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【対談】青木瀬令奈×御嶽海<後編>「心の重心を下げる」「パワーじゃない」ゴルフと相撲の共通点とは?

プロゴルファーの青木瀬令奈と大関に昇進した御嶽海のアスリート対談。後編は、ゴルフと相撲の共通点や、中堅どころとしての思い、アスリート人生について、などなど、深い話で盛り上がった。

PHOTO/Takanori Miki、Tadashi Anezaki

御嶽海久司(右)……みたけうみひさし。1992年長野・木曽出身。父は日本人、母はフィリピン人。小学生時代から全国で活躍。東洋大学卒業後、出羽海部屋入門。15年初土俵を踏み所要2場所で十両昇進、幕内入りも果たす。今年の初場所で幕内3度目の優勝を挙げ大関に昇進した
青木瀬令奈(左)……あおきせれな。1993年群馬・前橋出身。7歳からゴルフを始めジュニア時代から数々の大会で活躍、11年プロテスト合格。15年から7年間シード権を保持。昨年サントリーレディスで4年ぶりに優勝しツアー2勝目。20年にはJLPGAのプレーヤース委員長も務めた

前編はこちら

青木 実は、佐久(長野県)のちゃんこ屋『大鷲』さん、お祖母ちゃん時代からの家族ぐるみのお付き合いなんです。御嶽海関のこと、応援していますよね。

御嶽海 もちろん知ってますよ!

青木 NEC軽井沢の時期は毎年、「おかえり」「ただいま」「また頑張ってくるね」「ちゃんこしな~」って送りだしてくれる。

御嶽海 そうですか。全然教えてくれなかったなあ。

青木 一昨年かな、大鷲の親方とおかみさんと一緒にお相撲を見に行って、御嶽海関のタオルを、砂かぶり席で振っていましたよ。

御嶽海 嬉しいですね。ところで、青木プロがクラブを握った年は?

青木 7歳です。競技を始めた年齢、一緒ですよね?

御嶽海 そうです。よくご存じで。

青木 私はプロになって11年。最初は4年間下部ツアーで、日々経費を考えながら、練習場に行くガソリン代がもったいないとか、来週行く試合の20万円はどう捻出しようかという感じでした。

御嶽海 たいへんだなあ。

青木 レギュラーツアーに出られるようになったのが15年。フル参戦できると露出もあるのでスポンサーさんもついてくれ、初めてご飯を食べられるようになりました。

御嶽海 僕の入門と同じ年ですね。でも、ちゃんと強くなったら、華やかな世界がある。年間、何試合あるんですか?

青木 38試合。休みがないんです。

御嶽海 体、壊しますよ(笑)。人気ですね、女子プロ。これからもっと人気が出ますよね。

青木 そうですね……若い子が活躍しているから(笑)。

御嶽海 いや、29歳はまだ若い。


1打ずつ、5日間ずつビジョンを持って取り組む

青木 お相撲の世界は、何歳くらいまでできるものですか?

御嶽海 僕は大卒で8年目に入るんですけど、まだ若手です。今、36、37歳くらいが結構多い。でも僕はそこまで頑張れるかなあ。飽きるかもしれないし体力が尽きます(笑)。でも実は、最強で終わりたい気持ちがあるんです。

青木 確かに、惜しまれてはいい。

御嶽海 弱くなってやめるよりは、強いまま「もう引退するの?」と言われるときにやめるのが理想。あくまで理想です。

青木 私は今年7年目のシードですが、10年連続でシードを取りたいので、32歳までは突っ走ろうと。

御嶽海 おお! プロはどのくらいの人数がいますか?

青木 会員数は1300人くらいです。シード選手は50人ですけど去年は19人入れ替わりました。若い子も復活組も毎年入れ替わる。生存競争がやばいんです(笑)。

御嶽海 そのなかの50番以内に。すごいですねえ。

青木 最近、2000年生まれの選手なんかいるんですよ。驚愕します。お相撲さんは何人いますか?

御嶽海 今、プロとして所属しているのは700人くらい。全員出られますが、テレビに映る枠の十両以上が70人くらいです。そして、1つずつ番付を上げていくと、いろいろな方からプレゼントをいただけるようになりますが、僕はあまりもらったことがない。おかげさまで出世が早いので(笑)。

青木 どうせまた次がある、となるんですね。女子プロが何勝もするのと同じです。たぶん去年は、稲見萌寧ちゃんなんかはあまりもらってないと思いますが、私は4年ぶりの優勝だったので、お花とかすごくいろいろいただいて。

御嶽海 今まで何が嬉しかった?

青木 バーキン、かな(笑)。

御嶽海 女性としてリアルですね。

青木 すみません、偉そうで(笑)。

御嶽海 プロアスリートとしては夢があるほうがいいですよ。僕はあまり物欲がないのですが、車をいただいたり……でも、お相撲さんって自分で運転してはいけないんです。誰かに運転してもらったり、タクシーを利用したり。自分で運転しますか?

青木 アルファードという大きな車で、年間5万㎞くらい走ります。前から見たら無人だと思われます。小さいから(笑)。

御嶽海 はははは。

青木 椅子を一番上まで上げているんですけど……。

御嶽海 それでも見えない(笑)。確かに第一印象が、思ったより小さいなと。それでも勝負の世界で頑張っている。青木プロは試合中、何を考えますか。僕たちは15日間連続で取り組みがありますけど毎日状況が変わる。プロゴルファーは18ホール全部で考えが変わるのか、1日ずつ変わるのか。

青木 1打、1打です。

御嶽海 1打なんだ。すごいね。

青木 ゴルフって1日で最大5時間くらいプレーしています。ずっとは集中できないから、その1打に対して、風や傾斜、周りの状況、自分の順位、メンタルなど、いろいろな情報を考えたうえで、最善策を行っているんです。でも、1組3人で回りますが、1人目で打つときと、3人目のときは風が真逆になったりする。キックが悪いとか砂で跳ねたりとかもあって、公平ではないスポーツなんです。

御嶽海 自然のなかですもんね。

青木 だから、1打ずつで気持ちも変わるし、それがもちろんいい方向にハマればどんどん流れに乗っていけるので、ポンポンといくけれど、1つのミスでズルズルいくこともある。

御嶽海 僕は、最初の5日間、そのあと5日間……と5日間で分けて考えるんですけど、最初の5日間は皆、探り探りなんです。本番の土俵と稽古場の土俵は違うし、相手は毎回変わるし、緊張もあります。僕はそれを利用して、逆にバーンと5連勝とかできるんですが、そこから皆の調子が上がってくるときに、落ちていく感じで。

青木 あらまー。最初がいいんですね。そこにちゃんと照準を合わせられているのかな?

御嶽海 いやー、そうして最後のほうでピッと上がって、結局勝ち越しはするんだけど。皆に「いつものが出たね」と言われるんです。

“心の重心”を下げる

青木 ご自分の分析によると、理由は何ですか? 改善点というか。

御嶽海 そこがわかってなくて、毎回やるんですよ。

青木 でも、大関を決めた1月の初場所は、強かったですよね。

御嶽海 今回は、初日から手を抜くわけではないですけど、3割、4割の力でやろうと。途中6~10日目は5割~7割。最後が7割からさらにしっかり入れていこうと作戦を変えました。最初から飛ばすと、自分の性格として途中でやめちゃう。だったら、最初は調子がよくて絶対負けないのはわかっているから、3割4割の力でやって、崩れそうなときにはしっかり集中力が続いている状態にもっていこうと。流れをわざと変えました。

青木 マネジメントですね。組み立てを変えた。自分で考えて?

御嶽海 基本1人で考えますね。人の言うこと聞かないから(笑)。

青木 試行錯誤ですよね、1つ1つ。私の場合、20、21年は統合シーズンになりましたが、自分と向き合う時間が増えすぎて、実は引退も考えたんです。20年の成績が75位で、若手も多く出てきているし、シードを取れなかったらQTに行くのではなく引退なのかなと。でも、コーチやスポンサーさん、家族が、「今いる場所が本当にいたい場所なんだから、自分の足で降りることないよ」と言ってくれて。

御嶽海 そこから、4年ぶりの優勝につながったんですね。

青木 成績が上がらないと3年後、5年後のことを考え始めるんです。悩んでいるとき、あるレーシングドライバーの方に、「過去と未来を見ずに今だけを見て」と言っていただきハッとしたし、平常心を常に保つトレーニングも教えてくれた。大西(翔太)コーチは「君ならできる。覚悟が足りない」と言い続けてくれた。覚悟を持ってやることを繰り返しつつ、試合のときは表情から“無”にしていった。目の前の一打をどんな球で打ちたいか、心の重心を下げる。でも、下げすぎてはダメ。緊張状態がないと体がゆるむ。ちょうどいい位置に下げつつ、毎ショット取り組んだ結果、優勝できました。

御嶽海 すごい! でもわかります。僕が青木プロのように気持ちの重心を低くして、でも落としすぎないように考えていたのは2回目の優勝のとき。絶対優勝すると思っていたからこそ、悪いときもいいときも表情を変えず、1日1番のインタビューも、決まった言葉しか言わなかった。無口だと質問が次に移る。そして最後は「頑張ってやっていきたいです。明日は見ていてください」でパッと帰る。自分の言葉1つでも、気持ちは左右されますから。

青木 確かにそうですね。

御嶽海 2回目の優勝は決定戦になりましたが、そこでも同じモチベーションでいけました。

青木 気持ちでは思っているけど言わないんですね。

御嶽海
 はい。言葉に出してやったのは1回目の優勝のとき。優勝したい、優勝したい、と。優勝やいい成績のときって、同じメンタルじゃない、毎回違います。

青木 ああ、確かに。ずっと試行錯誤しながら勝負しています。

優勝した初場所はモチベーションも変えたという御嶽海。「『15戦全勝したら大関を考える』という話が出て、“やってやる”と。本当は3場所33勝で大関に推挙されるんです。そのことがずっと頭にあったから、怒りをパワーにして。14日目まで12勝2敗で来ていましたが、上がれなくてもいい、僕はここまでやってきたんだぞ、と自信が出て最後までいけました」

「ゴルフをするのはNG
でも観るのは好きなんです」

御嶽海 試合が毎週あるとなったら毎回変えていかないと、悪いことを続ける意味もない。でも成績が悪くても自分の技術などが上手くできていたり、自分が納得していると、順位は来週ついてくるからこのままでいこうかと。そういうのは絶対にありますよ。先ほど言ったように、僕は5日間で分けて考えるんです。5日で3勝2敗を繰り返したら、自然と9勝になって、負け越さない。5日間で勝ち越しを繰り返す。すると、いわゆる上の地位から落ちることはない。そこは基本です。

青木 ゴルフでは、3ホールで1つバーディって言います。それと似ているかもしれません。御嶽海関、ゴルフはされないんですか?

御嶽海 僕の部屋は現役中はナシ。

青木 支障が出る可能性の動きはあるんでしょうか。

御嶽海 他の力士に聞いたことがありますけど、バンカーなんかでリストをケガする可能性があるとか。野球選手も同じみたいです。

青木 なるほど、バンカーって、あまり手を返してはいけないんですけど、一般的には「返す」となっているのでダメなのかもしれない。プロゴルファーは皆、自分に砂をかけるように打つから手首を返さないんです。

御嶽海 でも僕、ゴルフを見るのは好きなんですよ。女子プロの動画なんかも見ます(笑)。

青木 動きで何かお相撲と通じるものって見えますか?

御嶽海 腰の回し方でしょうか。腰を切るときなんかは、パワーじゃないんですね。僕たちも、相手がガッチリまわしを取る前に、手がかかったタイミングですぐ腰をどちらかに回さないといけない。

青木 ゴルフでいう切り返しのタイミングかな。すでにイメージできてますね(笑)。今度機会があったら、ぜひ教えますよ。教えるの好きですから。

御嶽海
 しかし、皆さん、力みがないように見えます。特に女子プロは、あんなにしなやかにゆったりして、すごく飛ぶんですね。

青木 力がないからこそ、最大効率で。女子プロによっては腹筋ができないとか、握力も20kgくらいしかないとか。運動音痴も多いんです。私も泳げない(笑)。

御嶽海 プロって運動神経がいい人がなると思っていたけど。

青木 ゴルフに限っては全然違います。逆に何でも人並み以上できる人は、ゴルフだけは苦戦することも。簡単だと思っていたら意外に。

御嶽海 僕も運動神経は悪いほうじゃないんですけど……どうかな。

青木 道具を上手く使うことです。自分が頑張るとヘッドが走らない。自分がコマみたいにクルッと回転するだけで外側が走るイメージ。男性の方はパワーがあるがゆえに、逆にクラブを上手く使えないことは多くて、女性のほうが上手く道具に頼るから、効率がいいのだと思います。

御嶽海 ムダな力はいらない感じ、何となくわかります。

青木 再現性とかタイミングを取るのが大事。パワーじゃない。お相撲さんって一撃で投げ飛ばすパワーがありますもんね(笑)。

女子プロの動画を見るのは好きだという御嶽海に、クラブを握ってもらう青木。「青木プロは、小さな体でダイナミックなスウィングをしますよね」「私のスウィング、少し個性的ですけど……ゴルフを始めるときは、教えますから!」

擬音で伝わる選手は強くなる

御嶽海 でも、ゴルフも欲をかいてはいけないんですよね。

青木 はい。ミスするスポーツなので。そのミスをどれだけ少なくするか。お相撲さんって、技術指導は親方なんですか?

御嶽海 「見て盗め」というのはあります。たとえば序二段だったら、目の前の三段目の人を見てこうすれば三段目に上がれるなと。三段目は幕下の人を見て、これ以上やらないと僕は上がれないとわかる。三役、関取衆は皆に見せなかったりします。ピラミッド型になっています。

青木 直接の指導はありますか?

御嶽海 親方からは一応あります。でも、ドーン、ピシャッなど、擬音で学んだりもします。

青木 わかります。それで伝わりますもんね。

御嶽海 伝わる子は、強くなる。

青木 スウィングでも、インパクトはパスッじゃなくて、パシンなんて。女子プロは、自分のイメージは擬音が多いと思います。でも、コーチにもいろんな人がいて、データで教える人、動画を見せて形で教える人もいれば、大地の力を感じて、とイメージで伝える人も。

御嶽海 すごくわかる。下からの力を……という感じですね。

青木 地面からつながってきているものを、ボールに伝えろと。やはり、通じる感覚はあるんですね。

御嶽海 最後に今年の目標をうかがいましょう。僕は、まだ1つ上の番付があるので、そこを目指して。この地位を守りたくはない。守るというと落ちる可能性があるので、上をずっと見続けることを忘れないようにしたいですね。

青木 私は一言でいうと、「未来をつかむ」。いろんな思いはあるんですけど、10年連続シードも、まずは今年がないと継続することもできないし、1試合1試合優勝を目指してやりつつ、いろいろな波もあるので、上手くチャンスを作りながら優勝して、今年もリコーカップまで怪我なく頑張りたいです。

御嶽海 今日はお会いできてよかった。同学年っていいですね。今年のご活躍も応援しています。

青木 私も応援しています。今度、他のアスリートの同学年も探して、皆でお話しましょう。

週刊ゴルフダイジェスト2022年3月29日号より