【ゴルフ野性塾】Vol.1700 「驚異のショットの後に幻滅のパットが待つ」
古閑美保、上田桃子など数多くの名選手を輩出してきた坂田塾・塾長の坂田信弘が、読者の悩みに独自の視点から答える。
福岡市中央区赤坂のマンション
に籠る事、1年と7カ月。
外へ出る機会、大きく減って暇になったかと申せばそうではなかった。
1日24時間を3つに分けて8時間で眠り、食事、執筆、そして起きているのか眠っているのか分らない雑念の時を過せば暇を感じる事はなかった。
3倍楽しめる8時間×3の過し方。
「暇でしょう。少しは外に出てはどうですか? ゴルフやってますか? 読書出来てますか? 街のベンチに座って美しい女性の歩く姿、眺めてますか?」と言って来る奴がいた。
「お前、暇だなァ。人の心配より自分の心配したらどうなんだ? 俺は暇じゃない。1年365日、家で過す日20日間とゆう年もあったが、その時と今を較べると同じ感覚しか湧いて来ないんだ。暇じゃないが忙しいと思う事もない理屈に合わぬ感覚なんだけどネ、それが不思議と申せば不思議なんだ」
「やっぱり暇なんですネ。忙しい時のプロは眠る前の30分が己の身辺、行動、思考の分析時間だったじゃないですか。しかし、今はいつでも分析時間持ててるでしょ。聞いてて分りますもん。僕は坂田プロの大ファンなんですから」
「勝手にファン語ってりゃいいさ。だけど俺は暇じゃない。1日24時間を8時間に区切った過し様してるから暇じゃない。眠る時間、歯を磨き、風呂に入り、食事して原稿書いてボケーッと前方を眺めて過す時間、そこからまた眠りの時間、8時間の中で繰り返し過してりゃ暇感じる時はない」
「1日が8時間ですか?」
「そうだ。これ迄の1日を8時間で過す様になり、これ迄の1日が3日間になっている訳だ。だから昨年3月から今日9月8日迄の1年と7カ月、4年と9カ月過して来た様なもんだ。暇じゃないぞ」
「得した気分ですか? それとも相変らず追っかけられてる日々なんですか?」
「分らん。ただ、暇じゃない。俺の生活の基本は眠りだ。3時間眠って5時間起きてる。1日24時間の中に3日の生活がある訳だが暇じゃない。電話掛けて来る奴、少しは減ってくれるかと思っていたが、お前みたいな奴が結構多くて起きてリビングに座ればテーブルの上に女房のメモが置いてある。どこどこの誰々さんから電話あり、そして受信時刻が書いてある。面倒だ。一つ一つの対応は」
「いいじゃないですか。暇なんでしょ。喋る機会減ると思考の滑らかさと鋭さ、無くなりますよ」
「要らぬ世話だ。俺は大学の1年間、禅寺の壁に向って言葉を捨てた生活した事がある。境内の掃除すりゃ座りの場と眠りの場、そして食事させてくれる有難い禅寺だった。京都の妙心寺だ。その後、スコップ持つ生活に入り、自衛隊にも行ったが言葉を必要とせぬ生活だった。言葉を持つ様になったのはペンを持ってからだ」
「何年前からですか?」
「お前、質問が多過ぎる。そうやって俺の時間が消されて行く」
「いいじゃないですか。お互い暇なんですから」
「暇じゃない。忙しくもないが。俺が原稿書き始めたのは昭和58年の11月からだ。今74歳。俺が何歳の時かはそっちで計算してくれ」
「36歳の時ですから執筆業38年になりますかネ。人生の半分、ペンで生きて来られた訳だ」
「そんなになるのか。多い時、連載本数13本。今は4本。暫くはこの本数で行くつもりだ」
「暫くの後、減らすのですか、増やすのですか?」
「依頼に応じれば増えるし、返事しなければ現状維持だ。お前な、人様への迷惑、考えた事あるのか? マイペース過ぎると人に嫌われるぞ」
「それが意外と嫌われてないんですよ。人徳なんですかネ?」
「金の力だ。親父から貰った会社を運だけで大きくした奴に人徳なんてあるか。確かお前の息子はお前の会社に入って来たんだよな。跡取り息子の役職は何だ?」
「部長です」
「何歳だ?」
「36歳です。坂田プロがペンを持たれた時と同じ年齢です」
「早いのか?」
「多分。だって跡取り息子ですから」
「お前、何代目だった?」
「三代目です。息子が四代目」
「お前、幾つの時に部長になった?」
「34歳でしたネ。早いとも遅いとも思いませんでしたが」
「いいのォ、親の七光り持つ者はッ」
「私は坂田プロに今も憧れているんです。飛んで曲らぬショットは驚異でした。だけどパットの下手さは幻滅でしたネ。期待の裏切り18ホール連続だったじゃないですか」
「人、多く持てん様に出来てるんだ。特に俺みたいな凡人は」
「凡人ですか。異能と呼ばれた人が年を取ると謙虚になるんだ」
「謙虚じゃない。自信と傲慢に疲れただけだ。面倒臭くもなって来たのかとも思う」
「奥さん、喜ばれてるでしょう。傲慢な発言、なくなって来たのですから。でも講演会のプロの話、傲慢の時が一番面白かったんですけどネ」
「今は講演依頼ゼロだ」
「そりゃ暇になるかな。年間何回やってきました?」
「忘れた。有難い事に年取れば忘れたのひと台詞が通用する様になる」
「しかし、1年50回以上やってた人がゼロですか。コロナの力や恐るべしですネ」
「お前、知ってて聞いて来るのか。イヤな性格だな。やっぱしお前は嫌われ者だ」
「否定はしません。ただ肯定もしません。人の好奇心に反応する程、私は敏感繊細、小心者じゃありませんので」
「俺は小心者だ。だからお前みたいな図々しい奴は苦手だ。ところで電話掛けて来た理由は何だ? 暇潰し近況報告の電話じゃないんだろう」
「それがその近況報告なんです。新たな墓を建立しました。プロの家から近いです。来てくれませんか?」
「俺にお前の入る墓に参りに来てくれってか?」
「プロがおっしゃってたじゃないですか。先祖先代の銅像作る会社は企業運勢を担う。金が余って後に残るもの何かを作りたいんだったら墓を作れって。それで作ったんです。先祖の骨も移します」
「お前な、やり過ぎだ。一体、幾等で作った?」
「土地、供養代含めて三千万円」
「お前、コロナで死ぬぞ」
「ワクチンは打ってます。手の消毒は皮膚がカサカサになる迄、消毒してます。これでコロナになったら諦めもつきます」
「なってから言え。その時は連絡して来い」
「外出しないで下さいよ。いつ迄も元気でいて貰わなくては困りますから」
面白い男である。
私の進化論塾に5回連続で参加し、クラブ1本持っての沈み込みがイヤで逃げ去ったが、その後も私との付き合い続く東京在の中堅建築業経営の男である。
年齢は72歳。
子供は娘、娘、息子の3人。
女好きは私以上。
「東京に出て来て下さいよ。航空券、送りますから」
「無礼者!! 要らん。用があるんだったらお前が福岡に来い」
「福岡は東京よりも危ないでしょう。行けませんよ。でも籠ってばかりじゃ体に悪いから遊びに来て下さいよ。温泉とゴルフの付き合いは出来ますから」
「コロナが収まったら行く。それ迄は自粛だ。物書きって会社に行く為に街の中を歩いたり、電車に乗ったり、付き合い酒飲まなきゃいけない仕事じゃないからな。俺はもう暫く籠る」
優しい奴だった。心配して電話掛けて来ていた。
1時間近く喋った。あと2本の受信メモ残る。
本稿、書き終えた。
これよりファックス送稿。そして眠ります。
今日9月9日。窓の外、秋の気配。蝉の鳴き声は消えた。
体調良好です。
読者諸兄の自愛を祈る。
坂田信弘
坂田信弘
昭和22年熊本生まれ。京大中退。50年プロ合格
週刊ゴルフダイジェスト2021年9月28日号より