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【インタビュー】木下稜介「何かを変えないと上にいけない」“世界”を目指す30歳

今年、初優勝に続き2勝目も挙げ、賞金王争いを引っ張る木下稜介。30歳を迎えたばかりの男は、なぜこうも強くなったのか。じっくり話を聞くと、活躍につなが3つのキーワードが見えてきた。

PHOTO/Tadashi Anezaki、Hiroyuki Okazawa、Hiroaki Arihara

木下稜介
1991年、奈良県生まれ。香川西高卒業後、大阪学院大学へ。卒業後プロデビュー。奈良国際GCの近くで生まれ育った。「奈良は静かで落ち着きます」

【キーワード1】日々是努力

「変わらないと上にいけない」

「大学4年時のQTで3位になってツアーに出始めましたが、正直舐めていた部分もあった。シードくらいすぐにとれるかなと。でも開幕戦の東建で、グリーンの硬さや風の強さに戸惑い、全然通用しない。プロとアマの違いを特にコースセッティングで感じました」

これが木下の1つめの壁である。そこからシードをとるまで5年。「めちゃめちゃ長かったです。焦りしかなかった」。その焦りは練習にぶつけるしかなかった。

「練習は本当にしました。でも思うように成績が出ない。何かを変えないと上にいけないと思い、トレーナーさんとコーチに見てもらい始め少しずつよくなったと思います。1人ではムリでした」

昨年のVISA太平洋では惜敗して2位。「優勝に近づいた感じはありましたが、実力がないと勝てないと。負けた日は寝れないくらい悔しかったけれど、まだダメだと思えたので、負けてよかったのかなと今になって思います」

20代後半は“アラサー”と言われる年齢。しかし、人はいつでも変わることができるのだ。

では、初優勝となった6月のツアー選手権を振り返ってもらおう。

「ミスの原因はわかっていたので気を付けながらプレーし、またプレッシャーがかかってくるとリズムが早くなるので、しっかりスウィングしようと。スウィングは改造してよくなってきてるので、そのまま振れば絶対に真っすぐいくと思ってやっていました」
 
3日目が終わって4打リード。とにかく緊張していた。「これで負けたら勝てないと思った。ホテルでソワソワ。夜はすぐ寝れましたが、パッと起きたら2時半。汗をかいている。結局、熟睡できずアラームが鳴って、またどきどきして」

「17番のローフェードが成功し
勝てると思った」


決して表には出さないようにしていた。

「朝食の味は覚えてない。練習を開始して思い通りのスウィングでイメージ通りの球が出たので少し落ち着いたけれど、いざティーイングエリアに立ったらまた緊張してきて。左バンカーでいいと思って打ったのに、右の林にいった。同組2人とも完璧な球でフェアウェイ。でも、ボールの場所に着くと奇跡的に前が空いていてパー。これが大きかった。2番のパー5で、僕だけバーディがとれて落ち着きました」

勝利を確信したのは17番のティーショットがフェアウェイにいったとき。この球は、全英オープンを意識して練習していた低いフェードボールだった。結局、日々の努力は裏切らない。

上がり3ホールが難関の宍戸ヒルズ。「17番はドローヒッターには気持ち悪いですが、3日間成功していた低いフェードがフェアウェイに。全英用にアゲンストに負けない球を練習していたんです」

「ウイニングパットも覚えてません。正直ウルウルしてボールもぼやけていて。打って入った瞬間『終わった……』と。涙が出ました」
 
5打差の圧勝だった。「コーチやトレーナーに、タイガーの全盛期みたいに圧倒的に勝てるよう強くなりたいと言っていたんです」

ツアー選手権初優勝者は2勝目が遠くなるという“嫌なジンクス”は壁にしなかった。3週後の次戦、ダンロップ福島オープンでも優勝。

「小平(智)さんの例を考えた。ツアー選手権に勝って、結局アメリカに行ったなと。この試合、途中でリーダーボードを見たらトップに立っていた。今までなら緊張して焦っていましたがバーディがとれた。自信が出て精神的に強くなった。調子もよかったしラッキーもありました」

この2勝に、木下の成長は集約されているのだ。

【キーワード2】変化を恐れない

「グリップから頭の中まで
ぜんぶ変えた」

木下の進化を支える3人がいる。

「調子の波があるなかで、微妙なズレは自分では気づけない。海外では普通だし、いいコーチを常に探していました」という木下。

現在の奥嶋誠昭コーチとの出会いは2年ほど前。「昨秋のVISAで、初日叩いてLINEで相談したとき、もらった2つのアドバイスがすごくよくて。1つは『右手片手打ちドリル』。これをやって、ひらめくものがあった。2日目から別人のようになり63が出て優勝争い。本格的に契約しました」

人には覚醒する瞬間がある。それを感じとった木下と与えた奥嶋との相性のよさがわかる。

「左に大きく曲がるミスが明らかに多く、原因は腰が止まって前傾が浮いて手で打っていること。そこを指摘してきたこのコーチやったらいけるかも、と思いました」

実はスウィングを本格的に改造したのは、今年のオフだという。

「2月末の長崎合宿で。僕は基本的に全部手でさばいてたので、アドレスからグリップ、スウィングをイチからすべて変えたんです。1週間、80を切れなかった(笑)。ドローヒッターなのでフックグリップを少しウイークにするだけでもむっちゃ気持ち悪い。上げ方、下ろし方も変えたのでまず振れない。250Yしか飛ばないし真っすぐいかない。パターもアプローチも見直したので、1カ月半後の開幕に間に合うの? って」

しかし、直したい方向は一致している。手ごたえはあった。

「LINEの動画などのやり取りが多いですが、奥嶋さんとは何でも言い合える仲。見た目はオーラが感じられませんが(笑)、見抜く力はズバ抜けていると思います」
 
2人目はトレーナーの早川怜氏。プロ入り後すぐ通ったとき、キツすぎて吐いて数回で逃げたと笑う。「でも、(松山)英樹を見ていて、やらないとダメだと、気合いを入れてもう一度お願いました」

多くのトップアスリートを指導する早川氏は、パワーの出し方など「運動力学」の観点から教えてくれる。「ここでも手打ちを指摘された。胸郭なども回っていないので、そこから“動かす”トレーニングを始めました。オフに週2回、ケアも含めて1時間半くらい。スウィングにつながるトレーニングもします。たとえばメディシンボールを遠くに投げるときは、シャットに上げる手の使い方をすると上手くいく。奥嶋さんと早川さんが言うことがマッチするようになり、同時進行でよくなってきました」

もう1人は、メンタルトレーナー的存在だという知人。自分の性格を、「楽天家じゃない、心配性です」という木下のマイナス思考を変えるアドバイスをくれる。

「本を送ってくれたり、とにかく頭の中、考え方を変えていこうと。まず、勝つ自分を想像しないと勝てないと強く言われた。ポジティブ思考って難しいですが、日々頑張れば変われます。成功している人は皆そうです。一番はイメージ。どうなりたいか、そのためにはどうするか、など明確なビジョンを1つずつ真剣に考えるんです」

すべてがかみ合うと自信も深まる。「ショットはアドレスして、球をイメージしてその通り打てる確率が格段に上がってきた。飛距離も伸び、アイアンで1番手くらい飛ぶようになりました」

そうして、初優勝のチャンスをものにしたのだ。

木下稜介の1Wスウィング【正面】

データは見ないが最先端のスウィングはコーチから学ぶ。「たとえばテークバックからのシャットフェースも意識。前はオープンに上げていた。最初は感覚が飛ぶほどでした」

木下稜介の1Wスウィング【後方】

「手先が器用だとトレーナーさんにも言われましたが、なんとか合わせてしまうんです。すると飛距離にも限界があるし、プレッシャーがかかる場面で曲がるんです」

【キーワード3】世界の壁を超える

「ゴールがないからしんどい。
でも成長はうれしい」

今年は海外が一気に目の前に広がった。そして新しい壁ができた。

「全英では、同組の選手にそこまで差は感じなかった。日本にはないコースや風の種類でその対応力はまったく違いましたが、低い球を練習したので何となくプラン通りに予選は通れた。ただ、WGCでは選手が皆上手くて心が折れた。決して簡単なセッティングではないのに、僕が2アンダーでも順位は上がらない。そして、最終日にケビン・キスナーと回りましたが、7オーバー叩いて、正直あまりボールも飛ばないし大したことないと思っていたら、翌週優勝した。あれだけ調子悪そうだったのに! (松山)英樹に言ったら『それがアメリカツアーなんだよ』って(笑)」

どこからでもパーをとってくる“粘り”にも感心した。

「林からでも、どう寄せるのかという場所からでも。6mのパーパットも入れてくる。一番はマインドだと思います。どこからでもパーを絶対にとれると思うから確率も変わる。僕もマインドを変えました。実際、日本で林に入れても今までは『ボギーでいい』でしたが、『パーをとれる』と考えるようにしてボギー数も減りました」

海外で勝負するためには、飛距離はある程度伸ばしつつも、100Y以内からいかにパーで上がるかが大事だと木下。「そのためにもアプローチ。連ランで花道から3回チョロしました。クラブが入った瞬間、逆目が強すぎて抜けない。でも向こうの選手は綺麗にヘッドを入れてスピンをかけてくる」

海外経験を語る木下は饒舌だ。

「芝の種類が違いすぎる。日本ではやらなくていい難しい技術が必要になる。グリーンもバミューダ芝で硬くて芝目がはっきりしている。見た目に騙されないようしっかりチェックしないと。谷口(徹)さんが日本のセッティングはアカンといつも言う理由がわかりました。やっぱりアメリカに行かないと上手くならない。スポット参戦では通用しない」

いい選手の技は貪欲に吸収
刺激をくれる同級生も

そして、偉大な同級生の存在が木下を刺激してくれる。

「1月のソニーオープンで英樹と連ランしたとき、パターで悩んでいたのか、僕にでも『どこを見てどう打ってる?』って聞きにくる。貪欲さや嗅覚が本当にすごい。あのレベルの選手で満足してなくて何かを常に変えようとしているのに、僕を含めて日本選手は何をしているのかと。でも、すごい同級生がいてラッキーです。スーパースターの遼もいます。遼のアメリカ挑戦は本当に尊敬できます。将来を見据えてスウィング改造にも取り組んでいる。ああいう姿勢をみると、僕も真剣になります」

木下に海外挑戦のきっかけをくれたのは、大好きな高校の先輩、片岡大育だ。

「アジアンツアーに挑戦したらいろんな経験ができるしタフになれると。実際、L・ウエストウッドなど一流選手を見られてすごくタメになった。僕は、勝つまでには時間がかかったけど、これからが大事。35歳くらいが肉体のピークだと思うので、それまでにアメリカでプレーしたい」

長く、貪欲に――。

「まだ途中です。変えるところはたくさんある。優勝は目指しても通過点と思うようにしています。たとえマスターズに勝ってもゴールではないし、スウィングも常に変えていると思う。ゴールがないのでしんどいですが、ゴルフがよくなってくるとすごく嬉しい」

海外でトップ選手と写真を撮影。もちろん技も盗む。「最近はコリン・モリカワやD・J。シャットな手の使い方を。マキロイは人柄に惚れました!」(写真は本人のインスタグラムより@ryosukekinoshita)

4月のマスターズでは、同級生の偉業にゴルフを観て初めて泣いた。「その英樹が、『アメリカで早く一緒にやろう。俺が日本に行くより早いと思うから』って言ってくれた。向こうで戦いたいと心から思いました」

今年、米下部ツアーのQTをファイナルから受けるチャンスがあった。しかし、賞金王も狙える位置にいる木下は悩みに悩んだ。

「コロナがなければ100%QTに行っていましたが……今回はアメリカを諦め、日本で頑張るので絶対に賞金王をとり、世界ランクを上げ、まずはマスターズにいく。将来的には英樹みたいにアメリカで勝てるような選手になって、マスターズで優勝するのが夢です」

日本オープン終了後の自身のインスタグラムに「#賞金王」と入れた。彼なりの覚悟だろう。インタビューは恥ずかしいし苦手という木下が、誠実に語ってくれた「自分自身」。好きな食べ物は肉。好きなタイプは綺麗な清楚系。座右の銘は日々努力。昭和な男、木下稜介30歳。まだまだここからだ。

趣味もゴルフ。
日々是努力。
目標は賞金王、そしてマスターズ優勝
――木下稜介

週刊ゴルフダイジェスト2021年11月9日号より