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【ゴルフ初物語】Vol.78「ゴルフを人に勧めるのなら、まずはドライバー」日本初の“レッスン書”の中身とは?

ゴルフには、さまざまなルールやマナーがあり初心者にはわからないことだらけ。用具も独特で、球を打てるようになるにはひと苦労。そこで日本のゴルフ草創期にも、すでにゴルファー向けのレッスン書が登場していた。

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当時のゴルフ事情がわかる貴重な資料

父・直治は東京帝国大学教授から九州鉄道や関西鉄道の社長などを経て衆議院議員を務め、母・菊は吉田茂の姉という名家に1887年に生まれた白石多士良(たしろう)。後年、小松製作所の初代社長に就任し、関東大震災の復興工事に当時欧米で最先端の基礎構築技術とされた「ニューマチックケーソン工法」を導入したことでも知られている。

東京帝大土木工学科を卒業後、米国留学中に赤星四郎、六郎兄弟の薫陶を受けゴルフに目覚め、関東ゴルフ連盟発行の昭和11年(1936年)「関東八倶楽部ハンディキャップリスト」では相模HC10、東京HC12と載っており、まずまずの腕前だった。

その白石が「初心者の爲に、其手引草にもならば」と書いたのが1931年に目黒書店から発行された「正しいゴルフ」。ゴルフの歴史、民衆化から始まり、規則、用具、コース、競技、練習、手ほどき、コース設計、試合についての心得など、ゴルフについてひと通り網羅されているが、その中心となるのは「手ほどき」、つまりレッスンだった。

全206ページ中、95ページにわたって赤星四郎や浅見緑蔵、安田幸吉だけでなく、自らの写真をお手本として解説。そして自らの経験から、「ゴルフを人に勧めるのなら、まずはドライバーを持たせて打たせるに限る」と断言。

「コバルト色の大空にあの白い球を遠くの方へ飛ばして、その球が緑の芝生の上をコロコロと転がって行くのを見るのは、何とも云へない宜(よ)い気持ちのするものである」「初心の方でも初めて打つた球が二百碼(ヤード)も飛ぶこともある」「それが又ゴルフの忘れられない愉快な所」とゴルフの魅力を述べている。

「正しいゴルフ」は現在、国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧することができる。

「正しいゴルフ」は昭和6年12月20日に目黒書店から発行。目黒書店は同年に関東唯一のゴルフ専門誌「月刊GOLF」を出版していた

週刊ゴルフダイジェスト2022年3月15日号より