【ゴルフせんとや生まれけむ】三遊亭小遊三<後編>「こんな面白い遊びはカミさんにもやらせてあげたい! それで会員権を買ったんです」
ゴルフせんとや生まれけむ
ゴルフをこよなく愛する著名人に、ゴルフとの出合いや現在のゴルフライフについて語ってもらうリレー連載「ゴルフせんとや生まれけむ」。今回の語り手は、前回に引き続き落語家の三遊亭小遊三氏。
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- ゴルフをこよなく愛する著名人に、ゴルフとの出合いや現在のゴルフライフについて語ってもらうリレー連載「ゴルフせんとや生まれけむ」。今回の語り手は、落語家の三遊亭小遊三氏。 この間、戸田パブリックに行ったのよ、カミさんと。ハーフだけ回った。スコア? 51。カミさん51。すっかりオレよりうまくなっちゃってさ。悲しいけど、勝つのはもう無理かな(笑)。だって、やっこさん、天気がいいと布団を干……
バブルの頃は、ゴルフに行きたいと思ってもメンバーさんに誘ってもらわないとラウンドできなかったからね。自分が行きたいときに行こうと思ったら会員にならなきゃダメだったんですよ。しかも銀行が「会員権を買うためならいくらでも金を貸します」って言うんだ。で、引っ越して間もない頃で金はなかったけど、銀行から借りてオープンしたばかりの児玉スプリングスというゴルフ場の会員権を買った。それくらいゴルフをやりたかったし、ゴルフが面白くて仕方なかったんだよね。
いや、オレはお誘いがあるし、仲間といつでも行けたんだけど、こんな面白い遊びはカミさんにもやらせてあげたい。カミさんをコースに連れて行きたいと思って、それで会員権を買ったのよ。バブルが弾けてすぐパンクしたけど(笑)。
ゴルフの練習を始めたのは二ツ目になった頃でね、結婚してから3回引っ越しているんだけど、どういうわけか引っ越し先が練習場のあるところばかり(笑)。新宿の団地が当たったときは近くに日本テレビゴルフガーデンがあったし、中野に越したら大妻女子大の脇に50ヤードくらいの練習場があってね。当時は月~金の昼間にラジオの生放送を持っていて、土曜日もレギュラー番組があったから、仕事に行く前に汗を流して二日酔いのアルコールを抜くのが目的で練習場に通っていたのよ(笑)。自己流の野球スウィングだったけど。
コースデビューは、その5年後、山形放送の月曜夜の電リク番組で山形に行ったとき、翌日、トンカツ屋の大将に連れられて行った西仙台CC。貸しクラブで回って、スコアは120くらいだったかな。それ以前はずーっと打ちっ放しの練習場に通っていただけでしたね。コースをラウンドするちゃんとしたゴルフを熱心にやるようになったのは昭和58年に真打になって、笑点のメンバーになってから。前回話した6代目の円楽さんが大のゴルフ好きで、ハワイに仕事絡みで行く企画をまとめてくれたりして、それからだね。オレ自身、ラジオの番組が終わって昼間の時間が空いたり、会員権を買って自分で予約できるようになったしね。
で、そこそこスコアもまとまるようになると、今度はモノマネ芸人のはたけんじさんなんかがコンペに誘うわけよ。はたさんがヤクルトスワローズのコンペに誘ってくれて、オレ、その頃は野球選手の形態模写が得意だったから、広島の古葉監督のマネとか、巨人の江川投手のランニングのマネとかやると、大杉選手や松岡選手に大ウケでね、あの頃が一番面白かったな(笑)。
あ、そうだ。オレ、「富士の国やまなし観光大使」だからね、この際、出身地の大月の話もしておかないといけねえな。実は山梨県の大月市周辺は隠れたゴルフ銀座なのよ。高校の同級生が昭和39年卒だから「39会(サンキュー会)」というコンペをやっていて、よく誘われました。コースも大月ガーデン、都ゴルフ、中央都留、都留CCとかいろいろあって、しかも八王子辺りに比べたら料金がかなり格安で、新宿から中央高速で1時間程度で行けるからね。ゴルフ好きの読者の皆さんにはぜひお出かけくださいとお勧めしたいな。

三遊亭小遊三
さんゆうてい・こゆうざ 1947年生まれ。山梨県大月市出身。明大在学中の68年、三遊亭遊三に入門。83年真打昇進。同年秋より『笑点』のレギュラー。2001年文化庁芸術祭優秀賞受賞。落語芸術協会参事。
週刊ゴルフダイジェスト2026年1月6・13日合併号より


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