかかる競り合いをどのように楽しむつもりなのか⋯⋯。
注目を浴び期待のかかっている選手が、ここ一番というスポーツの大舞台を「楽しんでプレーする」と表現するようになったのは、それほど前のことではないように思います。
わたしの記憶に残っているシーンをさかのぼれば、確か1990年代の五輪に出場した日本選手たちだったような気がします。
メダルを期待するマスコミに対して選手は「オリンピックを楽しむために出場する」と、コメントしたことが印象に残っています。
勝負やメダルだけがすべてじゃないと言いたかったのだと思います。
ただ、その一方で当時も今もわたしが思うのは、このアスリートが口にした楽しむという表現は、世間一般の会話のなかに出る「楽しむ」とは意味が違っているということ。
わたしが思うに、欧米のスポーツ界でよく言われる【Enjoy the game】という慣用句の「エンジョイ」を、日本語に置き換えて話していたのだろうということです。
エンジョイは楽しむ。わかりやすく翻訳したことで、かえってわかりにくく誤解を招く表現になったのではないかと思います。
【Enjoy the game(試合を楽しむ)】は、何も自分のプレーしている試合が面白くて楽しいという意味ではありません。
出場している選手みんなが真剣にプレーしている試合には、特有の緊迫感が張りつめ、その空気のなかでのパフォーマンスには独特のスリルと興奮があり、選手の心臓はドキドキバクバク痺れる緊張を感じます。
ですが、その感覚は言葉で伝えられないほどの魅力、魔力に満ちている。その惹きつけられるようなパワーを体感することを「楽しむ」と表現しているのだと思います。
ちなみに、試合に臨む選手に向かって欧米では【Enjoy the game】などと声をかけることがありますが、意訳すれば「しっかりね!」の意味でしょうか(「楽しんでおいで」と訳すのは、ちょっとズレてると思います⋯⋯)。
杓子定規に「楽しむ」と訳したら、選手は試合を単に楽しんでいるのか? と誤解してしまうと思います。
ちなみにこのごろ「行ってらっしゃい!」と声をかける人がいますが、これには違和感を抱きますがどうでしょうか⋯⋯。
アスリートが試合の魔力に惹き込まれ「楽しむ」こともあります。ゾーンに入って神がかり的なプレーをしたこと、つまりそれは「楽しむ」を超えて「夢中」になっていた状態なのでしょう。
後から思い返せば、確かにそれも楽しんでいたのかもしれません。
試合を楽しむということについて、プロとアマチュアに違いはありません。
しかし、プロだろうがアマだろうが、緊張感のなかで夢中になることはあると思います。自分のスーパーショットに自分で盛り上がってしまうことだってあります。
ただ、わたしの経験を振り返ると、プロにはプロの立場があり責任もある。だからプレーするのは楽しむより精神的にシンドかったというのが本音です。
でも考えてみると、音ひとつしない静寂から、爆発したような大歓声が流き起こる場面転換は、ゴルフならではの醍醐味かもしれません。
あの感動は、プロゴルファーだけが味わえる「楽しむ」かもしれないですね。
「アマチュアのみなさんは、ゴルフプレーを純粋に楽しんでもらえればと思います!」
(PHOTO/Ayako Okamoto)
週刊ゴルフダイジェスト2022年11月29日号より
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