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【ゴルフはつづくよどこまでも】Vol.262 “懐かし涙”はあるんやろかね

KEYWORD 奥田靖己

高松志門の一番弟子として、感性を重んじるゴルフで長く活躍を続ける奥田靖己。今週もゴルフの奥深い世界へと足を踏み入れていく。

PHOTO/Tadashi Anezaki

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  • 高松志門の一番弟子として、感性を重んじるゴルフで長く活躍を続ける奥田靖己。今週もゴルフの奥深い世界へと足を踏み入れていく。 PHOTO/Norio Tsuburaoka >>前回のお話はこちら 先日、名古屋のプロの鈴村久さんとお会いした話をしましたが、このコラムではちょくちょく私の憧れの先輩の話をさせてもらってます。今回は、割と身近に……

昨年の暮れにジャンボさんが亡くなられましたが、1年前の1月14日には陳清波さんが亡くなられました。陳さんは台湾の淡水ゴルフクラブ(現:台湾G&CC)で働きながらゴルフを覚え、後に日本の東京ゴルフ倶楽部の所属プロになり、日本オープンを取るなど活躍された方です。

淡水は若い頃に淡水オープンいう試合にも出たことがありますし、何回かプレーをしましたが、海が近くてゴッツイ風が吹きます。今はわかりませんが、グリーンは運動場から芝が出てきた感じのカリカリで難しかったです。

アジアンツアーに行っていたときに、たまたま先生(高松志門)が台湾の選手と仲が良かった関係で、同じ年齢くらいの選手と一緒に練習ラウンドしたんですが、そのなかに、当時アジアナンバー1と言われた陳良渓(ちん・りょうけい)いう飛ばし屋がおったんです。

彼も淡水のプロでね。その良渓と5年くらい前に会おうたんですが、久しぶりやなあ言うて抱き合って、2人して涙が出てきてね。しかし、悲しくもないのになんであんな涙って出るんやろね。

3年前にタイに行ったときには、ブーンチュ・ルアンキットと5〜6年ぶりに会うたんですけど、こちらもハグしたら涙出てくるんですよ。ルアンキットとは、僕が初めて全英シニアの試合に出たときに、彼とフランキー・ミノザと盧建順(ろ・けんじゅん)と4人で回ったんです。まだ盧建順が日本のシニアツアーに来る前で、僕は彼をアジアンツアーで知っておったので、「オクダサン、ジャパンツアーに僕行きたいけど、タバコを吸えるか」と聞くから、「トイレやったら大丈夫や」言うてね。

フランキー・ミノザも今でも年に1回、日本に来よるからね。彼はガンになって体を壊して……今は大丈夫ですけどね。そういう同世代の人と久しぶりに会うとなぜか涙が出るんは年のせいなのか、なんなのかわからんけどね。

嫌な人と会うたときは、「元気か?」くらいで終わるやないですか。まあ仲いいやつと会うてもどっちにしても「オマエ元気か」となるんですけどね。でも嬉しい。なんか、込み上げてくるもんがありますよね。

「ミノザも同世代の仲間。昨年の日本シニアオープンでも、会場で会いましたわ」

奥田靖己

おくだせいき。1960年、大阪生まれ。93年日本オープンなど6勝。シニアで2勝。ゴルフの侘び寂び、温故知新を追求する

週刊ゴルフダイジェスト2026年2月17日号より